第530話・武芸大会の準備
Side:とある土豪
「それは……、まことでございますか?」
秋も深まり米の不作に悩んでおった頃、わしは那古野城に呼ばれた。
織田弾正忠家の嫡男である三郎様の筆頭家老、平手様に呼ばれたのだ。用件は来年から三郎様の領地では税の取り立てについて変えるということだった。
とうとう来たかというのが、わしの本音だ。
少し前には関所を設けることを禁じられた。その前には税を取り立てる割合も決められたのだ。まだまだ何かやるぞというのは分かっておったことだった。
ただし今回のご下命はいささか予想できなかった。わしの差配しておる領地を召し上げる代わりに銭の俸禄で召し抱えるというもの。
条件はそう悪くはない。今ある借財はすべて織田家が肩代わりするうえに、軍役に兵を集めて出す必要もなくなる。家長には禄と養っておる一族の頭数分の家禄が
今ある領地は土地や武具などを調べて妥当な値で買い上げてくれるそうで、屋敷も
ただ、別宅の維持費は出してくれないようだが……。
新しい屋敷も用意してくださるというし、わしが禄を負担すれば、下働きの者たちもそのまま召し抱えてもよいと言われた。
禄は領地の統治や軍役に使っておった分が目減りするが、今後は頂いた禄は全て己が裁量で使えるのだ。それに領地の買い上げの一時金があれば当分は遊んで暮らせる。
そもそも今の織田家は領民には賦役で銭が渡るが、それを取り上げることを禁じられたためにわしに入るわけではない。
領民が飢えなくなり暮らしが豊かになるのはいいが、体裁を整えるための銭すら事欠く我が家の暮らしは苦しいのだ。従うしかあるまい。謀叛を起こしても誰もついてこぬのだからな。
「すまぬの。そのほうに落ち度はない。だがこのままではいつまでたっても戦や諍いが絶えぬままだ。織田は左様な国を変えたいのだ。そのために力を貸してくれ。
「承知いたしました」
不満が無いと言えば嘘になる。だが仕方ないとの思いもある。大和守家の元家臣たちが散々好き勝手しておったのだ。あれを見て呆れておったが、織田家はそれを見て見ぬふりはしないということだ。
わしの倅は学校に行って学問と武芸を教わっておるし、病の母は病院で薬を貰って楽になった。それに昨年生まれた娘はあまり元気な赤子ではなかったが病院で助けられたのだ。
その銭すらほとんど払えずとも、嫌な顔ひとつせぬ病院を営むのは織田家だ。逆らえん。
従って家を残していくしかあるまい。
Side:久遠一馬
秋も深まり早植えの稲の収穫が始まっていたが、やはり不作だった。凶作とまでは言えない程度なのが救いだが。
エルの試算では飢えるほどではないようで、備蓄米の調整でなんとかなる範囲らしい。もっとも収入が減るのは確かなので、領民も国人や土豪も大変なことには変わらないだろう。
ただ、価格調整は難しい。コメの値が上がらないと百姓や国人・土豪の収入が減るし、値が上がった状態のままでは、銭でコメを買っている者の負担が増えるだけだ。
それに来年以降の備蓄米のこともあるので、豊作の地域から米を多少でも買い入れする必要がありそうだ。大湊にでも頼むか。
尾張で言えば蕎麦や麦の消費も増えている。これは麺類やガレットのようなものなど、八屋から料理が広がったのが理由だろう。
とはいえ尾張は元から米がよく採れるので、主食の中心が米であることに変わりはない。収量と生産効率は農業改革が進むと米のほうが良くなる。なので稲作に不向きな地域以外では、米以外を増やすことまではしてない。
それと武田はやはり信濃の砥石城で苦戦しているらしい。かなりえげつない戦いになっているとか。砥石崩れは史実と変わらず起きる可能性が高い。あとはそれが現状に、特に今川にどう影響するかというところだろう。
清洲では現在武芸大会の準備が進んでいる。織田領各地や伊勢や美濃からも人がくるので、受け入れ態勢には準備が必要なんだ。まあ花火大会もあったし、みんな慣れてきたので特段の混乱は起きていない。
「ここも本当に立派になったね」
今日、オレは清洲運動公園に来ている。武芸大会も第三回を迎えることになり、本戦出場を狙う人が今も訓練しているのが見える。予選を勝ち抜くのも回を追う毎に厳しくなっているからね。
陸上競技場に関しても多少広げられていて、草が生い茂っている。ちなみにここの草は織田家の馬たちに定期的に食べさせている。除草剤なんて使えないし、草刈りも楽じゃないからね。
ほかには馬の訓練を行う馬場に加えて、競馬場のような楕円形の馬専用の競技場もある。それ以外にも野外と屋内の弓道場・野外射撃場・屋内武道場などがあり、最大収容人数二千人の多目的ホールも完成している。
多目的ホールに関しては清洲の公民館としての使用も考えていて、領民にも開放予定だ。
運動公園自体は広く敷地を取っていて、それでもまだ大半は桜の木を主体とした
「日ノ本広しと言えども、これほどの公園を作れる武家はおりますまい」
ここの管理だけで結構な人を雇っている。一応公園の周囲に堀と塀はあるが、清洲郊外なので獣や賊が入り込んだり、流民が来ることもある。警備兵も相応に配置しているし、維持管理の人員もきちんといる。
今日のお供として連れ立っているのは望月さんだ。彼が使った『公園』という言葉は、ウチが仮称として使っていたものが織田家に定着したものになる。そもそも公園という概念すらこの時代にはない。
ただ完成してみれば、これも織田家の力を内外に見せるのに役立っている。他国の人間はこれがなんなのかと考え、このような施設に莫大な銭を掛けられる織田家に恐れおののくというのが現状らしいね。
望月さんと言えば甲賀の望月家との関係だが、花火大会への招待のおかげで良好になったようだ。
どうも尾張望月家を本家として甲賀を分家とすることになるようだ。むろん信濃が望月一族の惣領なのは変わらないが、甲賀と尾張の望月家の立場は逆転した。
生活の質が違うからね。意地を張っていた望月さんの弟もいない。裕福な尾張望月家に見限られたくはないというのが甲賀望月家の本音らしい。
現在の甲賀望月家は、ほとんどがもともと望月家家臣だった者たちの子弟や親戚だからな。そんなもんだろう。
気になるのは甲賀における望月家の立場だけど、一部の六角家家臣からはよく思われていない。いわゆる甲賀の惣という自治から逸脱し始めているからね。
まあ六角定頼が健在なうちは問題ないだろう。彼は甲賀の惣よりも織田家との関係を重視している。ただ将来的には不安が残ることも確かだ。いずれはウチで受け入れてやるべきかもしれない。
そして惣領と言える信濃の望月家だが、こちらは疎遠気味だ。それでもこちらの情報が知りたいようで文は送ってくるが、本来なら勝ち負けを考えること自体がおかしいのだが、
武田の御屋形様は凄いとか、武田家に仕えてよかったとか、どうでもいいような内容みたいだけど。
季節の挨拶程度の贈り物をしても、返礼品に困るようなのであまり送ってない。せっかく送っても望月家惣領を狙うのかと疑われるだけだし。
「そういえば、絵画とか書画のほうはどう?」
「今年は昨年よりも盛況です。美濃や三河からも集まっていますので。それと夏にいらしていた公家衆の皆様も是非展示してほしいと残していかれましたので」
文官向けにと始めた絵画・書画・和歌の展示も人気あるんだよな。エルも言うように夏に来た山科さんとか公家衆が、尾張ではそんなことをやっているのかと驚き、是非自分の作品も展示してほしいと残していった。
自分たちで和歌を詠んで披露したり書画を来客に見せたりはするが、領民も含めた人々に広く展示するということはしていないからね。
いわゆる名声を得ることができるような展示会は、目から鱗が落ちるような感覚だったのかもしれない。
あと今年からは展示会への女性の参加も決まった。手始めに土田御前とか帰蝶さんの和歌を展示する。元々、女性の参加が禁止されていたわけではないんだけど、展示会など対外行事への参加となると男性の仕事、というのがこの時代の暗黙の了解のような感じで存在するんだ。
この改革は信秀さんの考えからだ。もともとメルティの絵が展示されたこともあるし、家中の女性たちにも広く書画や絵画や和歌を求めたんだ。
土田御前に関してはすでに信秀さんの公務の手伝いもしているからね。こういう機会に文官として仕える女性の人材を発掘したいのだろう。
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