第539話・秋の休日
Side:久遠一馬
武芸大会は四日の全日程が終了した。
最終日には川舟での操船を競う競技や、模擬戦などの武士による団体戦の決勝が行われた。日程と順番はオレたちの意見というよりは評定で議論した結果だ。
綱引きとか玉入れとかもそうだが、団体競技が予想以上に人気なんだよね。
今回の大会は、美濃衆と三河衆が張り切っていたというのが印象的だった。三河衆は今年が初参加なので張り切るのもわかるけどね。
松平広忠さんは期間中には、奥さんの於大さん、息子の竹千代君と一緒の時間を過ごせたようで、喜んでいたらしい。なんというか松平宗家の人たちが大人しかったのが印象的だ。
くだらないとか武士のやることではないと、もっと反発するかと思ったんだけどね。
吉良家は露骨に騒ぐことはしなかったが、織田家中の名のある者たちに対して今川の危険性や問題点を挙げて、今こそ皆が協力して今川と対峙する時だと訴えていたらしい。
義元が今川家当主就任の際に、先代の当主である兄とその弟が不自然なことに同時に亡くなっているが、それも義元の謀略だと訴えていたみたい。事実かどうかはすでに確認できないからなぁ。
あと遠江の守護職は斯波家に譲渡すべきだといい、三河は織田家が実質治めるのも容認するというような発言があったらしい。
困ったことに斯波家旧臣や織田家中にも一定の理解を示す人がいる。
一方、美濃衆は東美濃の遠山家などは信濃の情勢の変化を気にしているらしい。武田は村上相手に負けながらも着実に信濃で領地を広げている。遠くないうちに美濃方面にも来るのではと警戒しているみたい。
遠山家に関してはこれも戦国時代の典型的な状況になっていて、東美濃を勢力圏にしてはいるが。遠山七頭なんて呼ばれていて遠山一族がそれぞれにバラバラに領地を治めている。
遠山七頭においてまったく連携が取れてないわけではないようだが、一族をまとめる力のある者もいないらしい。この辺りは過去に飛騨や信濃と争いになっているので、一族が個々であっちに臣従したりこっちに臣従したりとしているようだ。
史実でも遠山家は、信濃から侵攻してきた武田家に臣従しつつ斎藤家に味方したり織田家から嫁をもらったりと、『お前、誰の味方だよ』と言いたくなる行動をしている。
とは言ってもこの時代だと別に珍しいことではない。国境付近の国人が両属状態なんてよくあることだ。中央集権ではない、国人や土豪の連合体の代表でしかない大名なんかに、特に義理立てする意味を見出せないなら、そう言うものだろう。
少し話がそれたが、遠山家の望みは織田との同盟らしい。
斎藤家が思った以上に織田と戦う気がないことで、ちょっと焦ったというところか。織田と同盟をしつつ信濃の武田をけん制したいんだろう。
史実では織田信秀の妹である、おつやの方が遠山景任に嫁いでいるが、この世界では遠山家に嫁いでないんだよね。
オレたちが来たことで変わったとみるべきだろう。天文十六年に準備していた美濃攻めを信秀さんが取りやめたことが原因ではとエルが見ている。
天文十三年説と天文十六年説があった戦で、加納口の戦いと言われていた戦だ。この世界では天文十三年にも戦はあり、天文十六年にも戦は準備していた。二度の戦があったらしいというのが、この世界から得られた、元の世界の歴史、史実への状況観察的な
史実では織田信秀は天文十六年の美濃攻め以降、三河でも負けて苦境となる。そして斎藤道三と和睦して織田信長と道三の娘、帰蝶が婚姻するのだが、おつやの方の遠山家入りもその前後ではとエルが推測していた。
この世界では信秀さんは苦境には陥ってないことと、オレの影響で婚姻外交をやらなくなったことが原因だろう。
遠山家自体は、あまり道三さんが好きではないらしいね。由緒ある一族を自認して、独立心が強い。
同盟は多分ないだろうね。中央集権を進める織田にメリットがない。
「くーん」
武芸大会も終わると数日は後始末をしていたが、この日は休日にした。
最近、出回っているキノコを七輪で焼いていると、ロボが遊んでほしいと絡んでくる。
ブランカは隣にいて編み物をしているエルに絡んでいた。エルのマフラーと手袋は暖かいからと人気なんだよね。最初はオレが使っていたんだが、信長さんが欲しがるとそのまま織田家に広まった。
お市ちゃんは真っ先に使っているし、ほかの姉妹や信行君も今では使っている。おかげでエルは夏場でも暇さえあれば編み物をしているね。
実は資清さんの奥さんと、お清ちゃんと千代女さんも教わったようで簡単なマフラーくらいなら作れるんだが、織田家の皆さんはエルの編んだマフラーと手袋が欲しいらしく忙しくなっている。
「ロボ~、ブランカ~。おいで、お散歩行くよ~」
足にじゃれつく二匹にオレとエルは笑ってしまい、抱き上げてスキンシップをとっていたが、パメラがお散歩用のリードを持ってくると二匹は嬉しそうにそっちに駆けていく。
リードでお散歩だとわかるらしいね。
「さあ、鬼ヶ島に行くでござる!」
「かぐや姫を救出するのです!!」
一緒にいるのはすずとチェリーだ。妙なことを口走っているが、それは今年の春にふたりが慶次やメルティと創作した新しいお話の内容だろう。
ももたろうと金太郎と浦島太郎が旅をして、鬼ヶ島にかぐや姫を救いに行くという長編小説となっている。
題名は『ももたろう立志伝』。未来でゲームにでもなりそうな内容だ。紙芝居と絵本にもすでになっていて大人気らしい。
作中のももたろうにはなぜかお供の犬が二匹いる。ロボとブランカだ。もうなんでもありだけど、この時代だとまあウケているみたいだね。
「美味そうなもの焼いてるね」
「食べるか?」
賑やかなパメラたちが散歩に行くと、ジュリアとセレスがやってきた。石舟斎さんと河尻さんもいる。
ジュリアが焼いていたきのこを食べたそうだったので、ちょうど食べごろのやつを小皿にとってあげる。
「うん。美味い」
「兵のほうはどう?」
「順調です。河尻殿のおかげかと」
ジュリアがキノコを頬張るのを見つつ、休日にもかかわらず職業兵の訓練を見に行っていたセレスに兵の様子を尋ねた。
警備兵を治安維持の専門にすることと、管轄をきちんと信秀さんの直轄にしたことで、新しく雇った大和守家の旧臣の中でも人格などに問題がない三十名ほどを、職業兵として訓練しているんだが順調らしい。
彼らは将来的には織田家に戻る可能性があるんだよね。軍の権限に関しては、いずれ織田家に一元化する必要がある。
自衛程度の私兵を持つことまで規制するのは当面無理だろうが、領民の徴兵などの権利はすべて取り上げないと駄目だろうからな。
まあ織田家でも募集をかけて専門兵を育てることを、今年中に始める予定だ。
基礎教育と訓練は警備兵と同じにして、その修了後に適性と本人の希望を考慮して、警備兵・職業兵・水兵・衛生兵・工兵・
兵士の専門化は必要だけど、元の世界のように管轄違いで仲が悪いなんてことがないように、交流と相互理解の仕組みは今から必要だろう。
流民は相変わらず来ているからね。外国人部隊のような仕組みもいいかもしれない。
他国は戦国時代でも織田は近代化を試行錯誤中だからね。どうなることやら。
◆◆
遠山景任。東美濃岩村城城主。現状でも独立した領主。
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