天文20年(1551年)

第572話・正月の成人

Side:久遠一馬


 天文二十年。元旦。大晦日の夜から徹夜だったが、程よい疲労感と徹夜明けの高揚感の朝を迎えている。


 お清ちゃんと千代女さんが家族として加わったものの、アンドロイドのみんなにはさほど変化はなく、元の世界のことや宇宙要塞のことなど秘匿事項以外は普通だった。


 お清ちゃんと千代女さんがすずとチェリーと一緒に、元の世界のアニソンを歌っていたのには噴いてしまったが、どうも故郷の歌だと教えたせいで覚えたらしい。


 ふたりの細かい気遣いと努力は本当に嬉しいが、少し頭を抱えたくなったよ。


「スゲー!!」


「オレのほうが飛んだぞ!!」


 今年は孤児院の子供たちと一緒の元旦だ。竹とんぼを飛ばして喜ぶ子供たちに思わず笑みがこぼれる。竹とんぼは元の世界では、この時代よりもずっと昔に大陸から伝わったらしいという記録がある。


 ただし、庶民に普及しているわけではない。尾張だと知っている人がいないようで、山の村とか農業試験村のお年寄りの内職のひとつとして採用して販売している。


 山の村や知多半島などの数カ所にこの時代にはほとんど見かけない孟宗竹を植えているし、すでに存在する真竹も増やしているので今後は竹細工が増えるだろう。


 玩具としてはほかにも以前遊んだブーメランとかけん玉とか、あと積み木とかも作ってもらっていて地味に売れている。


 領外にはほとんどが商人や旅人のお土産として買っていく程度であるが、この時代だと木工とか身近だからね。お年寄りなんかの内職にはちょうどいい。


 面白いものでそういった木工や竹細工を推奨して売れると教えると、領民も細工を施したりと工夫するようになってくる。玩具というより工芸品レベルの積み木とか売っていたりして面白い。こういうのは購買力の裾野すそのが広がってこそだ。やはり嬉しいね。


「うん。出汁が利いてて美味しい」


 久遠家のお雑煮は丸餅に醤油ベースのお雑煮だ。丸餅は尾張で一般的なものをそのまま使っているが、具材にも椎茸や鶏肉が入っていたりとこの時代のお雑煮とは少し違っている。


 餅もウチでは大福とか作るのでそれなりに食べる機会があるが、庶民では年に一度食べられればいいほうだ。織田領では普段から贅沢とかしてないなら、正月くらいは食べられる程度になったが。


「大智の方様! おいしいです!!」


「うふふ、お代わりもあるからたくさん食べてね」


「はい!!」


 さっきまで庭を走り回って遊んでいた子供たちが、満面の笑みで雑煮を食べる様子にエルも嬉しそうだ。


 孤児院の子供たちも年長さんは大きくなった。今年で四年目の正月だからね。最年長の子供は本人の希望により正月が明けると孤児院で働くそうだ。


 今は牧場の管理を望月家が担当していて、ウチの家臣や牧場の領民の奥さんやお年寄りたちが世話をしているが、将来を考えて孤児院の出身者に孤児院の仕事を教えていくみたい。


 リリーはこのまま孤児院を全国に広げていきたいと前に言っていたからね。武士のように大げさではないが、元服のお祝いを孤児院のみんなでしてあげるみたい。


 まだ十代半ば前だし、今後も学校には通うみたいだけど。庶民は子供の頃から家の手伝いで働いていてそのまま大人になる時代だからね。本人としては大人として働きたいらしい。


 捨てられた子が立派に大人になる。これほど嬉しいことはないね。ちなみに、女の子のお祝いは、身体の成長次第で訪れるから、予定が組めないけど、男の子のお祝いに見劣りしない様に、リリーたちは気を配っている。




 新年二日目は織田家に年始の挨拶に行く。オレが正装を着る数少ない機会だ。エル、ジュリア、セレス、ケティも同行するが、みんなも清洲城に着いたらお着替えになる。


「結構、人が多いね。正月なのに」


 驚いたのは清洲の町が賑やかなことか。特に男性が多いけど、なんでだ?


「流民の流入で独身男性が多いですから、そのせいでしょう。やはり流民は若い男性が多いですので」


 この時代だと正月は家族と過ごすものだ。なんでだと考えているとセレスが教えてくれた。さすがに警備兵を統括しているだけに清洲の状況を事細かに知っているな。


 清洲の人口は大和守家時代より増えたからね。城の改築は賦役でやれる部分はほとんど終わったが、町の拡張や治水のための堤防造りで清洲での賦役は相変わらずある。


 家族連れや村単位で逃げてくることもあるが、一番多いのは単身で来る者だ。年齢で言えば若い人が多いし、男女比で言えば男性が多い。


 この時代だと女性がなれる職業って限られているからなぁ。単身でやってくる女性は多くはないのだろう。


 もっとも身売りした女性なんかは景気がいい清洲に売られてくることも多いので、総じてそこまで極端な人口比に今はなってないようだが。


 男の独り暮らしだと正月も暇だろうしな。そりゃあ町に出てくるか。


「明けましておめでとうございます」


 清洲城は年々人が多くなっているが今年は特に人が多い。今年からの新しい試みとして、奥さんも同伴で来るようにと信秀さんは命じている。おかげで直臣の皆さんと奥さんたちで去年の倍以上集まったらしい。


 普段は襖で仕切っているが、こんな時のために新しい清洲城には大人数でも入れる広間を作ってある。斯波義統さんと信秀さんに家臣のみなさんと共に挨拶をするのがこの日の主題だ。一応ね。


 それとこの日から元服して大人の仲間入りを果たしたのが、織田勘十郎信勝さん。信長さんの弟の信行君のことだ。


 烏帽子親を勝家さんがしたらしく、その勝家さんの一字をもらい織田信勝と名乗るらしい。通称は勘十郎。信行という名は通称というか俗称なんだよね。


 岩竜丸君が若武衛様と呼ばれているように、信行という名も周りからそう呼ばれていただけらしい。理由は知らないが。


 彼の挨拶もあった。ただし少しどよめいたのは、彼に城を与えないことだろう。俸禄という形で禄を与えることと役職を与えることはしたが、一般的に与えるはずの城と領地を与えなかったんだ。


 実はこれがまた紆余曲折があったんだよね。信秀さんが前に使っていた古渡城が空いている。誰もがそこを与えると思っていたんだが、信秀さんは与えなかった。


 理由は織田家が目指している統治体制と合致しないこと。中央集権を実現するためには信秀さんの子供たちからやる必要がある。


 この件は信秀さんや土田御前に、勘十郎君本人とオレやエルやアーシャも交えて昨年から何度も話し合った結果だ。勘十郎君が軽んじられないようにしつつ、新しい形での元服にしたいと信秀さんは苦心した。


 勘十郎君本人もそこまで城に拘っていない。本人が意外に拘ったのが、元服後も学校に通うことだ。もっと学びたいと本人が直接信秀さんにお願いしていた。


 しかも学校に通っていたおかげで、今の織田家と今後の目指す先をある程度理解している。下手な城をもらうよりは、清洲で働くほうがいいと本人も理解していたね。


 口には出さなかったが、生活レベルが下がることも理解していたっぽい。城と領地を貰えば独り立ちだからね。清洲城のような生活は続けられないだろう。


 勘十郎君には言わなかったが、信秀さんはいずれ自分が亡くなった後に、子供たちが争わないかと結構心配していた。


 信秀さん自身の兄弟は仲がいいが、周りを見渡せば兄弟で殺し合うなんて珍しくないからね。そういう意味でも国人衆や親族衆が各自で城と領地を持つ現行の統治を、信秀さんもあまり望んでいないという本音もある。


 信秀さんほどの実力があれば、それでも問題はないが。


 分家として分けた家が本家と揉め事の原因なんて例は、いくらでもある。織田弾正忠家も元は大和守家の分家だから思うところがあるんだろう。


 勘十郎君には領地ではなく役職を、具体的には信秀さんの下で信長さんと一緒に文官として働くことになる。


 今後は勘十郎君たちが中心となって活躍してくれないと厳しいという本音もあるけど。




◆◆◆◆◆◆◆◆


 天文二十年正月。『織田統一記』によると、織田信秀の三男である織田勘十郎信勝が元服したとある。


 彼は久遠家が事実上運営していた織田学校で学んだ者であり、現存する織田学校の資料によると成績優秀であったようだ。


 そのため信秀や久遠一馬も大いに期待したと思われる。


 ただ、彼には元服の際に城と領地が与えられなかったことで、家臣ばかりか一族にまで驚かれ心配されたと織田統一記にはある。この時代は信秀程の身代の親であれば慣例的に与えられるものだったからである。


 もっとも当時の織田家では増えていた現金での俸禄支給はあり、その額は決して低くはなかったので扱いが特別悪かったということではない。


 信勝自身も小領を貰うよりも清洲で働いたほうが先はあると自覚していたらしく、この件に関しては特に不満はなかったと伝わる。


 なお、この時に一馬が信勝に贈った久遠メルティ作、『織田信勝公元服』の肖像画が、久遠メルティ記念美術館にて公開されている。


 

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