第538話・武芸大会を見に来た親子
Side:美濃から来た領民
「父ちゃん! 凄いね!!」
興奮した我が子の声がかき消されるような賑わいだ。みんな目の前の勝負に興奮している。
地元の武士を応援する者、贔屓の武士を応援する者。様々だが、こんなに楽しい祭りは初めてかもしれない。
ウチは親父がまだまだ
あまり銭がないので道中は野宿をしながら清洲まで到着した。幸いなことに同じ武芸大会を見物に行く人が多かったので、野宿もほかの人たちと一緒にすることができて安心できた。
清洲で泊るところは地元の和尚様のお知り合いが近くの寺にいるというので、紹介状をわざわざ書いてくれた。僅かばかりの宿代しか出せなかったが、お腹いっぱいになるほど飯を出してくれたことには感謝しかない。
「確かに凄いなぁ」
わしもこの年まで生きてきたんだ。戦に出たこともある。だが武芸をこうして見ることは初めてだった。
喜ぶ我が子の顔に思わず笑みが零れる。
「父ちゃん、あの人は!?」
「あれは久遠様んとこの今巴の方様だぞ! まさか勝負するのか!?」
賑わう会場が少しどよめいたのは、剣の勝負で一番になった柳生様というお方と勝負をすることになった赤い髪の女が現れたことだ。
我が子が驚いて誰だと聞いてきたが、あいにくとわしは武士について、村の近場の噂程度しか知らなかったのですぐには答えられなかったが、隣にいた男が代わりに教えてくれた。
「あれが噂の……」
女の身で男たちを相手に負け知らずだというお方だ。その噂はわしの村でさえも聞いたことがある。
あのお方が出てくると周囲は一層盛り上がってしまい、我が子の声も聞こえないほどだ。
女が男に勝てるはずがない。村の力自慢はそう言い切っていた。戦では多くの敵を倒してお殿様から褒美を貰ったこともある奴だったので、村では身分の高い久遠様の奥方様に皆が遠慮しているのだろうと噂していた。
「おおっ!!」
わしも思わず声が出た。
木刀を持つ今巴の方様が今まで敵なしだった柳生様に勝ってしまった。
赤い髪をなびかせながら、柳生様の一撃をするりとかわすと、わずか一太刀で決めてしまったんだ。
本当にあれで遠慮しておるのか? さっきまでと変わらぬ本気の勝負に見えたが。
ふたりは立ち上がると礼をして下がったが、興奮が収まらない見物人が騒いでいて兵たちが必死に止めている。
村とはなにもかもが違うなぁ。こんなに楽しいことがこの世にあったとは……。
来年は親父たちにも見せてやりたい。
Side:久遠一馬
笛や太鼓の音が聞こえる。大会を盛り上げたいと、近隣の領民が笛や太鼓を持ち寄って演奏してくれているんだ。
個人の武芸の部門ではいくつもの名勝負が生まれた。紙一重の差で、勝敗を、運命を分けるなんてことが本当にあるのが勝負の世界なんだろう。
「凄い熱気だ。ジュリアは人気だね」
かつて元の世界では街頭テレビがあった時代がある。オレ自身は当然ながら生では知らないが、人々が街頭テレビを食い入るように見ていた記録映像を見たことはある。
今の光景が、ちょうどそんな感じに見えなくもない。娯楽なんてない時代だ。年に一度の祭りを楽しみにしているなんて人も珍しくはない。
少し怖いほどの熱気と盛り上がりになったのは、ジュリアが石舟斎さんと勝負したからだ。
これも今年初めて行なったことだ。もともとジュリアは武芸大会への参加に積極的ではなかったが、誰が一番か決めるべきだという声や、本当に強いのだからその実力を見せるべきだという意見が武闘派を中心にあった。
ジュリア自身はあまり自分の評判を気にしていなかったが、本当に強いのかと疑問符が付いていることは当然耳に入っていたはずだ。
その評判を気にしたのは、ジュリアが武芸の指導をしている織田家中の武闘派たちだ。馬が合うのだろう。熱心に指導していたし、それゆえにジュリアが一部ではその強さが疑われていることが我慢できなかったらしい。
オレのところまで直談判に来た人がいたことには、さすがに驚いたけどね。
信秀さんとも話し合って、一度実力を見せることにしたんだ。今回の刀と槍の部門で優勝者との勝負をすることによってね。
まあ女に気を使ったんだと今度は言われそうだけど。見た人は相応に信じてくれるだろう。
「セレスも出ればよかったのに」
「私には向きませんよ。もともと私は裏方のほうが得意です」
実はこの話はセレスにもあった。ジュリアとタイプが違うが、セレスの強さも織田家中では認められていて、特に警備兵に加わっている小豆坂の七本槍の佐々兄弟なんかは勧めていたらしい。
ジュリアが勝負や戦いを楽しむせいか。セレスは逆に冷静に指揮することが多い。彼女たちはアンドロイドとはいえ完全な個体として自立しているので、経験を積み時間を経るごとに性格や趣味嗜好なんかは変化していく。
セレスはジュリアの方向性が顕著過ぎた反省から冷静なタイプとして創ったが、完全にジュリアのサポートをするようになったのは、彼女の意思によるところも大きいんだ。
ちなみにすずは当初は武芸大会に出たがっていたが、目立てば自由がなくなると教えると止めた。
勝負を楽しみたいという思いはあったらしいが、自由な日常を失うことは嫌だったらしい。
名誉を得れば、相応の振る舞いが要求されるのは世の常だからね。
あとのみんなだが、リリーは今年も孤児院の子たちを中心にしたメンバーで屋台を出していて。リンメイとシンディは津島と熱田にて、工芸品の展覧なんかの展示と商売のほうで頑張っている。
ケティとパメラは医療班として大会出場者とか見物人たちの怪我やトラブルに対応している。そのほかのみんなも楽しみながら臨機応変にあちこちで大会を支えてくれている。
でもまあ、あと数年もすれば織田家だけでも武芸大会を開けるようになるだろう。
「来年なんかは、女性の種目もやれたらいいね」
「警備兵にも女性だけの部隊の創設が完了していますので、来年ならば一部競技で可能かもしれません」
今年は芸術部門では女性の出展が実現した。来年は武芸とまでは言わなくても、女性同士で競う競技をやりたいね。
女性だけの警備兵の部隊もすでに試験的にではあるが創設した。人数は男性と比べると少ないが、もともと女性も戦に出る時代だ。当初から少数だがいたんだ。
あとは武家や領民からの志願者を加えて創設はしたんだ。まあこちらは要人警護の任務が主になるので、それに合わせた訓練をしているらしいが。
導入先の第一号はお市ちゃんだ。乳母さんもいるが、護衛も当然
エルたちを除けば一番出歩いているからさ。
表向きは乳母さんの侍女のような振る舞いをしているが、実は護衛なんだ。
武芸大会もそろそろ終盤だ。最後まで怪我とかしないように気を引き締めて頑張ろう。
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