第543話・衝撃の走る美濃

Side:安藤守就


「殿、なにゆえ織田に臣従などと……。しかも無条件とは……」


 武芸大会も終わりしばらくすると、斎藤山城守様が織田に正式に臣従を願い出たとの話が美濃を駆け巡った。


 無条件で臣従をしたいと頼み込んだと聞くではないか。そんなことあるはずがないと一笑に付したが、いかにも真のことらしいと聞くと、居ても立ってもおられなくなり稲葉山城まで参った。


「戦も政も謀も同じだ。好機を逃してはすべてを失う。そなたなら言わずともわかるであろう」


「織田は確かに勢いがありまする。されど織田に勢いをもたらしておる久遠はよそ者。いつまでもこのままとは思えませぬが?」


 なんと弱気な。蝮が仏に毒を抜かれたというのは真らしいな。以前はいかな手を使ってでも美濃を守るという恐ろしさがあったものを。年老いて丸くなったとでも言うのか?


 然れど美濃者の誇りはいかがするのだ?


「ふん。美濃にわしのために戦う者がいかほどにおろうか。尾張には弾正忠殿のためならば死しても構わぬという者がいくらでもおる。その時点で詰んでおるわ」


「然れど……。斎藤家と美濃が尾張に膝を屈するなど……」


「無理強いはせぬ。そなたたちが斯波と織田に従えぬと言うのならば、好きにするがいい。ただし六角や浅井、朝倉を引き込むのだけはやめておけ。織田の前にわしがゆるさん」


 織田が嫌いだというわけではない。だが美濃に生まれた者として尾張に屈するというのは忸怩じくじたる思いがある。


 もともと山城守様は謀と戦に秀でたお方だ。このお方ならば美濃を守れると思えばこそ、皆が従っておったのだ。それなのに……。


 追放した元土岐家家臣たちが近江で騒いでおるとの噂は耳にした。実はわしのところにも密かに文がきた。美濃を土岐家の下に取り返そうとの誘いだ。


 とはいえ肝心の亡き守護様のお子たちにはその気はないらしいので、返事もしておらぬがな。血を分けた兄弟や実の子すら排除しようとした、亡き守護様の嫌な部分を、奥方様やお子たちはよく見ておったのであろう。


 それに土岐家復権のためには六角家の協力がるが、肝心の六角家が動ける状況ではない。西に三好がおって、公方様は三好討伐をするべく動いておられる。この状況で東の織田を敵に回すなどありえんはずだ。


 そもそも管領代様が許さんはず。騒いでおる者たちは時世も読めず追放された者たちだ。連中はいつ始末されてもおかしくはない。


「然れど面白いのう。わしの陰口を言うておった者たちが、織田に臣従すると聞くと慌てておるのだからな」


 とはいえ臣従まで自ら願い出ることは理解できん。確かに織田は戦も強い。それに銭の力も恐ろしいほどだ。だが戦はやってみなければわからん。大軍に油断して負けた者など、古来いくらでもおる。


 一戦交えて己の力を見せてからでも遅くはあるまいに。


「遠山家が怒っておるようですが? 守護代家としての役目を放棄したと」


「遠山家は織田に同盟を申し入れたらしいからな。わしの臣従で困った立場になると思うておるのだろう。どのみち美濃は土岐家が追放された時に終わっておったのだ」


 それと織田に同盟を申し出ておった東美濃の遠山家がこの件に激怒しておるようだが、いずれかと言えば遠山家の言い分のほうが理解できる。


 同盟でよいではないか。なんのために帰蝶様を織田にやったのだ?


 駄目だな。臣従の意思は固い。この裏になにかしらの謀でもあるやもしれんが、そこまではわからぬからな。


 美濃はいかがなってしまうのだ?




Side:久遠一馬


 秋の収穫も一段落した。これからは賦役の季節だ。焼き物村は伊勢守家が担当して賦役をするし、木材の集積所は場所が犬山城の領地なので、領主である信康さんが担当して本格的に賦役をすることになる。


 清洲と那古野は、田畑として使っていた土地も含めて整地して町が拡張されている。賦役というならば武芸大会の収益で行われている河川の治水や街道整備も続いているし、織田領内は相変わらず暇な人はいないだろう。


 あと新規の事業としては津島と熱田の町の整備も織田家の直轄事業になったので、こちらも整備計画が練られているところだ。


 それと領内の商人に対しての税制をどうするかの議論も始まった。領内の商人には清洲・那古野・津島・熱田・蟹江では関所での税を免除したことで、下四郡ではほぼ税が取れないことになる。これに関しては矢銭の禁止と共に、利益に対する一定の課税を目指している。


 税は利益に準じて納めてもらって、矢銭は今後取らないことにする。あれも必要に応じて徴収していたらしいが、目的や理由が曖昧でよろしくない。


 いつ課されるかわからない矢銭がなくなれば、商人としても利益に税を課しても安定するだろう。ただしこの件は織田領全体でやらないといろいろ不公平感が出るだろう。


 時期は慎重に考える必要があるからね。


「きれいなお花だね!」


「本当ですね。姫様」


 今日は清洲城で秋のお茶会をしている。城の庭にはこの時代でもある菊や、ウチが持ち込んだコスモスの花が綺麗に咲いている。ちょうど見頃になるように時期を合わせていたんだ。


 お市ちゃんはエルと手を繋いで楽しげに花を見ていて、周りでは連れてきたロボとブランカも楽しげに駆け回っている。


「絵師の方様。これは美しい花ですな」


「そうでしょ? どう描いてくれるか楽しみだわ」


 周囲では先日の武芸大会に付属して開いた展示会に出展して一番の評価を受けた絵師が、メルティと一緒に花の絵を描いている。昨年から工芸品や芸術部門でも評価する仕組みを取り入れていたが、今年はそれに追加して優秀な成績を残した数名には一年間織田家で絵師として召し抱えることにした。


 期限を設けたのは、競争原理を働かせるためでもあるし、出来れば特定の絵師に偏らないようにするためだ。飛び抜けた才能があれば優秀者の常連になってしまうだろうけどね。


 そう何人も必要ではないからね。お抱え絵師って。


「お似合いですよ~」


「確かに美しいものじゃの」


 それと土田御前や帰蝶さんたちにはパメラが装飾品を勧めていた。以前に工業村で作った装飾品の試作品をもらったが、評判がよかったことから売り出すことになったんだ。


 漆塗りの櫛や銀の簪に硝子玉のついたものなど、いろいろある。この手の商品は身分が高い人から身に着けないと普及しないんだよね。


 ほかにもジュリア、セレス、ケティ、シンディ、リンメイが来ていて、ウチ以外だと織田一族が多数来ている。今日は織田一族のお茶会だからね。


「わん! わん!」


 楽しげなみんなを見ていると、それだけで楽しくなる。秋の少し冷たい風とうろこ雲を眺めながら、ふとそんな楽しげな雰囲気を楽しんでいると、ロボとブランカが駆け寄ってきた。


 なにしてるの、とでも言いたいのかな?


「よしよし、一緒に少し散歩するか」


 清洲城の庭は散歩できるほど広い。ロボとブランカがなんとなくお散歩に行こうと誘っている気がしたので、一緒に庭を歩いてみようか。


 現状では日本で唯一の西洋式庭園がある。西洋式庭園はまだ全部が完成してないけどね。それでもだいぶそれらしい庭になってきたなぁ。


 尻尾が嬉しそうに揺れるロボとブランカを撫でてやり、一緒に景色を楽しむ。


 長生きしてほしいな。天下統一したら一緒に縁側でのんびりしたい。


 そして、いつか宇宙要塞にも連れていってやりたい。


「くーん」


 相変わらず甘えん坊な二匹に思わず笑ってしまう。


 このまま平穏な日々が続けばいいんだけど。




◆◆

安藤守就。美濃。北方城主。美濃三人衆。織田に臣従していない人。

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