第610話・お花見から推測する六角家

Side:久遠一馬


 今年も桜まつりは賑わっている。昨年からいろいろな種類の桜を清洲や蟹江に植えたりしているが、まだ咲くほど育ってないのが残念だ。


 祭りはやはり春の田植え祭りや豊穣祈願の祭りとごっちゃになっている。


 今年はとうとう津島神社や熱田神社にいくつかの寺社などが合同で、豊穣祈願の祈祷をすることになった。まあ、やる気になっていることはいいことだし、みんな喜んでいるからウチとしては特に反対もしなかったが。


「おいしいね!」


 元の世界のお花見との違いは桜が見られる一等地を、身分のある人のために確保していることか。これは会場となった寺の配慮であり、領民も誰も文句を言う人はいない。それが当たり前だからね。


 エルたちとぶらぶらとしていたら、その一等地でお花見する信長さんたち兄弟と姉妹に捕まった。


 お市ちゃんに一緒にお花見をしようと言われて、オレたちも参加することにした。


「はい、美味しいですね」


 お弁当としてお市ちゃんたちが食べていたのはチラシ寿司だった。どうも清洲城の料理番が作ったものらしい。


 チラシ寿司自体はウチで教えたメニューだけど、金糸たまごや魚介の具材が彩りも良く美味しい。


 金糸たまごに使った鶏の卵も需要が増えている。ウチの料理には必要だからね。今では清洲城で鶏を飼い始めていて、卵を自給している。さすがに生食はしないようにと注意したけど。


 以前にも説明したが少ない餌で栄養満点の卵は、この時代の人には食べてほしい一押しの食品だ。


 ほかには那古野城や農業試験村に山の村などを筆頭に、あちこちで飼育が始まった。抵抗感があまりなくなったのは、カステラやケーキが原因らしい。武士はケーキを祝いの菓子として受け入れているし、庶民は八屋のカステラが一番のご馳走と言える存在になっている。


 まあケティたちが薬として卵を食べることを推奨していて、それを寺社も受け入れていることも地味に影響しているが。


 寺社に関しては、この冬も流行り病の対策は当然行なっていた。最初の年ほど大流行はしてなかったが、それなりに患者は出ていて、各地で流行り風邪の診断をして治療と病院への報告をしていたのは寺社なんだよね。


 医者が足りないという事情もある。それと医療の知識があって、ケティたちの指示を的確に実行できるのは彼らしかいなかったということもある。


 実はこの件は織田家やウチで特に命じたわけではない。初年度の実績と先例で翌年から連絡網が出来ていたんだよね。


 上手くいったことをわざわざ否定して変えるほどの抵抗もなかったらしい。


「関ケ原に行っても面白かったのだがな」


「そうですね。あっちもお祭り騒ぎでしょう」


 信長さんは桜餅を食べてご機嫌な様子だが、関ケ原に行きたかったらしい。つい先日には浅井を撃退したからね。その祝いを兼ねて行ってもよかったんだけど、忙しくて行けなかったらしい。


 文官も増えたし仕事も安定してきた。ただし仕事は増えることはあっても減ることはない。信長さんは信秀さんの補佐として頑張っているからね。


「浅井は怒り狂おうぞ。戦だと攻めた相手が無視して祭りをしておるのだからな」


 信長さんからはそのまま関ケ原での祭りに関しても半ば呆れたように言われるが、ほかの織田家の皆さんからも過激だと言われるんだよね。


 根本的にこの時代の武士って、そこまで滅ぶということを意識しない。特に浅井のように先祖代々北近江に根付いている土豪なんかは、その傾向が強いようだ。


一般的には相手を臣従させてしまえばいいと考える。今川が松平を臣従させていたり、六角も浅井を臣従させていたように。


 あまり相手の面目を潰してしまうと、臣従させることが出来ないからやらないことが多いというのが実情のようだ。


 まあ織田伊勢守家のように弾正忠家から見て、そのまま残せない立場のところは滅ぼされることも意識するらしいが。事実、大和守家は絶えちゃったしね。


「浅井が怒っても構いませんよ。六角や朝倉に織田が北近江に野心がないと知らしめるほうが大切です。それに女や子を道具のように使い捨てるような男は嫌いです」


 今の織田家中ではオレが一番浅井久政に厳しい態度を示している。嫌いなんだよね。浅井久政。


 義龍さんの奥さん、近江の方に話を聞くと、プライドが高く女子供を道具のように扱うとか。それにあの人、嫡男の長政を妊娠した奥方をあっさりと六角に人質として出しているような人だ。


 まあ生まれてくる前だし、子が男か女かもわからない。それに生まれても大きくなれるかどうかはわからない時代だからね。仕方ない部分があるのは理解する。


 だが今も人質の長政君と奥さんの身などどうでもいいと言いたげに、勝手な行動をする久政が嫌いだ。もっと深い理由があればいいが、戦だと騒いでいる理由が浅井家と久政自身の面目だからね。


 どのみち北近江に浅井家は残せない。史実のような裏切りはごめんだからね。現状では柱に括り付けても浅井を残してもいいが、史実のように北近江での勢力拡大などさせたくない。


 せいぜい六角の一家臣として、六角内の不和の種になってくれればいい。




Side:六角定頼


「申し上げます! 浅井勢の二百が抜け駆けして今須宿を奇襲! 撃退されました!!」


 抜け駆けだと? 今須宿には強固な陣地を構築しておると知らせがあったはず。何故少数で抜け駆けなどしたのだ?


次第しだいは?」


「浅井方、死傷者多数、痛手甚大のよし。織田方死傷者軽微のようでございます」


 やれやれ。あのまま戦をせずに睨み合いをしておれば、まだ褒めてやれたものを。これで織田も黙っておられなくなる。報復はいかほどになるのだ?


「それと……、関ケ原では昨日から祭りが行なわれておるようでございます」


「……祭りだと? この時期にか?」


「はっ、商人の話では清洲にて観桜会なる祭りがあり、それを関ケ原でも行なっておると。また浅井勢の首は今須宿の外れに賊の首として晒されております」


 理解出来ん。報復に来るのではないのか? それで織田が勝てば和睦で収めることも出来ように。織田はなにを考えておるのだ?


 戦を仕掛けてきた相手を無視するなど、そこまでコケにされると浅井は収まらんぞ。


「織田は浅井を相手にせぬつもりのようでございますな」


 しばし考え込んでおると、蒲生下野守藤十郎がため息交じりに進言してきた。


 そうか。浅井を認めぬというのか。それならばわかる。北近江三郡を浅井は事実上治めておるが、相手は尾張、美濃、三河の一部も領有する織田だ。大名として相手にせぬと考えれば一定の筋が通る。


「つまり浅井はこちらで片付けろということか」


「そのようでございますな。駄目なら朝倉でも構わぬと考えておりましょう。もっとも織田が矛を収める対価を考えると頭が痛いですな。本願寺は織田に五千貫を払って和睦しております」


 なるほど。北近江に野心がない以上、浅井などいかがなっても構わぬということか。最悪畿内との取り引きが途絶えても織田は困らぬ。


 畿内と尾張は完全に立場が逆転しておるではないか。ここで織田が畿内との取り引きを止めれば、わしが諸勢力に恨まれる。


「浅井久政を愚か者だと知って関わるのを避けたな」


「そう見るのが妥当でございましょう。織田は民を大切にして素破を人として扱っております。野蛮な土豪など不要ということなのかもしれませぬ」


 元はといえば久政の妹の近江の方とやらの扱いだったな。


 つまり織田は久政の人となりをその妹から聞いておるのだろう。織田弾正忠は愚か者を嫌うと以前聞いたことがある。


 これでまた面目を潰されたと騒ぐ浅井をわしが押さえねばならんのか? いっそ、織田と戦をさせて浅井を解体、潰してしまうか。


 臣従すると言うておきながら勝手な振る舞いばかり。いい加減付き合いきれんわ。





◆◆

六角定頼。管領代。六角家当主。

蒲生藤十郎。蒲生定秀。蒲生氏郷の祖父。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る