第628話・決戦は関ケ原!?

Side:久遠一馬


 オレたちは信長さんの本隊と共に関ケ原に到着したが、関ケ原には近江や畿内からの商人が集まって露天市が出来るほど賑わっていた。


 荷留の影響で直接尾張に買い付けに行こうとした商人や、戦を目当てにして集まった商人がいるらしい。


 不破の関所では近江の人や怪しい人は止めている。浅井が近江商人に混じって賊を送り込んできたことが理由で、結果として足止めされた人たちは関ケ原で商いをしているようだ。


 関所に関しては現時点では簡易的なもので、東山道を柵で止めてゲルで荷物や人の改めをしている。工事の優先は戦に関連する城や陣地だからね、


 肝心の松尾山の城は、計画では堀や土塁をいくつも備える城だが、堀や土塁などの防衛設備も見た感じだとかなり出来ている。もっとも時間的な制約から予定の半分も出来ていないんだろうけど。


 ただ、少なくとも浅井相手には十分な城だろうね。


「まるで町でも造っておるようだな」


 いざ浅井と戦だと意気込んでいたのだろう。信長さんは少し呆気にとられるというか、肩透かしを食らったような表情だ。


「賦役の者が多いのでそれだけ商機もありますからね。浅井殿よりも商人のほうが機敏なようで」


 驚く信長さんたちに、ちょっと冗談っぽく答えると笑いが起きた。気合が入るのはいいが、少しリラックスして落ち着いてほしいからね。適度に空気を和ませないと。


 今オレたちがいるのは関ケ原に建設中の松尾山の城だ。もっとも建物もまだ完成には程遠いので、ゲルを設置して滞在することになるが。


 現状で関ケ原に集結した織田側の戦力は、尾張と三河の一部から選抜した本隊五千に、義龍さん率いる美濃衆の三千、そして関ケ原の防衛と賦役の監督指揮に当たっていたウルザたちが二千ほどいる。


 ちなみにこのほかに賦役の人員が五千ほどいるらしい。最盛期は一万を超えていたらしいが、半数ほどは農作業に戻っている。まあそれも終わり次第続々と戻っているので、今は日増しに人が増えている。


 オレの認識では賦役の人員は戦とは関係なく、戦力外と勘定しているが、この時代だと一般的にそこの境目はない。攻めてくれば女性も戦うし、子供と言えるような子だって戦うこともある。


 浅井から見たら一万五千はいるように見えるんだろうね。


 結果として関ケ原には、急ぎ設置した不破の関の美濃側に、白いゲルの家がいくつも並び町のようになっていて、松尾山から見ると何処の国の光景だと問いたくなるような景色だ。因みに近江側は元の世界の映像記録で見た『スラムの闇市』が一番近い。だけど、この時代の戦場を商機とする商人や、それを利用してきた武士には、あたり前の光景なんだろう。




「朝倉家とは、ここ関ケ原で商いの荷の受け渡しをすることでまとまると思われます」


 松尾山の城……の予定地にあるゲルでは、さっそく軍議が開かれた。


 ウルザとヒルザから関ケ原一帯の防御陣と浅井方の状況の説明があったのちに、朝倉家との交渉をしていた伊勢守家の信安さんから報告があった。どうやら朝倉家は兵を護衛として付けて関ケ原で交易の取り引きをすることを選んだらしい。


 商人に運ばせるという選択肢があるが、ウルザいわく北近江が思っていた以上に荒れているんだそうだ。どうも久政がなんとか治めていた北近江三郡が浅井家の手を離れ始めたことで、細かい領地や水の利権争いや、誰が誰に付くかで揉め始めたらしい。


「かず、エル、いかがなのだ?」


「そのまま進めていただいて構いませんよ。朝倉家に関ケ原の陣容が知られますが、それは東山道や北国街道がある限り、いずれ知られることですので」


「そうですね。よろしければ、今夜にも朝倉家の使者殿との宴を用意致します」


 朝倉家との交易に関しては、そのまま信長さんからウチに丸投げされた。事前に取った信秀さんの許可はある。最終判断は信長さんに任されていたが、信長さんは商いとその影響に詳しいからね。奥深さを知る故に、逆に自身で判断しないでウチに任せるつもりらしい。


「六角と朝倉は、浅井を完全に支配下に治めるつもりでございます。織田も兵を出すなら相応に領地を分けると申しております」


 続けて報告したのは因幡守家の信友さんだ。すでに望月さんと一緒に観音寺城まで出向いて交渉をしたらしい。


 その答えに軍議に参加していた諸将がざわめいた。


「六角もようやく腹を括りましたな」


「それはそうだろう。田仕事が終わっておらぬこの時期に、一万五千も国境におるのだ」


 氏家さんと不破さんは六角家の報告になんとも言えぬ表情をした。味方が増えるのはいいが、漁夫の利を持っていかれるのは面白くないんだろう。


 史実を知る者としては浅井家を半独立勢力として残したかったが、ここまでくると難しい。何事も上手くいかないね。


「北近江に領地か。美濃に生まれた者として感慨深いものがある。とはいえ『得たならば守る』と考えると不安もしょうじますな。京極も衰えたとはいえ健在だ。それに六角の旗色が強い北近江に領地を得て、織田の統治を施せば、逆に人質が如き地になる」


 一部では更に領地が広がると単純に喜ぶ人がいるが、それに水を差すというか釘を刺すように語ったのは稲葉さんだ。


「私も反対です。稲葉殿のおっしゃる通りかと。また北近江を得れば、必然的に近江だけでなく、畿内の争いに巻き込まれます。織田家の利は関ケ原と商いの優遇で十分です。なにより織田家は美濃すらまだ満足に治められておりません」


 得られる領地を拒否するのかと少し不満そうな人もいるが、そこにエルが強い口調で反対するとそれに反論する人は現れなかった。


 この時代は武功がモノを言う。今須宿を守った稲葉さん。それと尾張統一、そして三河の本證寺との戦で得たウチの武功と、それを献策したと噂のエルのいつになく強い言葉に正面から反論出来る人はいないんだろう。勘十郎君とか若い人が多いしね。


「出雲守、そちはいかが思う?」


「六角の狙いは織田の力かと。北近江は西には叡山もあり、近淡海の湖賊もおります。一筋縄ではいかぬ土地。朝倉は京の都への道を確保せねばなりませぬ、加えて朝倉ともいつ争うかわからぬとも言えまする。浅井の代わりに織田を加えて、織田の力と銭を近江、いや、六角のために注ぎ込ませ、安定させたいのかもしれぬと愚考いたします」


 特に反論が出なかったことで信長さんは望月さんに意見を聞いた。近江の甲賀出身で家柄的にも管領代である六角定頼と面識が何度かあるからね。


 資清さんは一度挨拶に行った時以外は、直接会ったことがないと言っていたっけ。


 個人的には望月さんの意見はもっともだと思う。六角と朝倉は実は同盟に近いほど関係が深い。朝倉家現当主が六角家からの養子だという説が元の世界ではあったほどだ。


 とはいえこれからもそれが続くとは限らない。浅井の代わりに織田を第三勢力として入れることで地域の安定と六角と朝倉の友好関係が続くようにしたいと考えても驚きではない。


 まあ六角から見て今の織田は勢いに乗る成り上がり者だ。ここで織田を放置して、朝倉と一緒に北近江を横からかすめ取るようなことをすれば、普通に考えて織田が面白いはずがない。


 不満を持たれても困るし、かといって織田に北近江三郡を取られるのも困る。ならばいっそのこと巻き込んでしまえというのが六角家の基本的なスタンスだ。これは虫型偵察機で確認している。


 ただ六角定頼の本心は、望月さんが語ったようなものなのかもしれない。


「土地は要らぬ。これは守護様と親父とも何度も話した結果だ」


「では予定通り、交易の優遇などで話を進めまする」


 最終的には信長さんが決断した。領地は要らない。泥沼フラグの回避だね。どのみち朝倉宗滴と六角定頼の死を契機に、経済格差と暮らしの格差から遠くないうちに北近江は再び荒れる可能性が高いんだ。


 信友さんは最後まで自分の意見は言わなかったね。元守護代として必要以上に警戒されないようにと気遣っている。伊勢守家の信安さんは、その点でいえば一緒に関東に行った時くらいから、信長さんともオレともある程度本音で話せるようになったから違うが。


 さて、浅井久政はいつ来るかね?




◆◆

信安さん。伊勢守家。元尾張上四郡守護代。

信友さん。元大和守家。元尾張下四郡守護代。現在は因幡守。

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