第532話・三年目の武芸大会

Side:とある伊賀者


 武田の戦はわかりやすいな。昨年は三河で織田の戦を見知ったが、向こうは何を致すかわからぬところがあった。


 とは言っても砥石城は東西を崖に囲まれており、城に通じる道は狭き崖沿いの道しかなく攻めにくき城だ。織田のように金色砲を撃ち込むことでもせねば、誰もが苦戦しよう。


「どうだ?」


 森に身を潜めて武田の様子を探っておると、仲間が飯を持ってきた。


「駄目だな。あれでは落ちん」


 武田晴信は苛烈な男だ。同盟は破るし、攻めた領地では徹底して何もかも奪っていく。砥石城には数年前に奪われた志賀城の残党もおるらしい。砥石城の士気が落ちぬのはそれもあろう。


 領民も武田には従うておらん。武田が付近を荒らして、皆、逃げてしまったからな。


 武田の軍が五千から七千といったところか。砥石城は多くても数百程度。数では勝負にならんはずだが、被害は武田が大きい様子。


「ほう、今川が喜びそうだな」


 今川の太原雪斎がしきりに甲斐と信濃を調べさせておるのは、知りおくことだ。他ならぬ我らも調べるように命じられたのだからな。どうも今川は三河から甲斐に敵を切り替えたいらしい。


「今川はあとでいい。まずは、尾張に知らせにいけ。あちらのほうが銭がいい」


 武田は勝てん。仮に砥石城を落としたところで、一旦引き上げだな。とても村上を相手に戦えるせいではない。


 今川がまことに甲斐を攻めるのかは知らぬが、ここまで被害が出れば信濃は当分現状のままだ。村上も戦には弱くはないが、信濃から武田を追い出す力もないからな。


「尾張と言えば噂の久遠か。だが、今川より先に知らせてさわりないか?」


「上忍も黙認されておる。どれだけの銭が久遠から渡っておるのやら」


 大勢はけっした。あとはいち早く、この様子を銭に変えるだけだ。当然雇い主である今川にも知らせるが、今川は銭の払いが渋いからな。


 先に久遠に知らせれば驚くほど銭がもらえる。無論、嘘や騙りで銭を貰えば、あとで刺客を送られるとも聞くが。


 畿内はまた違うが、尾張より東ではことごとくのことが久遠に筒抜けであろう。あそこは我らを人として扱ってくれる。


 疲れたであろうと、もうべの前に、一杯の茶と飯を出してくれるのだ。よほどの偏屈でなければ心を動かされる。


 伊賀の里でも織田との争いは禁じられた。里を抜けて織田に逃げる者がおるが、織田領に入れば不問となる。嘘のような話だが、久遠の抱える甲賀者が守りにくるのだ。


 我らには今川がどうなろうが、武田がどうなろうが関係ない。我らを人として扱ってくれる久遠が敗れるとなれば別だがな。


 今川など生まれや身分が違うと我らを蔑んでおるのだ。自慢の生まれや身分に守ってもらえばいいであろう。


 我らは我らが生きるために動くのみ。




Side:久遠一馬


 第三回武芸大会が始まった。今年は去年よりも更に賑やかになっている。


 美濃や三河から多くの見物人が訪れているし、伊勢からも結構な人が来ている。大湊の商人には、船で見物人を運んでくる商売をしている人がいるんだ。


 美濃からは道三さんと義龍さんの親子も来ているし、伊勢からは北畠具教さんも来ている。北条からも重臣が数人ほど交易船に乗ってきた。あとは願証寺からも高僧を含めた人たちが来ているから、招待客も多いんだよね。


 そして、今回は新顔もいる。松平広忠さん。竹千代君の親父さんであり、今まで今川方だったはずの彼が招待に応じてきている。


 尾張に来るのはオレの結婚式以来だ。形式的に招待状を出したのだが、驚くことに来るという返事がきた。まあ、今川はすでに西三河の防衛を放棄しているしね。当然の帰結なんだろうが。


「三河から多いね。吉良家も来たんだ」


 招待状は結構ばら撒いた。あっちに送ってウチにはないのかと、怒る人いるんだよね。味方でもないのに。おかげで西三河からはかなりの武士が武芸大会の見物にやってきた。


「西三河を勢力圏に治める織田家とその主である斯波家に、吉良家の存在を示しておきたいのでしょう。そのうえで織田の考えを確かめたいのかと思います。あわよくば斯波家を使って、織田と今川との開戦を狙っているのでしょう」


 足利一門である吉良家から来るなんてね。義統さんがめんどくさそうな顔をするのが目に浮かぶようだ。


 目的はエルが言うように存在を示すことか。自領地の広さや軍事力はともかく公式の場では足利一門だとそれなりに扱われるだろうからなぁ。


 織田家内部にもいるんだよね。三河攻めを主張する人。最近は毎年のように戦をしているが、織田家の場合は兵糧などを織田家で出していたので、負担が少なかったことが影響している。


 焦りもあるんだろう。文官が重用される一方で戦自慢な人はそこまで仕事がない。戦が無い以上、戦働きしかできない人は活躍の場がない。要領がいい人は警備兵に参加して功績を積んでいるけど。


 意外な人だと小豆坂の戦いの七本槍と言われる佐々兄弟、史実で有名な佐々成政さんの兄である佐々政次さんと佐々孫介さんなんかは、昨年の本證寺との戦でジュリアやすず、チェリーと親しくなったようで、現在は蟹江の警備兵に参加している。


 正式に所属したわけではないんだけど、用兵も上手いようだし指示にもちゃんと従うので小隊を任せているみたい。


 どうも戦以外で武功を稼ぐのに最適だと気付いたらしい。まあ領地もある人たちだから不定期での仕事になっているが、ああいう古参が進んで参加してくれると助かるんだよね。


「今頃尾張の発展した町の様子に、目を丸くしているかもね」


 信秀さんとか信長さんは招待客と共に武芸大会を観戦するが、オレは武芸大会の運営の責任者となったので大会運営本陣にいる。去年はVIP席にいたんだけどね。やっぱりオレは働いているほうがいいからと頼むと信秀さんは許してくれた。


 どのみち武芸大会の運営はウチが主導していたしね。今年からは名実ともに責任者になった。


 ちなみに審判の責任者には信光さんがなった。あの人も招待客の相手より働きたかったらしい。


 北畠具教さんが前に一緒に酒を飲んだ時に言っていたが、尾張の賑わいと町の発展には本当に驚いたそうだ。伊勢は大湊とか宇治山田などの発展した自治都市がある。それでも驚いたと言うんだ。長年の戦で荒廃している三河から来た吉良家とかはもっと驚くだろう。


「今回の武芸大会で西三河の情勢は更に織田に傾くでしょう。武士として馴染なじんで行けば、武芸大会はやはり花形の行事ですからね。影響は計り知れませんよ」


 武芸大会は元々、武闘派のガス抜き目的だったんだけどね。それが斯波家と織田家の勢威せいいを諸国に知らしめる行事となっている。


 この武芸大会のおかげで塚原卜伝さんと出会い、北畠具教さんと親交がもてるようになった。そのうえ、美濃衆なんかはこれがきっかけで臣従を決断したという人もいる。


 エルはクスっと笑うと武芸大会の意義について語るが、同じことをしようと思えばどれだけ費用と時間がかかるんだろう。


 運動公園の建設費とかかかったけど、今年からは大湊の会合衆も商業スポンサーとして費用を出しているので、大会自体の収支は悪くないだろう。


 例によって大会期間中には費用を出した商人の宣伝活動が行われる。大湊がお金を出して大会が運営されていますよと宣伝するのだ。彼らからすると織田との友好関係を宣伝する絶好の機会なんだろう。


 ああ、メルティは今年も武芸大会クジの運営に回っている。あれも河川改修の貴重な財源だからね。


 評判はいい。『オレたちの銭が堤防を造ったんだ』と言えることが、領民としては嬉しいらしい。うん、公営ギャンブルに注ぎ込んだ者の、定番の負け惜しみだね。


 今年は戦になりそうもないし、最後まで盛り上げていきたいね。



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