第564話・女性警備兵

Side:久遠一馬


 今日は信長さんの直轄領の改革の進行状況と問題点のチェックをしている。土豪などの武士は概ね説得を終えた。上手くいったことは謀叛などが起こらなかったこと。問題点は少なくない費用が掛かることだ。


 この件はあくまでも試験段階なので、なんとも言えない。これが成功したら自発的に改革が進む可能性もなくはない。とはいえ今後これを続けるには相応の資金が必要だ。初めての試みなので仕方ないが、今後の課題でもある。


 せめて現行の領地が広がる前に土地の改革は一定の区切りを付けたいんだけど。どうなるかな。


 新体制移行の時期は現在調整中だ。武官と文官に分けて、文官は信長さんの直轄領にて働いてもらい、武官は職業軍人として信秀さんの直属にするつもりだ。


 だが根本的な問題として職業軍人をどう位置付けてどう扱うかは、評定でもっと議論が必要だ。現状では武士が武官そのものであり、文民統制なんて概念は存在しない。


 重臣どころか、信秀さんですら警備兵と一緒でいいのではと考えている部分があり、馬廻り衆のように戦に特化した部隊が最適だとは説明しても、具体的なイメージが持てないようなんだ。


 この件はエルたちとも相談しているが、史実のように長い歴史を経てとは言わないが、試行錯誤の段階は必要だろうという話にはなっている。


 実際、織田家の皆さんは積極的に考えて改革に参加している。答えが分かっていても、それをいきなり押し付けるというのは現状では好ましくない。


 警備兵に関しては上手くいき過ぎた状況というのが現在のオレたちの見解だ。平時には治安維持と訓練をして、戦時には最低限の警備要員を残して戦に行く。


 領民兵が主体の現状にマッチしたといえば言い過ぎだが、鉄砲に長けて集団での戦術に長けた部隊として評価が高い。


 その成功が職業軍人の創設に影響が出るんだから、現実は難しいね。


 それと忍び衆に関しては、信秀さんの直轄の人員をウチの忍び衆と完全に別の組織とするべく調整している。


 元々存在はしたんだけどね。数が少なく組織として機能してない素破そのものだったから、なりゆきで資清さんと望月さんがウチの忍び衆と一緒に運用していたんだけど。


 そろそろ正式に別組織とするべく人員の調整と体制づくりをしていた。今後は信秀さん直轄の忍び衆とウチの忍び衆と、伊賀者などの外注の忍びと役割分担をしていく予定だ。


 ウチの忍び衆は資清さんと話し合って、望月さんに任せることになった。資清さんはウチ全体の仕事で忙しいしね。




「意外と集まったね」


 一仕事終えると清洲城に移動した。この日は五十名の女性警備兵が信秀さんへのお披露目とあって勢ぞろいしている。年齢は十代半ばから四十代半ばまでいるね。


 服装は全員がおそろいの着物と袴で、上半身には革製の胴丸を着込んでいる。軽量化を優先したのでそこまで防御力はないらしいが、数打ちの刀程度ならば効果があるらしい。


 こちらは警備奉行となったセレスの直属となった。目的はあくまでも要人警護に特化している。男性の護衛よりも身近で守ることを想定していて、お市ちゃんやほかの姫様たちで試験的にテストして評判は上々だ。


 信秀さんへのお披露目とあって女性警備兵の皆さんも緊張気味だが、この時代では信秀さんに拝謁出来るだけで珍しいことになる。皆さんも尾張のために働きたいとやる気になっているので、謁見を受けることに喜んでいるらしい。


 そうそう、革製の胴丸は警備兵全体にも導入した。鉄砲には無力だけど、現状では鉄砲は持っているほうが珍しいくらいだ。日常で装備する防具としてはこんなもんだろう。


「皆、やる気に満ちています。男の警備兵より覚悟は上です」


 セレスもこの時代でこれだけの女性の警護をする者は、他家にはいないと自信の表情を見せている。任務は本当に元の世界のSPなんだけどね。


 ウチの影響で織田家の女性陣はお出かけの機会が増えた。無論護衛はいるが、気配り出来る同性の護衛は増員が必要なんだ。


「戦場では女のほうが肝が据わっておる。皆にも大いに期待しておる。励め」


 信秀さんも満足げに見ていて、ありがたいお言葉をかけていた。為政者としての人気が高いから、この一言でも忠誠心があがるんだよね。皆さん嬉しそうに返事をした。


「申し上げます。甲斐の武田家の使者を名乗る者が清洲に参ったようでございます」


 女性警備兵のお披露目も終わった頃、またお客さんが来たと知らせが入った。最近多いんだよね。あんまり関係ないようなところからも使者が来たりする。


「ほう、早かったとみるべきか。一足遅かったとみるべきか」


 ただ今回は武田だ。今川との戦が現実味を帯びてきているので、その対抗だろう。


 その今川との交渉は進んでいる。今川の西三河からの撤退と引き換えに一年の停戦。今川の本家の吉良の引き取りと、北条など第三国に影響が及んだら停戦協定の無効となるという条件で進んでいる。


 東三河はこちらも譲歩した。といっても現状では東三河領有は好ましくないだけなんだが。 


「今川以上の条件はないでしょうね」


「あっても同盟破りの前例があるからな。武田よりはまだ今川のほうが信用出来る」


 武田からの使者の目的は聞くまでもないだろう。使者の代表が真田を名乗ったということで、オレは内心でビックリしたけど。信秀さんはどんな使者かと興味はあっても、武田との同盟にはあまり興味がなさげだ。


 ウチの影響もあって武田のリアルな情報が入っているからなぁ。同盟はないよね。やっぱり。


「宴の支度を致します。同盟は結べぬでしょうが、使者を歓迎して、それなりの誼を築くべきです」


「そうだな。土産もいいものを用意してやるか」


 ああ、エルが宴の準備をすると張り切って出ていくと、信秀さんもそれでいいと笑みを浮かべた。


 盛大に歓迎しつつ、野心はないからと同盟は無理だと断る気だな。美味しいものとお土産で誤魔化してしまえといえば言い過ぎか?


「武田も厳しいですよね。甲斐は山国で大変なようですし、妙な風土病もあるとか。商いで食うのも難しく、金山があるとはいえ大変そうですね。殿ならばいかがされます?」


「奪わねば食えぬ土地か? わしなら信濃に本拠地を移すかもしれんな。晴信は甲斐におるが、聞く限りではあそこに籠っておっても先はあるまい? とはいえ奴のように信濃で非道の限りを尽くせばそれも難しかろうが」


 なんとなく興味本位で、信秀さんが甲斐の大名だったらどうするのだろうと思い聞いてみるが、その答えに納得と同時に驚かされる。


 城とか本拠地に拘らないんだよね。フットワークの軽さは、この時代では珍しい。確かに武田は信濃を属国程度の扱いしかしていないが、そこを本領とする気で考えるとまったく違うことになるな。


「一馬、そなたなら甲斐をいかに治める?」


「困りますよね。港がないとウチは困りますし。ただ米以外のものを作る算段は必要かとは思いますが。山の村では甲斐のような土地でも役立つことは試させていますよ」


 考えれば考えるほど罰ゲームだよね。甲斐は。一応甲斐のような場所を想定して山の村で試させてはいる。


 山の村に関しては椎茸栽培も成功して順調だ。炭焼きもしているし、木酢液など売れるものもある。あとは山の村を作った時に桑の木を早くから植えて育てているので、来年あたりには少量なら養蚕の試験も出来るかもしれない。


 とはいえ甲斐一国をどうにかするのは大変だろう。街道の整備を赤字でもいいので真っ先にやらないと詰むかもしれない。


「さて名門甲斐源氏はいかが出るのやら。楽しみだな」


 名門か。相手は家柄では上だ。義統さんの出番になるね。とはいえ武田が欲しいのは織田の協力だ。


 でも協力するメリットがね。今川との戦での共闘なんて正直必要がないよね。それどころか、デメリットが大き過ぎる。


 川中島ではなく今川と武田が激戦に傷付きながら、歴史に残る名勝負を繰り広げるのか、それともどちらかが桶狭間のように致命的な敗退をするのか。こればっかりは誰にもわからないんだよね。




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