第544話・それぞれの秋

Side:農業試験村の領民


「さあ、好きなもの食べなさい」


 清洲にある八屋は今日も混雑していた。季節柄、年貢を払い終えて少し懐が暖かい連中がいるようだ。


 かく言うおらも、そのひとりだ。不作だと嘆く声があちこちで聞こえたが、おらの村はそうでもなかった。そりゃあ去年よりは不作だったが、林様の時よりは断然いい。それに近隣の村と比べると悪くない収穫だった。


 まあ、おらの村はお代官様の久遠様が米を一粒残らず買い上げなされて、おらたちは不作でも銭を貰えるんでそこまで困らねえけどな。とはいえ頑張ったからと褒美を特別に貰えた。


 米が手元に残らねえのが不安な奴も村にはいたが、久遠様の名代様のとこには、空籾からもみの心配いらねえ実だけの米がたんまり積んであって、いつだって安くゆずってくださるんだ。次の春の種籾のお約束もいただいた。


 それに織田のお殿様と久遠様が、尾張がみんな不作になっても、食い物が足りねえとか、買えねえとかにならねえ様にして下さったとか。おかげで家族みんなで、こうして年に一度の贅沢だと八屋に来られたんだ。


「うわぁ、あれ美味しそうだ」


「あっちの人のも美味しそうだよ!」


 子供たちは他の客の食べている料理を見ながら、嬉しそうに騒いでいる。


「こら、騒いではいけません。周りのみなさんにご迷惑になるでしょう」


 おっ母がそんな子供たちを叱りつけるが、そんなおっ母ですら今日は機嫌がいい。おらは周りの客に頭を下げるが、みんな笑って許してくれた。




 思い出すな。あの日のことを。燃え盛る村を見た日のことを。


 村の長老から逃げるぞと突然言われて着の身着のまま逃げた。なにがあったのか、おらにはわからなかった。


 林様が織田のお殿様に謀叛を企てていたと知ったのは、焼けた村を見たあとだった。亡くなったおらの父ちゃんが建ててくれた家が焼けている姿を見た時は、涙が止まらなかったな。


 織田のお殿様に見つかればおらたちも罪に問われるのではないか。早く逃げるべきかと相談していたところに織田の若様が来てくださった。


 せめて子供たちの命だけは助けてもらわねばと考えていたら、驚いたことにみな助けてくださるという。


 あれから三年になる。おらには新しい子が生まれた。あの燃える村を知らない子だ。


 今では村の和尚様が、数日に一度は子供たちを集めて読み書きを教えてくださっている。おかげで村に回ってきたかわら版を子供たちが読めるようになっていて、負けてられないとおらたち大人も読み書きを和尚様から学んでいる。


 楽しみは月に数回やってくる紙芝居だ。先日には武芸大会の様子が紙芝居になっていたが、面白かったなぁ。


「あら、与助じゃないの。外食かしら?」


「これは今巴の方様!」


 林様の頃から今日までのことを思い出していたら、武士たちを連れた今巴の方様に声を掛けられた。


 おらのことなんか覚えてくれていたとは……。


「風太も幸も大きくなったわね」


「はい!」


 おらのことばかりじゃねえ。子供たちの名前も覚えていてくれた。嬉しくて涙が出そうになる。


 いい子にしていたかと声を掛けてくださった今巴の方様に、子供たちも笑顔で返事をした。


 今巴の方様が村に来ることは年に数回だ。久遠様と一緒に来られる時くらいなんだがな。林様はおらの名すら覚えてくださらなかったのに。


「父ちゃん。おいしいね」


「また来たい!」


「ああ、また来られるように頑張ろう」


 その後、おらたちは初めて八屋のものを食べた。


 嬉しそうに笑う子供たちやおッ母におらは言葉がなかなか出てこなかった。


「お待たせしました。饅頭です」


 驚いたのは食べ終えた後だった、頼んでもいない饅頭とやらが運ばれてきた。


「あの、これは頼んでねえだ」


「あれ、ジュリア様からお話がありませんでしたか? 帰りがけに、ここに饅頭を出すように命じられたんですが……。お代はすでに頂いていますし、どうぞ召し上がってください」


 嬉しそうな子供たちには悪いが、そこまでの銭は持ってきてねえ。間違って運んできてくれた若い娘さんに素直に頼んでないことを話すが、信じられないことを言われた。


「いや、でも……」


「ジュリア様は気に入られた方に御馳走することがよくあるんですよ。お弟子さんたちを連れてよくおいでになりますし。ですから遠慮なく召し上がってください」


 どうしていいかわからず戸惑っているが、娘さんに押し切られる形で受け取ってしまった。


 甘いものを食べたのは久遠様から頂いた水あめ以来だ。


「すごい、甘くてやわらかい!」


「童、運が良かったな!」


 食後に食べた甘い饅頭は本当に美味かった。子供たちもこの美味さにはしゃいでしまい、周囲の人の笑い声が響く。


 明日からまた頑張ろう。


 子供たちのために。織田のお殿様や久遠様のために。




Side:とある信濃の領民


「武田様が生きて甲斐に戻ったそうだ」


「くっそう。死んでくれればよかったのに」


「村上様もあまり好ましくねえからな」


 村上様と戦っていた甲斐の武田様が負けたと聞き、近隣の村では喜ぶあまり祭りをしたとさえ聞いた。


 昔から甲斐から攻めてくることがあるが、今の武田様は特に酷い。抵抗した村は一切合切持っていってしまう。おらの親戚の村も根こそぎ連れていってしまった。残ったのは年寄りの亡骸だけだ。


 余裕のある者は銭で買い戻したが、そんな余裕がない者たちは連れていかれたまま、どうなったかわからねえ。


 風の噂では鉱山なんかで働かされて死んだ者も多いと聞く。親戚も助けてやれなかった。


「尾張の織田様は攻めた領地でも飯を食わせてくれるらしいぞ」


「そんな話、でたらめだろう」


「それが事実らしい。その分、働かされるらしいがな」


 おらたちは村の寺に集まって、今後の相談をしている。武田様が生きているとなると、また攻めてくるからな。信濃の武士は情けないことになにもできずに負けるばかりか、武田に降った者も多い。


 諏訪様なんて同盟を組んでいたのに、破られたって、知ったのは殺された時だという。武田様なんて信用できない。


 そんな中、ひとりの男が遥か尾張の話を教えてくれた。


 そいつは望月様の領地に親戚がいるんだが、そこから聞いたんだという。


「騙されてるんだよ。そんな奴はいねえ」


「そうだな。どこの国に攻めた先に飯を食わせる奴がいる。戦をする意味がねえだろうが」


 村のみんなも誰も信じねえ。確かにな。ありえねえ。


 信濃では武田様が負けたことで、武田様に従って戦に来ていた連中があちこちに逃げて荒らしていたくらいだ。


 当然ウチの村にも来た。返り討ちにしてやったが、こっちも死んだ者がいるし田んぼが荒らされたところもある。


 ただでさえ武田様が戦に米や人を出せと奪っていったのに、そこに負けた連中がやけばちになってあちこちを荒らした。おかげで今年も信濃では飢える者が多く出るだろう。


 弱い者は死ぬしかねえんだ。生きたければ強くなるしかねえ。


 源氏だかなんだか知らねえが、武田様なんてただの盗っ人だろうが。天罰でも下っちまえばいいんだ。





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