第516話・南蛮人捕縛と鹵獲品

Side:久遠一馬


 暴れる南蛮人を捕らえたのはいいんだけど……物凄く臭い。獣より臭くない? とまあそんなことはいいとして、南蛮人のキャラック船が逃げ出そうとしたので港にあった船で追うことにした。


 ただ津島からウチの船がタイミングよく現れると、明確に賊敵となった二隻のキャラック船が慌てているのが見える。


 当然、南蛮人が来たとの知らせに、尾張の皆さんも此処ここは、ウチの船の動向がキーであり、海上に於ける最大戦力となるからと期待されていたからね。というか花火大会を理由に蟹江にウチの船を残さなかったのは、エルの策なんだけどね。


 ウチのガレオン船は五百トンクラス以上だが、この時代の船はまだそこまで大きくない船が一般的だ。そんな大きな船があれば警戒して大人しくなるかもしれないしね。


 でもまあ、上陸する前に大砲を撃つとはちょっと予想外だった。


「右舷より回り込んでください。くれぐれも大砲の射程範囲に入らないように」


「はっ!!」


 港にあったのは佐治水軍の久遠船だ。信長さんとセレスは上陸した南蛮人の後始末に残ったが、オレとエルとジュリアたちは久遠船に乗り込んで敵船に接近する。


 船長に頼んで指示はオレが出している。一緒に久遠諸島に行った船乗りたちだったので話が早くていい。


 ウチの船とその他の味方の船とは手旗信号にて連携している。佐治水軍との訓練をした際に教えたらしい。複数の船での連携は難しいからね。


 こっちはすでにジュリアたちと太田さんが、船から弓で敵船の船乗りを射っている。先に手を出したのは向こうだしね。大義名分はある。


「ジュリア、偉そうな人はなるべく生かしてよ」


「わかってるって」


 というか皆さんの弓の精度にびっくり。甲板やマストの船乗りを次々と狙っていて、敵船は早くも動きがおかしくなっている。この時代の帆船だからね。甲板上の人が満足に動けなくなると帆を調整できなくなって自由に動けなくなる。


「そろそろ敵砲の射程範囲です」


「右回頭!面舵一杯!!」


 もう逃げられないだろう。しかしこちらの船が敵船の大砲の射程範囲に入りそうになったようでエルに指摘された。この船は普通の船だからね。この時代の粗製砲とは言え、大砲が当たったらシャレにならないんだ。


 佐治水軍の船乗りのみんなはオレの指示に的確にこたえて、操船してくれている。上手くなったな。最初は慣れない操船に四苦八苦していたのに。


「敵船から南蛮人が次々と海に飛び込んでいます!」


「逃がさないように、あまさず捕らえるか討ち取るように全船に伝えてください!」


 ウチのガレオン船に風上を押さえられてしまったことで、敵船から海に飛び込んで逃げようとする者が現れた。物見の報告に、オレは、波を切り、風をタックして走る久遠船の上で、叫びながら指示を出す。


 逃がすと面倒なことになるから全員捕らえないと。絶対、碌でもないことしかしないだろう。


 味方の船は津島や蟹江から続々と出てきている。海に飛び込んだ連中は周囲の味方の船に任せて、オレたちは敵船に乗り込もう。


 乗り込む瞬間は危なそうなんで警戒しながら、縄をかけて縄梯子で乗り込むと、すでに敵船の甲板はもぬけの殻だった。


「逃げ出すのが早かったね」


「賊ですからね。そんなものですよ」


 あまりに逃げ出すのが早いことに少し拍子抜けしたが、エルいわく当然らしい。確かに水夫は兵士ではないからね。陸が近いから泳いで逃げようと思ったんだろう。


 そのままジュリアたちは敵船を制圧するべく船楼せんろうと船倉へと突入していったが、戦える者はいないだろうな。もう一隻の敵船には津島から来たキャラベル船が接舷していて、なんとリンメイと信光さんがいて制圧していた。


 ウチの船を呼んだのは確かだけど、なんで信光さんが乗っていて制圧するのに参加してるの?




「捕らえた南蛮人は五十二人でした。討ち取ったのは十人です」


 南蛮人の捕縛とキャラック船二隻の鹵獲は終わった。海に飛び込んだ連中の捕縛に時間がかかったが、こちらにはオーバーテクノロジーをつかえるエルたちがいるからね。ウチのガレオン船でこっそりと索敵して全員捕らえたらしい。


 蟹江の代官屋敷に入って事後の対処をするが、蟹江に対する最初の襲撃が南蛮人だというのは皮肉にも思える。


 捕らえた南蛮人の衛生状態は悪く、一度水浴びをさせてもダメで、武器で脅しながら何度か体を洗わせたが、その際にも暴れた連中がいて討ち取った者もいるとのことだ。しかし、検疫所の風呂場をこんなことに利用するとは思わなかったな。本当は、検疫を兼ねた福利厚生用だったんだけど。


「奴らの船には奴隷がたくさんいたよ。こっちは素直でいいんだが、衛生状態もよくないし栄養状態も悪いね」


 セレスから捕らえた南蛮人について報告があったあとに、ジュリアからはキャラック船の積み荷について報告があったが、中には交易品と銀以外に堺で仕入れた奴隷がすし詰め状態にされていたらしい。


 ジュリアが不快そうな顔をしている。


「あれが本物の蛮族だな。臭くて敵わん。船の外観は似ておっても中は別物ではないか」


 信長さんは拿捕した南蛮人のキャラック船を検分したらしいが、なによりも船楼と船倉の不潔さに驚いていた。水密構造もないしね。居住性を考えたウチの船と一緒にするのは間違いなんだけど。


 キャラック船は佐治水軍にでもあげようか。臭い船なんてウチのアンドロイドたちが猛反対するに決まってるから要らないし、徹底的に清掃消毒の後で、船大工の善三さんたちに見せて修理と研究をしてもらって、運用は佐治さんに任せようか。水密構造とかの改造は必要かな?




Side:織田信秀


「そうか、捕らえたか」


 久遠家以外の南蛮人が来たというので、いかがなるのかと思ったが、相手が賊ではこんなものか。蟹江から南蛮人を捕らえたので、検疫が済み次第こちらに連行すると報告があった。


「さて、いかがするかだな。わしが裁かねばなるまいな」


「左様でございますな。正当な理由もなく砲を撃ったのです。死罪で妥当でございましょう」


 この件は守護様の協力が必要だ。そのため共に報告を受けておるが、守護様も事態の由々しさ、忖度の余地なき事はご理解されておられる様子だ。もともと罪人を裁くのは守護の権限だったものだ。公家衆も多く滞在しておる。守護様が裁かねば守護様の顔を潰すことになる。


 ただまあ、そこは心配しておらん。ここで愚かな裁きをするお方ではない。ただの賊として罰するだけでよいのだ。


「堺にも一応知らせてやらねばならぬか」


「いえ、抗議するほうがよろしいかと。罪人をあえて逃がしたとの証言がありまする。それと連中は久遠家の女を狙ってきた様子。甘い顔はできませぬ」


「それは由々しき事態だの。わしのほうで抗議の文を出すか」


 問題は連中の狙いが久遠家とエルたちであったことだ。


 猶子とした我が子の家を守ってやるという確固たる決意を示す必要がある。そうでなくば一馬はいいかもしれんが、久遠家のほかの者は納得するまい。


 連中は堺の罪人でもあるが、罪人をあえて逃がして尾張に来るようにけしかけたと受け取ってもおかしくない証言もあるのだ。三好家の松永弾正も恐らくは逃がしたのだろうと言うておったことだしな。


 もしかすると三好家はこれを機会に堺を支配下に置くかもしれんが、それはそれで悪くはあるまい。


「しかし、世の中とは難しきことよの。日ノ本の中を治めても、次は外との乱世が待っておるのか?」


 終わってみればたいしたことはなかったが、守護様はこの世の終りなき争いに少しウンザリした様子だな。気持ちはわかる。


「日ノ本は海に囲まれております。『外海に行ける船を増やして海で守るべき』と一馬も申しております。此処ここ御心中ごしんちゅうに留め置かれるがよろしいかと」


 一馬は日ノ本での戦にはいとわしげだが、日ノ本の外の領地の獲得には熱心だ。それが久遠家の生きる道なのは理解するが、南蛮や明を警戒しておるのは確かだ。


 日ノ本の外には日ノ本より遥かに広い土地がある。そこをいち早く得ることが必要なのは確かか。周囲を南蛮人に囲まれてからでは遅い。


 結果として織田の力を見せるいい機会となったが、諸国がそれに過剰に警戒せぬとも限らん。美濃を取り込む段取りを急がねばならんな。




◆◆

守護様。斯波義統。尾張国守護。


松永殿・松永弾正。松永久秀。ボンバーマン。


太田さん。太田牛一。史実で信長公記を書いた人。久遠家家臣

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