第627話・変わる西美濃と北近江
Side:久遠一馬
戦国時代の人の凄さをオレはここ数日実感している。
血縁や隣近所との繋がりは元の世界より遥かに深い。あそこに見知らぬ誰かがいた。どうやって飯を食っているのか。など様々な情報を持ち寄り、自発的に賊を狩るんだ。
最初にイザベラが捕らえた賊を突き出してきたのは、織田に臣従していない村の人たちだったが、褒美を同じように出すと約束したところ噂が噂を呼び、西美濃のほとんどの人たちが賊狩りを始めた。
協力してくれないのは、安藤や竹中など一部の国人のみだ。領民の賊狩りも許していない。
実は安藤と竹中などには、信秀さんと道三さんの命令書で領内の捜索をさせるようにと使者を出したが、賊はいない、領内に勝手に入るなと捜索を拒否された。織田の検地は美濃でも知られているし、領内を知られることを嫌ったらしいが。
先日、三千の兵で合流した義龍さんが協力するように説得をしようかと進言してきたが、信長さんは不要だと言ったので放置している。積極的に協力してくれている武士たちへの配慮もある。
従わない者に特別扱いはしない。ある意味ウチの考えを学んだ信長さんが、安藤や竹中を見限ったのかもしれない。国人や土豪の価値って落ちているからね。
ただ彼らもそれで織田が納得するとは思っていない。賊がいるか探して、発見した場合は引き渡すとは言っているし、実際に賊狩りを独自にしているらしい。でも独自の賊狩りだから、安藤・竹中の領民には褒美が出ない。不平不満が溜まっちゃうよ?
「竹中殿は頑固だね。オレのせいか?」
「それが関わりあるとも言えますが、そうでないとも言えまする。その程度でございます。些細な
エルと資清さんと西美濃の地図を見ながら賊狩りの状況を確認していたが、一部の賊が逃げ込んでいる節のある安藤や竹中の領地をどうしよかと考えつつ零した言葉に、資清さんは年長者としてアドバイスをくれる。
竹中とケチが付いたのは、彼が単身でウチと土岐頼芸との和解を一方的に勧告に来た件だろう。
オレ自身は今更だし、気にしないが、織田家の猶子、久遠一馬としては安易に考えてはいけない。今後織田家と織田家が担ぐ斯波家が軽んじられることの原因になっては駄目だからね。
「甲賀か。惣の事実上の崩壊は申し訳ない気もするね」
「惣とはそういうものでございます。力ある者が出れば成り立ちませぬ」
甲賀は三雲と三雲に近い反織田派と、滝川一族の血縁である伴家や望月家などの親織田派に分裂しつつある。
どちらが優勢かといえば完全に親織田派だ。六角家当主である定頼が親織田の方針で一貫しているからね。三雲が孤立気味といえるが、史実では六角家の六宿老のひとつであり、単独で明と貿易をしたと言われるほどの力がある。
今まで国人や土豪程度の力しかなかった連中が、得体の知れないウチの銭で勝手に力を付けると面白くないよね。そりゃあ。
この時代、たとえ主家でも気に入らないと思ったら反発するのが武士であるし、三雲もまた反発している。
そもそも惣とはいわゆる合議制だが、元の世界の議会や会議とは違うものになるらしいからね。利害の調整はしているらしいが、別に惣が理想というわけではないし。
「エル、あとは関ケ原に進軍して問題ないか」
「そうですね。しばらく賊狩りが続くでしょうが、織田家が賊狩りで陣頭に立ち過ぎては、褒美目当ての領民に不満が生じかねません」
賊狩りによって反織田と親織田が美濃ではっきりした。安藤や竹中が気になるが、彼らも真面目に賊狩りをしているんだよね。現状では浅井の軍勢への対処に動く方が、目処が着いた浅井の賊よりも優先だ。
エルとも確認して順次関ケ原に兵を送っているが、信長さんの本隊もそろそろ動いていいだろう。
問題は褒美を与える対象が多いことだ。すでに賊だけで数百人も捕らえてしまった。しかも村を挙げて賊狩りをしたもんだから、何らかの賊を捕らえた賊狩りに参加した者たち皆に褒美を与えることになる。
まあ資金的には問題ない。受け入れ側である蟹江の温泉宿泊施設の受け入れ人数が限られているので、順番待ちになるが。
ちょうどいい機会だ。西美濃の領民に織田の治世を見せたい。
さて、後方のかく乱という策が潰された浅井はどうするかな。こうなると守る側は楽だよね。織田のアキレス腱は大垣から関ケ原までの輸送だったんだから。
輸送はこの戦が終わったら本格的に考える必要がありそう。戦時や準戦時には馬借を正式に輸送隊として編成するための整備も必要か。報酬や指揮命令系統の明確化など、最低限の整備もまだしていない。
まあ今はウチの権限で統制はとれているが、明確化しないと今後織田家が大きくなった時に大変になる。
「因幡守殿と伊勢守殿はどうなるかな」
あと因幡守こと信友さんは望月さんと一緒に、六角家に今後の東山道と北近江の話をしに行っていて。伊勢守こと信安さんは関ケ原にて朝倉家と交渉をしている。
そろそろ誰も浅井家が勝つと思わなくなったようで、戦になる前から本格的な戦後の話が始まっているんだ。
ちなみに浅井家中からも、離反して六角や朝倉や織田に接触する者がいる。とくに美濃と近江の国境付近の国人は他人事ではないからね。
織田はまだ近江に攻め込んではいないが、軍を編成して西美濃に来たと広まると一気に動き出した。そのまま攻め込んでくると思ったんだろう。そんな気はないのにね。
Side:
「そうか、よかったの」
戦も近いと噂される中、浅井家一族衆であり、阿古の方様の兄である
殿の指示ではあるまいな。殿は阿古の方様と若様を捨てて、自身のために動くお方だ。代わりはおる。言葉にこそ出さぬがそれが本音であろう。
嫡子といえど、元服も出来ずに亡くなるなど珍しくない故、それもまた仕方ないことではあるが。
若様が将来浅井家を継げば、頼もしい味方になってくれるはずだ。その時に浅井家があればな。
「井口様、それで殿は……」
「駄目だな。一戦交えるのを止める気はないようだ。先代の頃のいい思い出ばかりを残しておる連中もやる気だ。もっともすでに離反しておった者もおるがな」
思わずため息が零れるのを抑えられなかった。
「六角家はいかがなのだ?」
「某のところには確かな話は入って来ませぬが、すでに織田と朝倉と戦後の話をしておるとか。織田の兵は少なく見積もっても一万。また今須宿では強固な陣地があり、関ケ原には城がすでにあるとのこと」
「勝てぬな。武勇を見せることも難しかろう」
井口殿は浅井家の行く末を心底案じておるようだった。観音寺城ではすでに戦後の話で持ち切りだ。噂の関ケ原の城も、複数の堀や塀で山ひとつを城にする規模だと聞く。しかも一か所ではないのだ。
人払いをしたので誰もおらぬこともあるが、わしの前で臆することもなく勝てぬと言い切った。殿に聞かれれば如何程に激怒することかわからぬものを。
「わしは六角家に臣従する。阿古と猿夜叉丸を守る者が必要であろう。猿夜叉丸を守れば浅井の血と家も残る。殿も必ずやわかってくれよう。そなたのことも忘れぬ故に頼むぞ」
「はっ、この身に代えても必ずや」
そうか。井口殿は殿を見限るか。とはいえ阿古の方様と若様を守っていただけるお方が現れたことは本当に良かった。
口の悪い者など、さっさと殺してしまえとさえ公言する者もおるのだ。仮に管領代様が殿のような気性ならば、すでに殺されておっただろう。
殿のご心中を察すると心苦しくなるが、勝てぬであろう。噂だが、朝倉が織田に味方して兵を出すと先日騒ぎになった。
何処まで事実かわからぬが、少なくとも織田相手に援軍は望めまい。それは六角家も同じだ。安易に織田に敵対すれば北伊勢から伊賀や甲賀まで揺れる。
自らに売られた喧嘩ではないこの一件で、六角家が織田と戦う理由などまったくない。
あとはいかに浅井の家を残すかだ。いかにしてな。
◆◆
遠藤直継。浅井長政の守役。史実の長政の腹心。
井口継親。阿古の方の兄。長政の伯父。
猿夜叉丸。浅井長政のこと。
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