第575話・渡り巫女と謎の集団

Side:久遠一馬


 凧揚げ大会は大成功だった。凧揚げ自体はこの時代でもあることだが、みんなで集まり揚げるというのは盲点だったね。


 紙の生産が増えて庶民にも手に入るようになれば、凧揚げは広まるし大会も盛り上がるだろう。


 凧揚げ大会も終り、オレたちはのんびりと清洲城に歩いて戻ることにしたが、ふと人の流れに逆らい走って逃げるような男女を見かける。


「確認して参ります」


 男は領民だが、女は服装から渡り巫女だろう。少し気になって同行していた一益さんに視線を向けると、数人の家臣を引き連れて追っていく。


 アイコンタクトというやつですね。言わなくてもわかるとか凄いなと素直に感心してしまった。


「あー、ふたりとも。やりすぎは駄目だからね。慶次。お願い」


「はっ、お任せを」


 ただ、ここで喜々として一益さんの後を追ったのは、すずとチェリーだ。護衛のみんなも慣れたものですぐに後を追うが、少し心配となり慶次を一緒に向かわせる。


 心配? やりすぎないか心配しているんだよ。


「追手は、あいつらか。よそ者だね。しかも忍びだよ」


「念のため様子を見に行こうか」


 周囲を見張っていると追手もいる。服装からして明らかによそ者だ。ジュリアが相手を忍びだと見抜いたので、気になってオレも様子を見に行くことにする。


 しかし、渡り巫女といえば武田を思い出すけど。……まさかね?




Side:渡り巫女


「はあ……はあ……はあ……」


「武田の素破が何故尾張におるのだ?」


 背後からも人の気配がします。囲まれてしまいましたか。


 一緒にいる男は事情もわからぬのに、脇差を抜いて私を守ろうとしてくれております。ですが多勢に無勢。最早これまでかもしれません。


「てめえら! いったい何者だ!!」


うぬ如きが知るべきことではない。織田家に仇なす者は死ね!!」


 僅か数日共に過ごしただけである私を守ろうとするなんて。なんてお人よしな男なのでしょう。


 彼らは甲賀者だと思います。久遠家が召し抱える甲賀衆ということでしょうか? 私はなにか久遠家の逆鱗に触れたということなのでしょうか?


 私はただ、男と烏賊のぼりを見ていただけだというのに。突然声を掛けられて、捕らえられそうになりました。


 せめて男は逃がしたいのですが、それも難しいでしょう。ですが……、ひとりで野垂れ死にするのではなく、こんな男と共に死ねることは幸せなことかもしれないと思ってしまいます。


「ただで死ぬとは思わないでください」


 それでも私は素直にこんな連中に殺されるつもりはありません。隠し持っていた短刀を抜き最後まで戦いましょう。


「やれ!!」


 敵が一斉に襲い掛かってきます。勝てぬのを知っても私を見捨てる気はないようで、男が私を守るように前に出ました。


「ぐあっ!」


 そんな場の様子が一変したのは、敵が私たちにあと一歩と迫っていた時でした。突然後方の頭らしき男の悲鳴が聞こえました。


「なっ、何者だ!」


 なんと私が敵の頭らしき男から目を離した僅かな隙に、新手の男たちに囲まれて刀の峰で叩き伏せられていました。


 しかも私を殺そうとする甲賀者たちを更に囲むように人の気配がします。味方? いえ、甲斐から来ている者たちがこれほどいるはずがありません。


「わしは久遠家家臣、滝川彦右衛門。織田家の名を勝手に騙る賊どもめ。なにをしておるのだ?」


 新手もまた織田の者でした。どういうことでしょう? しかも久遠家家臣の滝川といえば甲斐でも名が知られた存在。どうなるのでしょうか? 仲間割れ? いえ賊ということはこの者たちは偽者?


「その女を殺せ!」


 頭らしき男はこの期に及んでもやる気のようです。命を懸けてでも私を殺せと下知を飛ばしました。


「やらせないでござる!」


「悪人は成敗なのです」


 状況がよくわかりませんが、己の身は己で守らねばなりません。そう思い再び短刀で敵を迎え討とうとしましたが、今度は女の声がして目の前に迫っていた敵があっさりと倒されました。


 動きが速いうえに強いです。黒髪と薄い緑色の髪をした若い女です。どういうことでしょう? 訳がわかりません。


「刃物を仕舞え。悪いようにはせん」


「慶次郎様!」


 戸惑う私がどうするべきかと考えこんでいると、気が付いたら背後に大柄の男がいました。派手な格好をした男です。共にいた流民の男がこの男を知っているようで、ほっとした様子で力を抜きました。


 あらがったり逃げをはかるのは無意味ですね。私が気付かれず背後を取られるとは。武芸の腕前が違い過ぎます。それに、これでこの男は助かるでしょう。


「いったい何事なの?」


 私を殺そうとした敵はことごとく捕らえられました。私も言われるままに短刀を鞘に収めて従います。ですが、そこに現れた人物には驚かされました。


 久遠家当主と奥方様たちです。まさかこのような場に現れるとは。


「この者らは織田家の名を騙った賊でございます。それとそこの男は領民でございますが、そこの女は甲斐の渡り巫女でございましょう」


 警備兵と言いましたか。彼ら織田の兵と、どうやら本物の久遠家の甲賀衆が私たちの周囲を囲むようにしております。


 滝川様が久遠家当主に報告をしております。なるほど。私の存在はすでに知られていたのですね。


「そうか。賊はそのまま牢に。あとふたりからは事情を聞きたいから城に来てもらって」


 とはいえ良かった。これで男に累が及ばぬように話せば迷惑をかけずに済む。


「恐れながらお願いがあります! どうかどうか、こいつだけは見逃してやってください! 悪い奴じゃないんです!!」


 誰もがよくある余所者のいさかいと合点がてんがいったとして一段落したと思った時、共にいた男が突然地面に頭を付けると、とんでもないことを言い出しました。


 他国の素破など素性が知られたら殺されて当然。それ故に私を庇う気のようです。


「お待ちください。この男は私とは関わりがありません。私を数日買っただけの男でございます」


 いけません。これでは男にも累が及んでしまいます。


「うるせえな! それでも死んでほしくねえんだよ!」


「あなたにも累が及びます。余計なことは言わないでください!」


 この男はなにを考えているのでしょう? 私の覚悟を無駄にする気ですか?


「そのほうら、なにを勘違いしておる? 殿はその方たちを裁くために城に行くようにと言うたのではない。事の仔細を聞くために呼んだのだ」


「渡り巫女がどういう役目かおおよそ知っているけど、尾張では法に従う限りは問答無用で罰することなんてしないよ。知りたいのはこの連中が誰に雇われてこんなことをしたのかということだね」


 私と男が互いに言い合いをしている姿を、周りの者たちは生温かい目で見ていました。呆れた様子の滝川様が説明してくださり、久遠様もまた私を捕らえるのではないとはっきりとおっしゃっていただきました。


 男はそんな久遠様の言葉に気が抜けたのか、地面にへたり込んでしまいました。


「それにしてもふたりは面白いね。お互いに命を懸けて相手を守ろうとするなんて」


「ほ、惚れた弱みってやつでございます」


 無礼な振る舞いに私は男に控えるようにと言うと男も改めて控えましたが、久遠様はそんな私たちを見て笑っておられます。


「そうか。もし所帯を持ちたいのなら、ウチの屋敷に来るといい。力になるよ」


「まことでございますか!」


「うん。ふたりを守るくらいはしてやれる」


 男はどこまでも素直でお人よしなのでしょう。素直に惚れたと口にして周りの者たちに笑われております。他国の素破に惚れるなんて愚かなと笑っているのだと思いましたが、どうやら違うようです。


 久遠様はなんと男にとんでもないことを言い出しました。


「お待ちください。私は武田家に仕える素破。掟がございます。それでは久遠様にご迷惑をかけてしまいます」


「それは、問題ないよ。どうとでもなるから。それと巫女殿が武田家への忠義で悩むなら、正式に武田殿に頼むことも出来る。心配はしなくていい」


 これが久遠家当主……。たかが素破の女と流民にどれほどの情けをかけるというのでしょう。


 信じられません。


「かじゅま~、かえろ!」


「そうですね。姫様。帰りましょうか。じゃあ、あとはよろしく」


 皆が控える中、久遠様は奥方様と幼い姫様を連れて帰っていきました。男は私が助かると知って涙を流して喜んでいます。


 本当に困ったほどお人よしな男です。


 でも……、こんな男と共に生きるのも悪くないのかもしれませんね。




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