第522話・秋とイモ

 Side:久遠一馬


 季節は秋に差し掛かっている。実りの秋だ。


 残念ながら今年は梅雨の長雨と夏の冷夏で米の収量が落ちそうな状況だ。その対応に動いている。これからの季節には野分、元の世界でいう台風がくる。台風次第では更に収量が落ちる。


 米の備蓄は問題ない。それに麦や大豆も備蓄はしている。あくまでも主食の米が優先だが。


 清洲と那古野の開発に際して、那古野には備蓄のための蔵を今も増やしている。地形的に台地となっている那古野のほうが水害の可能性が少なく適しているからね。


 三河で栽培した綿花は収穫が始まっている。状況としてはまだはっきりしないが、収穫できただけでも悪くはないだろう。収量や品質は来年以降の課題だろうが。


 それと三河の本證寺跡地にて戦から一年となるこの冬には、慰霊祭を行うことにして調整している。せっかくだから慰霊碑を建てようと進言して現在製作している。


 本證寺の暴走を後世にきっちりと伝えないと。いつの間にか織田家の謀略や残虐行為にすり替わる可能性がある。


 本證寺の跡地は戦が終わったあとに願証寺が供養のために入ったが、あとは野ざらしのままだ。三河では賦役が行われているが、昨年の水害の後始末と矢作川の治水が先だからまだ手つかずになる。


 ただ、水害でダメになった田畑は来年には作付けが再開出来そうなんだ。三河の領民の表情は明るいらしい。


 旧本證寺領に関しては、領地整理をしたおかげで本證寺跡周辺にまとまった土地が空いた。ここでも新しい統治を試す予定だ。本證寺は消滅したし、本證寺の蜂起に反対した者たちも止められなかった責任を多少は取ることになったので抵抗する人はいない。


 織田家直轄領として土豪や地侍の既得権は完全に廃止する。やる気のある者は三河安祥城で召し抱えればいいし、ない者は知らない。


 願証寺や本證寺の生き残りの一部は寺社の再建に希望を持っていたようだが、織田としては完全にそれを否定して再開発の計画を進めている。


「おいしそう!」


「熱いですよ。気を付けて召し上がってください」


 この日はお休みだ。例によってウチに遊びに来たお市ちゃんたち姉妹と一緒に、薩摩芋改め小豆芋を使った、おやつの大学芋を食べるところだ。


 今年の初収穫のものだ。本当は少し寝かせたほうが美味しいんだけどね。待ちきれないから食べることにした。


「これはおいしゅうございますな!」


 お市ちゃんたちより嬉しそうなのは湊屋さんだ。今日はほかに佐治さんもいる。彼らは別件で報告にきたようだ。


「あまくておいしい!!」


 お市ちゃんは口いっぱいに頬張っている。大学芋には煎茶が合うんだよね。今日は温かい紅茶だ。そろそろ煎茶を出してもいいかもね。


「へえ。職人がね」


「はっ、見切りをつけた者が出ておりますな。尾張に行けば暮らしが楽になると評判のようで」


 満面の笑みで大学芋を食べる湊屋さんの報告は堺からの流入者の扱いだった。堺にも行く大湊の商人と畿内で情報収集を頼んでいる伊賀者なんかに、世間話程度に尾張では職人の待遇がいいとか諸国から職人を集めていると噂を流してもらっているんだ。


 これはずっと前からやっていた工作なんだけどね。偽の金色酒や手形、南蛮船の一件などで堺の会合衆の評判がますます悪くなったせいで職人がぼちぼち来るようになった。


 向こうは数が多いからね。儲かっている人もいればそうでない人もいる。町に愛着がある人や儲かっている人は来ないだろうが、古い町だし既得権とか慣例なんかで大変なんだろう。堺に嫌気がさしてくる人も少なくない。


 堺と言えば南蛮人だが、彼らはすでに処刑された。山科さんとか松永さんはそれを確認してから帰ったが、堺には斯波家として処刑が済んだあとに抗議の使者を送った。


 なにやら言い訳はしたらしいが、聞く耳を持たずに使者は帰ってきたらしい。というか堺はそれどころではないという感じでもあるらしいが。


 どうも三好長慶が堺へ兵を進めるとの噂が流れているらしく、職人が逃げ出している原因のひとつでもある。会合衆もさすがに困っているのか、織田家に対する態度とはまるで違って全面降伏に近い態度で頭を下げている。


 やはり秩序無き乱世ゆえに、武の力は絶大だね。近隣には当然三好以外の勢力もあるが、とはいえ近隣で大きな勢力の石山本願寺は堺商人のやり口に懐疑的だからなぁ。三好が動いても止めないだろう。


 堺の会合衆としては矢銭で解決できると考えているらしいが。さてどうなるのやら。


 山科さんと松永さんにはお土産をいろいろ持たせた。紅茶用の白磁の茶器とか茶葉とかいろいろ。三好長慶へのお土産もある。こうして外交儀礼的な意思を示していれば長慶と敵対することも当面はないだろう。


 明の密貿易商人はどうなるんだろうね。堺や西国にはほかにも密貿易船が来るから帰るだけなら可能だと松永さんが言っていたけど。とはいえ堺に今後も明から船が来るかはわからない。


 畿内のあのあたりにはほかにも湊町はある。堺は南蛮人を優先して明の商人を見捨てた。そう噂になれば、明の商人のみならず西国の商人も避けるかもしれない。三好の支配下にある摂津の国、尼崎あまがさき大物だいもつの湊は大喜びするかも。


 当然、ウチでも堺の噂は諸国に流すように命じたからね。


 あとはちょうどいいので南蛮人に対する紙芝居とかわら版もばら撒いた。自分たちの信じる神以外は認めないことや堺や蟹江で乱暴狼藉を繰り返したこと、それと隙あらば日ノ本を属国にしようとしていることなど隠すことなく書いた。


 九州あたりにも噂とかわら版が流れるようにしたし、史実のように真実もわからず南蛮人の宗教を信じる者が出ないようにしないと。


 この手の工作は根気強く何度もやる必要がある。


「例の南蛮船は随分違いますな」


 佐治さんの用件は蟹江にある本物の南蛮船、キャラック船のことだった。どうも視察したらしく、ウチの船との違いを大工さんたちに聞いて驚いたらしい。


 水密構造もないし、恐ろしく汚かったからね。船自体も結構古いものだった。造船担当のアンドロイドである鏡花いわく、船大工の学習教材とか佐治水軍の練習船が精々らしい。


 水密構造の追加など改修もできなくないし、船大工の勉強のためにやるが、お金をかけるだけの価値がある船かは微妙だとまで言われた。


「ちょうどいいので技術習得のために使いましょう。清洲の殿の許可はいただいていますので」


 そういえば佐治水軍では船をほとんど黒く塗ったんだよね。腐食防止のために勧めたんだが、おかげで今では織田の船は黒いと言われるようになった。


 あと佐治さんには海賊行為をしている人たちのリストアップも頼んでいる。水軍も整理しないと駄目だからさ。


 まあ、これも生活の実態を調べて食うに困らない対策は必要だろう。佐治さんのところは米があまり採れずに以前は苦労していたが、今ではウチの作物の生産場所として潤っている。


 この小豆芋も佐治さんのところで収穫されたものだ。一部は生産者と佐治さんの家中が食べられるように残すが、あとは全量をウチが買い上げる。佐治さんのところはそれで米や味噌に醤油なんかも買っている。


 今年なんかは、ほかの織田家直轄の濃尾平野にある領地と変わらないくらいに領民が豊かになった。噂はすぐに広がる。ある意味ウチの改革のモデルケースとしてみんな見ていて、農業改革を来年はウチもという声が結構聞かれる。


 あと同じ知多半島の水野さんのところも、来年からは少しテコ入れが必要だろう。どうせ知多半島は陸の孤島だ。場所を選び監視もするが。作物の作付を増やしていかないと。


 ふと気づくとお市ちゃんの年の離れた姉が、大学芋を食べながら佐治さんを見ていた。


 そういえば彼女と佐治さんの縁談が持ち上がっているんだよね。史実の誰かわからないが、信秀さんはもう傘下外の他家に娘を出すつもりがないようで佐治さんが選定された。


 ウチと織田家を除けば、今では裕福なほうだし、改革にも積極的だ。将来性は確かだし血縁での繋がりも欲しいのが本音なんだろう。織田家の水軍はウチと佐治水軍しかない。しかも、ウチは大型船、佐治水軍は中型船・小型船が担当であり、補完関係にある。佐治水軍がいなくなると海上戦力に大きな穴が開く可能性があるからね。


 彼女たちも幸せになってほしい。お市ちゃんはどこに嫁ぐんだろうか。浅井家だけは反対してあげよう。あそこは駄目だ。




◆◆

佐治さん。佐治為景。佐治水軍の人。知多半島大野城城主。久遠家与力。


湊屋さん。元大湊の商人で会合衆だった人。久遠家家臣。商い担当。


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