第533話・三年目の武芸大会と松平宗家

Side:松平広忠


「なんという賑わいだ」


 清洲郊外にもうけられた、武芸大会が行われておる場所に到着したが、呆けたような家臣たちの顔が松平宗家の現状を物語っておる。誰かがポツリと口にした通り、驚くほどの賑わいだ。


 三河とて祭りはある。だがこれほど人が集まることなど見たこともない。


 此度こたび、織田の招待に応じた理由は今川にある。かの時よりはや一年になるというのに、今川からは未だに如何様いかようにも言うてこんのだ。


 こちらからは幾度も文を送りて意向なり差配なりを仰いだが、返事は回を重ね行く度に遅くなった。前回の文に至っては、二月ほどたつが返事が来ておらぬ始末だ。


 わしでもわかる。今川は西三河を切り捨てたのだ。


 半蔵に探らせたが、東三河には今川の文が届いておる様子。西三河と東三河の間には山がある。今川は尾張から平地が続く西三河を守れぬと判断したのであろう。


 にも拘らず曖昧な態度に終始して、あくまでもこちらが裏切ったという形にしたいのだろうと思うと怒りすら湧く。わしや西三河の者たちが、如何程いかほどに今川に尽くしたと思うておるのだ?


 とはいえ怒ったところで、如何いかがしようもない。左様な時に、図りた如く織田から武芸大会の招待とやらで、斯波・織田連署れんしょの文を携えた使者が来たので、それに乗ることにした。


 美濃・伊勢・三河と近隣の者は多く集まるという。意地を張ったところで今川からの援軍など来ぬのだ。


 まあ家中では親今川だった者や今川家の者と血縁を持った者は、未だに今川を信じて今日も来ておらぬ者もおるが。


「ふん! このような不届きなことにうつつを抜かすなど、武士としてあるまじき行為。質素倹約に励み武芸を磨いてこそ武士というものなのだ。これでは見世物ではないか!?」


「大きな声で騒ぐな。己はわしの顔に泥を塗る気か?」


 供として来た者もすべてが織田に理解を示しておるわけではない。中にはこれでやっと松平宗家は己の力でって立つ事ができると考えておる浅慮者もおるのだ。


 特に己の武に自信がある者はその傾向が強い。花火とやらもある。織田は見世物に莫大な銭を使う愚か者だと常に言うておるからな。


 間違うてはおらぬ。まして武勇に優れておる故に家中でも反論する声は表向き聞こえぬ。とはいえ……。


「しかし、民は喜んでおりますな。昨年の戦でも織田領では、兵として志願する者があとを絶たなかったとか。己が武はともかく、領民を治めるということで言えば、まったく無意味とは思えませぬ」


 皆が同じ意見でないことは本当に良かったと思う。冷静に織田を見極めようとしておる者も家臣におったか。


「ふん、雑兵がいくら増えようとも敵ではないわ!」


「無論、戦になれば貴殿ならばそうでしょう。されど戦の前に領民は織田に逃げ出しておるのですぞ?」


「わしの領地では逃がしておらん!!」


 しかし……、招かれてやってきた隣国で、何故こやつらはこれほど勝手なことを口走るのだ?


 如何いかにしても織田を認めたくない者もおるし、気持ちは分からんでもない。とはいえ織田はすでに松平宗家など眼中にないのだからな。


 確かに驕り騒ぐ者の領地から逃亡する者はおらんようだ。然れど、あの者の領地は地の利が良い。それと民の娘を人質と称して集めておると聞くからな。すこぶる民の評判は悪い。


「いい加減にせぬと、この場で首を刎ねるぞ」


 連れてくるのではなかったな。世の流れを見せれば、多少なりと変わるかと期待したわしが愚かだった。


 戦だと? 左様なことしてみろ。己ひとりのために、如何程の者が死すると思うておるのだ。我らが敵わなかった一向衆が、如何様にもできずに滅んだことをもう忘れたか。


 まったく、気が重いな。斯様な事なら、先に於大と竹千代の屋敷に寄って、そのまま気鬱きうつやまいかかれば良かったわ。




Side:久遠一馬


 武芸大会は第三回となり、前回までの参加者の実績を考慮して、ルールの変更が行われた。


 個人種目である剣・槍・無手・弓・馬・投擲・鉄砲などは、前年度優勝者をトーナメントのシードのようにして予選免除することが決まった。


 これには参加希望者が増えたことや、早い段階で当たると不運により勝ち残れない、決勝トーナメントの晴れ舞台に相応ふさわしい者が勿体もったいないという意見が少なからずあったためだ。


 みんな必死だ。これを機会に認められたいという思いが強い。事実、前回までに優秀な成績を挙げた人たちは、昨年の戦でも活躍していたんだよね。


 それと長距離走は新たに競技場内のトラックを走る競技が追加された。競技場の外を走る姿を楽しみにしている領民もいるが、見えないところを走られてもよくわからないという意見も多かったためだ。


 領民参加種目である短距離走や長距離走なんかは事前に予選もしている。あと、今年からは石投げと槍投げも一般競技に加わった。石や槍は公平を期すために工業村で製作した砲丸と投げ槍にしたけど。


 短距離走・長距離走・マラソン・障害走・玉入れ・綱引き・水練・石投げ・槍投げの九種目が大まかに分けた種目になる。ちなみにリレーや駅伝的な競技はまだ無い。チームの弱点になった者が責められる可能性があるからオレが止めた。


「みんな時間にルーズだなぁ」


 基本的には前年までの課題は改善しているが、人の意識まではそう変わらない。特に時計のないこの時代では時間厳守という価値観がわからない人がいるらしい。それにこよみすら寺社に高額寄進しないと手に入らないとなると、日にちを守ることすら、実は放棄してないか?と思うくらいだからね。


 特に一般参加者はちょっと露店に行くとか言い、なかなか戻ってこない人もいる。残念だけど遅れた人は不戦敗だ。


「殿、書画のほうは盛況でございますな」


 競技も始まり、しばらくすると資清さんが報告に来た。資清さんには芸術と工芸品の展示のほうを頼んである。


「そうか、よかった。お坊さんたちは上手くやってる?」


「はっ、それはもちろん。喜んで説明しておりますぞ」


 書画とか和歌は文字の読めない人には難しいとの意見があったので、今年からはお坊さんたちに解説役をお願いしている。絵画にも難解な意図や描写が込められた物が見受けられるので、結局そちらも引き受けてもらった。


 まあ織田家に協力しているお坊さんに限定しているけど。とはいえこれは祭りなんだから、なるべくみんなが参加して役割を与えるほうがいいからね。


 それと昨年もやった工芸品の展示会も行なっている。あれも評判いいんだよね。


 去年、成績優秀だった人は、一気に仕事が増えて有名な職人となった。名前が売れるとオーダーメイドの依頼がくるからね。この時代だとくちコミだよりが普通で、潜在的な顧客の発掘なんてするわけないし。


 工業村からは先日試作した販売用の馬車などを出品した。


 芸術と工芸品の展示会は今年も津島と熱田で行われている。


 いや、本当は全部清洲にまとめてもよかったんだけどね。運動公園は広げたし、大規模な多目的ホールも完成している。


 ただ昨年お願いした津島神社と熱田神社が、今年も展示会をやることを楽しみにしていたんだ。


 実際、人の流れができて参拝者が多かったらしい。寄進とか銭もあったんだろうが、多くの人が参拝してくれることが、なにより励みになると言われると今年もお願いせざるを得なかった。


 彼らは蟹江に会場が移るのではと心配していたんだよね。蟹江はまだそこまでやるだけの施設がないんだけど。


 まあ寺社も宿泊所として宿坊を提供したりと、みんなで協力している。少なくとも尾張では、織田家に協力的であれば、つま弾きにされている勢力はいない。武芸大会が今後も続くためには必要なことなんだよね。


「くーん!」


「わふわふ!」


 当然ロボとブランカも今年も参加していて運営本陣にいる。二匹とも賑やかな場所がすきなんだよね。


 幼い頃からみんなが構っていたからだろう。




◆◆

松平広忠。竹千代君の父親。史実の徳川家康の父。

三河岡崎城城主

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