第612話・剣豪将軍と公営市場

Side:足利義藤


「浅井か。女ひとりのことで騒ぐとは所詮は土豪か」


 北近江が騒がしい。側近の中には織田が北近江を狙っておると口にする者もおるが、いささか違うらしい。


 管領代が自ら参って説明しておるが、なんのことはない。浅井が騒いでおるだけというではないか。


 元は浅井と美濃の斎藤との問題らしいが、自らの妹に嫌われた浅井久政には呆れてものが言えんわ。


「斯波殿からは仲介を頼む使者も参りました。某も手を尽くしておったのですが、浅井側ではしたの愚か者が勝手な動きをしたようでして。こんな世でございます。戦を避けて天下の安寧に貢献したいという斎藤殿の心中を理解致します。また尾張、美濃が安定することは上様の治世においても重要なことでございます」


「わかっておる。斯波も織田も無益な戦を望まぬのはな。それにそちの立場も理解する」


 管領代はこの件でわしが口出しをすることを懸念しておるか。まあ気にならなくはないが、浅井に味方する理由はない。


 それに織田が動けば畿内に影響する。管領代とて西と東に敵が出来ては困ろう。織田もまたそんな気はないとのこと。わざわざ口出しなどせぬ。


 京極に北近江の統治を取り戻させて、任せたい気もするが、余計な混乱をしては三好の利するところになる。


「朝廷は武衛と弾正忠の上洛を殊の外楽しみにしておるとか。わしも武衛と弾正忠には会って話がしてみたい。それなのに浅井め余計なことをして」


 それと面白うないのは、わしも武衛と弾正忠と話してみたいと思うて待っておったのだ。兵や銭を出せとは言わぬ。ただ知恵くらいは出してもらいたいというのが本音だ。


 尾張では実権は弾正忠にあり仏とまで称えられておるが、武衛も守護として慕われておるとか。なんとも不思議なことよ。同族ですら血で血を洗い、戦で争う中、武衛と弾正忠の関係は悪くないとか。いかなるわけなのか聞いてみたいのだ。


 それに外からみた畿内の話も聞いてみたい。あそこには明や南蛮を知る久遠もおることだしな。有意義な時となると楽しみに待っておったものを。


 浅井の愚か者が。大義でもあるならまだ理解するが、土豪風情が嫁がせた妹の行く末如きで騒ぐとは身の程を知れ。


「今しばらくのご猶予を頂きたく、伏してお願い致しまする」


「わかっておる」


 六角と朝倉と織田。それに挟まれた北近江三郡が難しいのは理解する。六角と朝倉がおらねば、わしとていかがなるかわからぬ。織田も季節の変わり目には献上品を贈ってくるほどだ。


 わざわざ波風を立てる気はない。敵は三好だけで十分だ。


 細川も思うておった以上に使えぬ男だしな。己のことしか考えておらん。あれはわしの寝首を掻くことも厭わぬ男ぞ。


 まったく、天下が乱れるは偏に足利家の不徳の致すところなれど、この世はあまりにも酷すぎるわ。




Side:久遠一馬


 観桜会も無事に終わった。今年も大盛況だったね。


 メルティの提案で今年から始めた芸術の展示会も上手くいったらしい。春を題材にした書や絵画に和歌の展示などをしたようでオレも見たが、意外と参加者が多かったと驚いたほどだ。


 それと今年もウチの若い独身の家臣や奉公人の男女のみんなを集めて、合コンを主催した。家中の家柄や関係性をみて結婚の斡旋をするのではなく、あくまでも個人で伴侶を選んでほしいからね。


 結果は分からないが、楽しんでくれたことは確かなようなのでいいだろう。


 観桜会全般に関しては清洲や那古野近郊以外からの人出が多かったのが、今年の印象だ。特に関所を撤廃した下四郡の一部地域からは結構な人が来ていたし、村や領主の所領単位の垣根が少し減った気がする。


 人が増えると相応のトラブルもあったが、この手のイベントは今後も続ける必要があるだろう。人々の意識を少しずつでも変えるのはこれが一番いいはずだ。


「さあ、最初は大湊から運んだ米百石だ。いくら出す!!」


 今日はエルと蟹江に来ている。公営市場の試験運用が今日から始まるんだ。その視察だね。


 蟹江は当然ながら津島や熱田や清洲など、選ばれた領内の商人たちによって競りが始まった。当然現物の確認もしている。公営市場への参入は身元のしっかりした商人だが、しっかりと確認する体制の整備は今後のためにも必要だ。


 もっと言えば領民のモラルも高いわけではない。少しでも作物の売り荷の量をかさ増ししようと考えても不思議じゃない。


「まずまずかな?」


「そうですね。こればっかりはやってみないとわからないところがあります」


 競りの様子は悪くない。元の世界の競りほど慣れた様子ではないが。歴史という積み重ねの結果をオレたちは知るが、その結果をそのままここに持ち込んでも必ずしも上手くいくわけではない。


 エルもそこを考慮して慎重な意見だ。


「これが上手くいくとよいのでございますが……」


 責任者は湊屋さんに頼んだ。湊屋さんは初めての競りに少し不安げに見守っているが、蟹江にはミレイとエミールもいるので大丈夫だろう。


「問題が出るのはいいんですよ。改善すればいいのですから。重要なのは織田家が重要物資の管理をする仕組みが出来たことですから」


 まあオレはエルや湊屋さんより楽観的だ。今のところ公営市場で扱っているのは米や麦などの穀物と塩などの重要物資だけだ。


 基準となる値をここで決められるし、品物の流通量をウチがある程度コントロールすれば、以前あったような商人の買い占めによる値上げは防げるだろう。


 ここの基準の値を織田領内に知らせることで、領民も米の値を知ることが出来て極端な安値で買い叩かれることを防げる。


 あと地味に問題なのは武士や寺社が力で威嚇して商人に無理難題を言うことだ。こちらも基準の値が決まり、それが織田家主導の公営市場によるものとなれば、そこまで好き勝手出来ないだろう。


 公営市場に参加出来る商人を厳選したことで、一つの取引で扱う量もそれなりの量を最下限の量とした。公営市場の参加権を一種のステータスというか公正な商人の代表にすることで、ほかの中小商人も自発的に変わってくれることを期待している。


 現状では織田領の商人はそこまで酷くはない。とはいえ元の世界の商人と違う。やられたらやり返すくらいの気概と力がある。別にお客様は神様だなんて思想は必要ないが、もう少し穏やかになってほしいのが本音だ。


「さてと、那古野に戻る前に温泉でも入っていくか」


「ふふ。では参りましょうか」


 誰から奪うのではなく、みんなで公正に競い発展していく。まだそこまで理解していない人が多いけど、きっといい方向に変わる。


 蟹江まで来たら温泉だよね。今日はエルとふたりだから、ゆっくりと温泉で温まりのんびりしたい。


 エルもそれを予測していたのか、少し恥ずかしげに微笑み、共に蟹江の屋敷に向かうことにする。


 たまにはこんな日があってもいいよね?






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