第601話・賦役と兵

Side:久遠一馬


 天守と時計台の反響は想像以上だった。清洲城には連日、武士や僧侶に領民など、織田領の人々が集まり天守と時計台を見に来ている。


「旅人に開放しないのが意外に好評だね」


「そういう時代なのよ。どこの村の住人だという認識から、織田領の住人だという認識に変えていく必要があるのよ。そのためには連帯感がもっと必要よ」


 清洲城の見学は元の世界で信長さんが安土城でしたという逸話からオレが提案したが、メルティが領民に限定することを更に考えてくれた。


 名目はある。城は軍事拠点だからね。怪しい者を入れなくて当然だ。もっともメルティは領民の連帯感を重視したらしいけど。


 村単位、もっと言えば一族単位で考えて、それ以外は敵だと考えてもおかしくない時代だ。それが自分たちは織田領の領民だと考えるようになれば、人々の意識は大きく変わる。


 旅人や織田家に臣従していないところの人が城に入れなくて残念そうにするのを、当然だと領民のみんなは考えている。


 「この城はオレたちが造ったんだ」と誇れるようになったし、「自分たちは守護様と織田様と一緒に国を守るんだ」という意識は驚くほど高まっている。


「関ケ原の賦役も驚くほど早いし」


「それはそうよ。ここで動かないと手柄も立てられないもの。稲葉殿が早々に動いたのが効いたわね」


 あと関ケ原は春を目前にしながら、美濃の織田領ばかりか斎藤家の領地からも賦役に人が集まり工事が進んでいる。城と野戦陣地の構築に大垣から関ケ原までの道の整備など各地でみんな張り切っているんだ。


「この調子だと賦役の続行も可能だね」


「そうね。野戦陣地と堀と塀は早めに造りたいわ。それに、浅井はさぞ驚くと思うわ」


 メルティと共に地図を見ながら各地の賦役の報告を照らし合わせて、今後の予定を作成していく。


 エル? お昼ご飯の支度をしているよ。


 もうすぐ農繁期になるので必要な人材は各地に帰さないといけない。とはいえ尾張での賦役の経験から、規模が縮小しても賦役自体は続けられる。この意味は非常に大きい。


 メルティも少し意味ありげな笑みを浮かべているが、それは工事が続くという意味よりも、他国には賦役の人員がそのまま織田の兵だと見せられることにある。


「みんな勝手に、賦役の領民で戦をするって勘違いしているし」


「そこの区別がないのよね。でも、それも利用できるわ」


 浅井だけではない。六角、朝倉、そして美濃衆どころか領民も勘違いしている人が多数いる。


 関ケ原と今須宿だけで、すでに一万を超える人が賦役として働いている。特に今須宿は稲葉さんに任せているが、野戦陣地を優先したおかげで稲葉さんと賦役の領民だけで浅井を撃退してしまいそうな勢いと士気がある。


 なるべくなら賦役の領民と戦は分けたいんだけどね。織田家でもその方向で考えている。それでも念のために武器は多く送っているので、浅井が急に奇襲をしてきてもウルザたちと賦役の領民で守れるだろう。


 割と慌てているのが六角と朝倉なのは、状況を両家が正確に掴んでいるからだろう。短期間で万の人を動員して、気が付いたら築城を始めていましたとは寝耳に水だからね。


 その人数で攻めてきたらと考えると、恐ろしくなるのもわからないではない。


 兵農分離とかしていないんだけどね。織田家の人気が高いので人が集まるのが早いんだ。物資はウチがほぼ管理しているから遅延とかほとんどないし。


 織田家の重臣の皆さんですら、戦が始まる前から和睦の打診があったことには驚いているくらいだ。


「浅井も結局、農繁期前には動きそうもないし……」


「こっちはこれ以上動けないわね~」


 なんというか、もう浅井はどうでもいいから、あの地域の今後をどうするのかという方向に六角と朝倉は動き始めている。


 北近江の混乱は誰も望んでないが、織田が大勝して北近江に本当に攻めていかないのかという疑念が六角と朝倉にはある。


 一方の織田家中にも六角と朝倉が本当に浅井を支援しないのかという疑念があり、関ケ原の賦役も戦の支度も手を抜けない。


 こうして説明すると状況が良くないように思えるが、織田、六角、朝倉は全面対決を避けるべく外交で動いているんだよね。


 浅井? あそこは我が道をゆくままだよ。



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