第537話・楽しい武芸大会

Side:織田信秀


「弾正忠殿、いつも神宮に格段の配慮、本当に感謝しておりますぞ」


 吉良家のしつこさに嫌気がさしてきた頃、伊勢の神宮の神官が声を掛けてきた。助け舟を出してくれたというところか。


「いえ、尾張の繁栄は神宮のおかげでございますれば」


 伊勢の北畠家とよしみができたことで神宮にも招待状を出したが、数名の神官がやってきた。


 相変わらず神宮の社殿の建て替えにも苦慮しておるらしいな。


 神宮の権威を掛けての建て替えである正式な式年遷宮となると、費用も桁が違うという。未だにできておらんというのだからな。ある程度ならば工面してやってもいい気もするが、官位の件もあるしな。


 頃合は見計らう必要があろう。それにしても由緒ゆいしょと伝統も銭がなければそれも守れんということか。寺社の信仰と発展も銭次第とは、さすがにすこし冷めるわ。


「然れば、武芸大会とは面白きことを考えたものよ。武士も領民も僧侶も神職も。皆が一緒になり競い楽しむとは……。いつか神宮でもこのようなことができれば面白いのじゃがの」


 そのまま神官とは雑談をしておったが、ふと楽しげに騒ぐ領民たちをみて羨ましげな顔をした。


 本来、人々の信仰を集めておったのは寺社なのだ。当然の反応か。人を集める価値と信頼される価値を知っておるということか。


「よろしければ伊勢の神宮が栄えるように、某も力を貸しましょうぞ。皆で知恵を絞ればより良き策があるやもしれませぬ」


「その言葉だけでも涙が出るようじゃ。北畠殿も力を貸してくれておるのじゃがの。世がこうも荒れてはなかなかの」


 本当に困っておるようだな。銭を出すとも言うておらんのに、神官にこれほど嬉しそうに感謝されるとは。北畠家も粗略には扱ってはおるまいが、とはいえ出せる銭には限度があるからな。


 伊勢の大湊は味方にしておかねばならん。神宮もまた然り。とはいえ、あまりやりすぎれば北畠家が面白くなかろう。


 そちらとも話をせねばなるまいな。これは守護様にもお願いせねばならん。名門北畠家を相手にするには守護様のお出ましが必要であろう。


 然れど、気になるのは守護様の足利嫌いか。わしも好んではおらんし、一馬などは関わりたくないと明言しておるが、一番嫌っておるのは守護様ではないのか?


 吉良家の者たちも驚いたであろう。同じく今川に苦汁を飲まされたのにも拘わらず、あれほど冷たく突き放すとは。


 まあ吉良家と助け合ってなどと言われても困るが。遠江攻めをするのはいいが、後ろにいつ寝返るかもしれん吉良家など抱えたままでの遠江攻めなどしたくもないわ。


 まだ松平広忠殿のほうが信頼できよう。義を大切にする男だ。半ば見捨てた今川に今もそれなりの忠誠を示しておるのだ。こちらが扱いを間違えなければ、背後から裏切るなどせぬはずだ。




Side:久遠一馬


 武芸大会は順調に進んでいる。参加資格は基本的には織田領の人であるが、領外でも美濃や三河の招待客で志願した人も何人か参戦している。


 結果はそれなりというところか。織田家中には、この大会に一年かけて研鑽して挑む人もいるからね。飛び入り参加で勝てるほど甘くはない。


 鉄砲に関してはウチと織田家以外からも参加者が増えた。実は信秀さんと相談して、運動公園内にある射撃場では、織田家中の武士なら無料で撃てることにしていたんだ。


 そのおかげもあって、熱心な人はそこで練習していた。


 それと今年はメガホンを作って配った。司会進行から応援まで、みんなが使っていて評判もいい。声が聞こえにくいとかあったからね。


 子供たちなんかは配ったメガホンをおもちゃにして遊んでいるけど、それもいいだろう。


「差し入れなのです!」


「美味でござるよ!」


 オレはこの日も運営本陣で大会の進行をしている。昨年は信秀さんたちと一緒に見物していたんだけどね。今年は正式に責任者になったことでこっちに来ることにした。


 まあ信秀さんが好きにしていいと言ってくれたので、こっちに来たんだが。


 ちょうど小腹が空いた頃、チェリーとすずが差し入れを持ってきてくれた。ふたりとも今日は警備兵と共に会場の巡回警備をしていたはず。君たちは屋台のあるところを重点的に警備してきたんだね?


 でも警備兵を指揮するセレスが特に問題視しないところをみると、そっちが担当なんだろう。実際一番問題が起きるところが屋台とかあるところだからね。


「どう? 会場の様子は?」


「問題ないのです」


「悪酔いする人は取っ捕まえているでござる」


 細々としたトラブルはあるにはあるが、三回目ともなるとみんな慣れてきたんだろうね。騒ぐ酔っ払いはいるが、刀を抜くような人はかなり少ない気がする。


 これに関しては、初年度の土岐家の家臣が幼子に刀を向けた一件が大きいだろう。未だに笑い話としてネタにされているくらいだ。


「えるー? あれなに?」


「ああして玉を入れる競技ですよ」


 それと運営本陣には今年はエルもいる。今はお市ちゃんと一緒に見物中だ。今は領民の玉入れの競技中でそれを見てるね。


 女衆に関しては今年も昨年と同様に男女一緒の見物となっていて、みんな家族で見物しているんだ。招待客の中にも奥さん連れの人がいて、あっちも結構楽しんでいるみたい。


 まあ吉良家がいる辺りだけは微妙らしいが。迷惑だよなぁ。


 運営本陣も今年は結構和気あいあいとしている。お市ちゃんとか孤児院の子供たちの一部も伝令とか雑用を手伝ってくれているからね。


 みんながそれぞれにやるべきことを理解してくれたことで、オレの仕事は格段に楽になっている。


「いや、凄い賑わいでございますな」


「湊屋殿。どうです?」


「それはもう。大盛況でございますな」


 チェリーたちが持ってきてくれた差し入れを食べていたら、湊屋さんがやってきた。実は今年の武芸大会では商いも新しい試みを少し試している。


「それはよかった」


「現金掛け値なし。以前から評判はようございましたからな」


 新しい試みとは大会期間中の現金掛け値なしでの販売だ。これはウチだけではなく、津島・熱田・蟹江・清洲に加えて、臨時に露店で店を出している大湊の商人たちも趣旨に賛同した人たちがいて、彼らと一緒にやっているんだ。


 現金払いで安くなる。まあこの時代でも市で少量の食材を買う時や、屋台なんかはツケではなく現金払いなんだけどね。それをあらゆる商品に拡大した。


 ちょうどこの武芸大会の期間は、今年も織田領全体で関所が開放されているということも相まって、現金払いに限り安くなると宣伝して大盛況らしい。


「考え方次第なんだよね。銭の回収がない分だけ楽だし、代金をその場で貰えれば商人も助かるからね。安いように見えても、商品の本来の利益は出ているし」


「この期間は他国からの旅人も多いのでちょうどいいのでございましょうな」


 元の世界の感覚ではそんなに驚くことではないが、この時代だと画期的な売り方になる。そもそも安くなるなんてことこの時代では考えられないしね。


 代金未回収のリスクもなく、即現金が手に入る。しかもこの人出だ。売り上げは相当なものになるだろう。


 これで武芸大会の経済効果は相当なものになるはずだ。




◆◆

湊屋さん。久遠家家臣。商い担当。元大湊の会合衆。

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