第556話・慰霊祭への道中

Side:久遠一馬


 季節は師走に入っていた。


 今日は慰霊祭のために三河に向かっている。総勢二千名での移動だ。昨年の戦に参加した織田家の皆さんや、斎藤家などの美濃の独立領主、願証寺などの関係者が一緒に三河に向かうため、この人数となっている。


「ごはん~、ごはん~、ご~は~ん~」


 オレはさっきから、すずのご飯の歌をBGMにのんびりとした冬の景色を眺めている。現在はお昼の休憩中なんだ。


 お腹が空いたんだろう。そんな時間だからね。


 今回の一行の食事は織田家で用意するが、この時代は基本として朝晩の二食なので用意する食事も朝晩だけになる。お昼は各自で用意するか、商人などから買うことになる。


 慰霊祭に参加する関係者二千名以外にも、商人などが帯同していたり要所で待っていたりする。通る道や休憩する場所に宿泊する地点などは、事前に決めて警備をしたり二千名の食事の用意などもしているんだ。


 おかげでちょうど小腹が空く時間には、商人が美味しそうなものを売っている。


「さあ、できましたよ」


「今日はパスタ」


 ただ、ウチはエルとケティたちが自前で昼の準備をしている。


 この期間は手の空いている警備兵や忍び衆に、地元の国人衆なんかも沿道の警備に出ているが、絶対安全とは限らないのがこの時代の難しいところだ。


 衛生観念も尾張の主要都市の商人や屋台には指導しているので改善の傾向があるが、町を少し外れると以前と変わらぬままの状態がほとんどになる。


 販売している人も大半は尾張の商人だが、一部には他国の行商人や地元の人がいたりするので、万が一を考えると道中での安易な買い食いは危険なんだよね。


「わーい、お昼なのです!」


 ウチの今日のお昼はペペロンチーノと野菜のスープだ。チェリーが瞳を輝かせてパスタを頬張っている。


 パスタは乾麺を使っているから、こんな時に便利なんだよね。ちなみにパスタは、最近になって少量だが売っている。


 類似するものとして素麺はこの時代でもある。それと比較して安くなり過ぎないようにして売っているんだ。パスタを売って素麺がなくなることになったら悲しいしね。


「このピリッとくるのがいいですな」


「これはまた癖になりそうな味でござる」


 一緒に食べているのはウチのみんなと、与力である佐治さんと河尻さんだ。そういえば二人はペペロンチーノが初めてだったね。驚いた様子で食べている。


 そんなに難しい料理じゃないんだけどね。にんにくはこの時代にはすでにあるものだし、唐辛子はウチで売っているので尾張ではよくあるものだ。


 ただし、オリーブオイルは売ってないからペペロンチーノは作れないか。食用油そのものがこの時代だと一般的には売っていないので、油を使った料理自体が高級品だからなぁ。もっとも尾張だと食用油も一部では売っているけど。


 ふたりの身分なら唐辛子も食べられるはずなんだが、レシピが広まってないんだろうな。


「美味しいわ。帰ったら孤児院の子供たちにも作ってあげようかしら」


「たまには外で食事もいいものですわね。ああ、紅茶もありますわよ」


「茶菓子は饅頭を持ってきたネ」


 一応慰霊祭に参加するためなんだが、ウチのみんなは半ばピクニック気分だ。今日はいつも留守番組のリリー、シンディ、リンメイも連れてきたこともあるが。


 女は家にいて家を守るものなんて、ウチは関係ないからね。周りもすっかり慣れたのか、好奇の視線を向ける人がほとんどいなくなった。


 信長さんたちは、なにを食べているかな?




Side:織田信長


 慰霊祭か。よくまあ次々と考えるものだな。道中の川には舟橋を掛けておって、意のままにとはいかぬが軍が移動しやすいようにしておる。


 道の整備もかずたちが言い出したことだが、熱田より東は未だに手つかずだ。清洲と那古野の道に慣れると物足りなく感じるが、これでも近隣の者たちが自ら率先して落ち葉や枯草などの掃除をして綺麗にしてくれたと聞く。


「若、昼食ちゅうじきができましてございます」


「うむ、ご苦労」


 いつの間にか昼にも食わねば物足りなくなったな。今日は雑炊か。


「美味いな」


「はっ、昆布を粉にして出汁の代わりとしておりまする。ほかには久遠家のかつお節も使っております」


 出汁がよく利いて美味い。具も魚をつみれにしたものか。料理番も腕をあげたな。


 もう季節は冬だ。こう寒いと温かいものが美味い。


「それにしても美濃からも、大勢来たものだな」


「斎藤家臣従の話を知らぬ者はおりますまい。皆、美濃がいかがなるのか気にしておるのでございます。これを機会に臣従をと考えておる者も多いようで、わしのところにも、仲介を頼むという者は多うございますぞ」


 飯を食い終わったので爺と少し周りを見て歩くが、美濃で織田に臣従しておらぬ者が多く来ておることがわかる。


 やはりこれを機会に織田に臣従しようと思う者が多いか。


 もっとも西美濃にて、根を張り力ある安藤を筆頭に幾許いくばくかの者は、頼まれてもおらぬのに口煩い織田に臣従を申し出るなど御免だと、口出し無用を公言しておるが、それもいつまで持つことやら。


 ほかには静観を決め込んでおる稲葉などもおる。まあこちらは誰かが仲介すれば大半が降るのだろうが、一戦交えてからでも遅くはないと料簡りょうけんする者もまた多いと聞く。


 美濃では揖斐北方城での戦の際に、和睦で済ませたからな。それに元大和守家の当主であった因幡守など、戦をしても許したこともある。


 戦をして武勇を見せてからと考える者が多いのであろう。だが織田一族である因幡守などと同じく考えるのは愚かなことだ。


 織田家では武辺者ですら変わりつつある。これはジュリアが教えておることが理由であろう。無駄に戦をしてから考えるなどという者は減っておるというのに。


「爺、変われば変わるものだな。オレの初陣の時と大違いだ」


 大勢の武士たちをみておると、ふと初陣の時のことを思い出した。かずたちが来る少し前に済ませた初陣だ。


「あの時と今とでは織田家も違いますからなぁ」


 爺たちが織田家の嫡男として恥じぬ初陣にしてくれた。とはいえ今川方の軍のおるところに火を掛けて終わりだ。今の織田ならばすることではない。


 爺も少し懐かしく感じるのか、感慨深げに笑みを浮かべた。


「信行の初陣はいかがするのであろうな」


「手頃な相手がおらぬことが悩みでございますな」


 年が明ければ信行も元服だ。初陣は今の織田に相応しいものにしてやらねばなるまい。


 そのことを告げると、近頃はオレに口煩く言うことも減った爺が珍しく困った顔をした。斎藤家も松平宗家も戦などする気はない。今川ですら和睦を求めたのだ。信行の初陣の相手がおらぬではないか。


 安藤あたりが蜂起すれば初陣にしてもよいが……、そこまで愚かではあるまい。


「のう、爺。この先、戦がなくなった時には初陣などなくなるのであろうか?」


「さて、いかがなりましょう。一馬殿は戦がなくなっても、戦に備えることは必要だとは以前から言っておりますがな」


 確かに戦がない世でも戦には備えなくてはならん。とはいえ頻繁に戦がなくなれば、戦を知らぬ者が増えるであろうな。


 想像もできん。かずたちは何故、そんな先が見えるのであろうな。


 言えぬことも多いであろうことは、わしも爺も親父もわかっておる。かずたちはかずたちなりに、オレたちを理解しようとしておるのだ。


 いつか、かずたちが遠慮なく先を言えるような織田家にしたいものだな。



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