第626話・賊狩りと美濃

Side:久遠一馬


 大垣に到着したオレたちは、そのまま賊狩りに加わることになったのだが。


「こんなに賊が多いとは……」


 大垣城にはすでに八十人ほどの賊が捕らえられている。問題は浅井と関係がないと思われる賊も、かなり混じっているらしいということだ。


「この手の輩は何処にでもおりますからな」


 資清さんは特に驚いていない。実際に尾張でも賊は増えているんだよね。賊を捕らえたら褒美を出すということを告知した結果、西美濃の領民がこぞって山狩りなどをして怪しい連中を片っ端から捕まえようとしているらしい。


 大垣城の信辰さんからは随分と褒美を与える対象が増えるがいいのかと言われたが、そこは問題ない。問題はこの連中の誰が本当の賊で、また賊でない連中がどれほど混じっているかだ。


 もっとも人口密度なんてあってないような時代。近隣に誰が住んでいるかはわかっている。田畑もない流れ者なんて、この時代の人からすると罪人と同じ感覚だ。


「地道に詮議していこうか」


「はっ」


 ウチと警備兵の関係者は賊狩りより詮議に回らないと駄目みたいだ。この時代だとそこまできちんと詮議しないからね。すずとチェリーは鉄砲玉のように出ていって賊を捕まえることだけをしているから、オレは大垣で捕らえた賊から得られた情報の確認とか忙しい。


 ただ実は浅井が寄越した賊はわりとわかりやすい。近江の方言というか言葉のアクセントに違いがあるし、なにより美濃から追放した土岐家旧臣たちが一緒の場合が多いからだ。


 まとめて捕まることをほとんど想定してないんだよね。地元の領民に追われている最中に土岐家旧臣を斬り捨てようとして仲間割れした者たちもいる。




「裏切り者が厄介か」


 中間報告というわけではないが、裏取りをある程度済ませた情報は信長さんに見せるが、手を貸したり多少の援助をしたという美濃の武士が多くはないが存在する。


 また村単位や個人単位でも力を貸した者がいるのが厄介だった。信長さんの表情が渋い。さすがに当主自らが力を貸しているところはないが、少し前までは同僚や上司だった者たちがいるのだ。


 特にこの時代では支配体制が曖昧で、それは美濃の織田領もあまり変わりない。血縁や繋がりを重んじて、大きな罰を受けないと勝手に見越した範囲で、一族の末端とか家臣の親戚とかが協力したケースはそれなりにあるようだ。


「エル、そのあたりの処分は戦後でかまわないよね」


「はい、それまでは労働でもさせておくべきです。食事もタダではないのですから」


 大垣の牢屋が足りなくなりそうな感じに信長さんと信辰さんの表情は渋いが、浅井と関係のない賊はともかく、浅井の賊に協力した者は処分を信秀さんにしてもらうべきだ。西美濃の整理にもつながるかもしれない。


 エルはただ牢屋に入れておくばかりではなく、働かせるようにと進言していたが。無論、報酬なんて出さない強制労働だ。真面目に働く人でさえも食べるものが足りなくなる時代に、働きもしない罪人に食べさせる食事はない。


 この時代だと身分がないとさっさと処罰してしまうからね。織田家ではウチの提言で詮議を慎重にしてから拘留期間が長くなった。その間、無駄飯を食べさせるのはどうなのかという議論が織田家でおきて、厳重な監視の下で働かせることになっている。この議論の場で信安さんの表情が、やけに渋かったのが、ちょっとオレには申し訳無かった。


 そうそう、処罰に関しては島流しが増えた。信秀さんが領外へ追放や処刑するくらいならウチの開拓地で使い潰せばいいと考えたからだ。


 太田家の乗っ取り事件以降、見せしめとして死罪にしなくてはならない人以外の重犯罪人は島流しが多い。織田領には相変わらず流民が集まるが、一定数は犯罪に手を染める者が混じっている。


 太田家の乗っ取り事件で南方に送られた人たちは、厳しい環境の中で開拓をしている。効率はよくない。ウチもそこまで楽になるような支援はしてないしね。


 とはいえ飢えや病気でバタバタと亡くなるほどの酷い環境ではない。


 ただ苦労したからだろう。反乱を企てる者もいたし、罪滅ぼしにと仏像を彫り祈りの日々を送る人もいる。


 結婚や所帯を持つことまでは禁止していない。子供たちの世代になる頃には許してやり生活も楽になるようにしてやりたいね。




 賊狩りの影響に西美濃が揺れている。織田が尾張から五千もの兵を率いて賊狩りを始めれば当然だろう。斎藤家も義龍さんが三千ほどの兵で賊狩りに参加している。


 関ケ原からの人員を合わせると一万人以上が動員されて、それ以外にも地元の領民が率先して参加しているんだ。織田に従っていない国人や土豪からすると悪夢としか言えないんだろう。


 浅井に多少なりとも協力した者の中には慌てて弁明に訪れた者もいるが、そんな人たちは清洲の信秀さんに弁明するように言って終わりだ。


「ここでそう出るのかぁ。エル、どう思う?」


「勝ち馬に乗ったのでしょう。ここで対立すると拗れますので」


 大垣城で仕事をしていると、関ケ原から緊急の知らせが届いた。朝倉家が味方に付くという知らせだ。望むなら兵も出すと使者は明言したらしい。


 信長さんを筆頭に織田家や家中の皆さんも驚いたのが本音だろう。そこまで積極的に動くとは思わなかった。あくまでも六角と歩調を合わせて織田を牽制する気なのだという意見が大半だったからね。


 ただ条件ではないが、朝倉家との交易を速やかに再開してほしいという注文もある。朝倉家が関ケ原まで護衛を寄越すか、商人に取りに来させるとまで言っている。


「どんだけ紅茶がほしいんだ」


「当家の潜在力を理解しているのですよ。さすがは宗滴殿です。油断できぬ相手ですね」


 エルも手放しで褒めている。確かに動くなら今だよなぁ。勝ってから動いても価値がない。戦になる前に動けば価値は大きい。


 朝倉家の提案はそのまま清洲に知らせる。最終的には信秀さんの決断だが、義統さんにも先に一報を入れる必要がある。まあ多分、受けるだろう。対価が交易だし、織田家にもうちにも一切損がない。


 これで土地を寄越せとか騒げば別だが。


「浅井家。紅茶に負けるとでも歴史に書かれるのかな?」


「ここで朝倉と織田が敵対して、加賀一向衆と織田が連動でもしたら悪夢ですから。六角は三好相手で精いっぱい。朝倉からすると若狭にも不安がありますから、近江側からの京の都への道を織田が塞ぐでもしない限りは妥協しますよ」


 面倒な話だ。昨日の敵は今日の味方で明日はまた敵か。ゲームのように敵味方がはっきりしていればどれだけ楽になるか。


 浅井はどんなに頑張っても三千くらいの兵だろう。すでに一部の国人が浅井と距離を置き始めている。銭や兵糧を貯め込んでいたとして、それを大盤振る舞いしても、そう変わらないはずだ。


 織田としては、防衛ラインを美濃と近江の国境にする方針は変わらない。琵琶湖沿岸の一部でも得られると利益は大きいが、今度は近江の勢力争いに巻き込まれることになる。どう考えても泥沼だよね。


「一部の兵は先に関ケ原まで送るか。どうせ山狩りもそんなに時間がかからないだろうし」


「それがいいでしょう。浅井は早く動く可能性があります」


 領民がこぞって賊狩りをしている影響で詮議仕事が増えるが、同時に賊狩り自体も早く終わりそうだ。


 来月には恒例の花火がある。今年は熱田神社だし、さっさと浅井との戦を終わらせてみんなに花火を見せてやりたい。


 下手すると花火を見たいがために、浅井との戦を早く終わらせようとする人が出かねないほど、みんな楽しみにしているんだ。


 後始末は六角と朝倉にお任せでいいだろう。



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