第515話・傍若無人な南蛮人
Side:久遠一馬
「そこの者。なにゆえこちらを攻撃した?」
前に出た信長さんは南蛮人を睨むように見つつ、ちらりと通訳の人を見て問いかけた。あくまでも視線は南蛮人で、完全に臨戦態勢といった様子だ。
「それは間違いよ。誤射。この辺りも水軍が多いから警戒して支度をしていたら誤射しただけよ」
南蛮人は当然こちらの言葉を理解しないようで、馬鹿にしたりエルたちとやりたいと騒いでいる。ただ信長さんと周りの警備兵たちは一触即発の様子で、言葉を理解する通訳の人は冷や汗をたらたらと流している。
もしかして、通訳の人は連中の仲間じゃないのか?
「もう一度だけ聞く。素直に言わねばお前も同罪になるぞ」
「……この人たちは堺でも同じことをしていい思いをしたよ。それを狙ってわざと撃たせていた。一度撃てばこの国の人は大人しくなる。私は悪くないね」
通訳の人のほうが御しやすいと悟ったんだろう。信長さんはギロリと睨むと通訳の人に最後通告をしたら、通訳の人はあっさりと口を割った。
「そうか。堺で船を沈めたのはこやつらか。なにをしに来た?」
「堺を追い出されたのでこっちに来た。彼らの故郷の女がいると噂を堺の商人に教えられて女を求めてきたよ」
「そうか。もういい」
通訳の人は助かりたい一心でペラペラと話している。信長さんはそんな通訳の人の言葉を途中で止めると警備兵のみんなに緊張感が走る。
思えば最初にオレたちが来た時も、大橋さんたち戸惑って苦労したんだろうな。まさかそっちの側になるとは。ジュリアは臨戦態勢だったからな。揉め事にならなくて良かった。
「おい、大人しく投降するように言え」
「無理よ。この人たちはここを世の果てだと言って、私たちを猿だと言い、奴隷として使っている連中よ」
それは冷たく
「そうか。
「はっ!!」
通訳の人の様子とこちらを見下すような南蛮人と、なによりエルたちを下劣な目で見ているのがわかったのだろう。信長さんは決断した。
その瞬間、後方で待機していた鉄砲を持っている警備兵が一斉に銃口を南蛮人に向けると、南蛮人たちは慌てて対抗するようにこちらに鉄砲を向けてきた。
「なんだ? 猿の分際でやる気か? おい、てめえ! なんとかしろ!!」
「無理よ。この人たちあなたたちの言葉わかっているみたい。私、言ったはずよ。女は貴人の奥方か妾の
キャラック船の船長だろう。荒くれ者を絵に描いたような男が通訳の人に怒鳴るが、通訳の人は片言のポルトガル語で反論するとこちらの警備兵のほうへ投降するように逃げてくる。
「かず、なにを言っておる?」
「内輪揉めですよ。通訳になんとかしろと怒鳴って、通訳が逃げてきただけです」
「そうか、捕らえろ!!」
信長さんの下知で警備兵の鉄砲が火を噴く。先手はこちらだ。元々上陸したのは二十人ほどしかいない。鉄砲を持っているのは十人ほどだ。
対してこちらは鉄砲を装備している者を五十人は集めた。多勢に無勢だ。鉄砲隊は当然ながら味方が射線に入らない位置取りで狙っていたし、敵の鉄砲を持つ者を優先して狙っていた。
「この蛮族の猿がっ!!!」
キャラック船の南蛮人船長は少し湾曲した
「どっちが蛮族だい! あんたたちのほうが蛮族だよ!!」
「てめえ! なんで猿どもの味方をする!!」
そこに斬り込んだのは警備兵ではなく、ジュリアと石舟斎さんが率いていた武闘派の若い武士たちだった。いや、ジュリアって姉御肌で面倒見がいいから、最近は武闘派の若い武士に慕われているんだよね。
多分、弟子の人たちだろう。
「あんたたちみたいな罪人崩れに味方すると思ったのかい? おめでたいね」
「くそ!!」
ただそんなジュリアが前に出ると、キャラック船の南蛮人船長が驚いてジュリアを怒鳴りつけた。もしかしてジュリアたちが自分たちを歓迎してくれると本気で思っていたのか? なかなかおめでたい性格してるね。
ジュリアが鼻で笑って馬鹿にしたような返事をすると、斬りかかってくるが勝てるはずもない。殺さないようにとジュリアは、薙刀の
「逃がしてはなりません!!」
一方、逃げ出した南蛮人たちもいるが、そっちはセレス率いる警備兵が効率的に捕らえている。セレス自身は刺又で逃げ足の速い南蛮人を捕らえていた。
人数差もあるのだろう。一部、初撃の鉄砲の当たり処が悪かったり、過剰に暴れた者を斬り捨てた以外はほぼ無傷で捕らえることに成功する。
あとは……。
Side:南蛮船の南蛮人。
「大変だ! やつら抵抗しやがった!」
「
猿どもめ! やりやがったな。だが礼儀も知らねえ蛮族だ。あり得る話だったはずだ。
だが、俺にとっては都合がいい。これでこの船はオレのもんだ。
「かしらはどうするんだ!」
「馬鹿野郎! 死にてえのか! 早く動かせ! ここは内海だぞ! 連中の船が出てくる前に動かせ!」
あんなくそ野郎な船長でもそれなりに人望がある。だからオレは何年も我慢して忠実な部下のふりをしていたんだ。この機会を逃す気はない。
蛮族相手ならば大砲を撃ちさえすれば問題ないとおだてたら、あっさりと信じた馬鹿な船長だったぜ。
「ふっ、船だ。黒い船だ……」
「あん? あのまがい物ならまだ動いてねえぞ!」
「違う……。あっち……。あっちだ!」
錨をあげて帆をはり、さあ動くぞというところで見張りの奴が怯えたような声で騒いでやがる。あんなまがい物なんか敵じゃねえ!
「……でけー」
だがそれはまったく別の方向から来た船だった。
黒い船体に白い帆を張った見たこともないほど大きなガレオン船が二隻現れた。黒いガレオン船がいるって噂が本当だったとは……。
港のまがい物はなんなんだよ!!
「総帆開け! 大砲も急げ!!」
「ダメだ! あっちの船のほうが速えぇ!!」
黒い船は死神だなんて、誰かが酒を飲みながら笑い話とも繰り言の愚痴とも解らねえ事を、どっかの港で
焦っては駄目だ。ここは連中の海だ。向こうが有利なのは明らかなんだ。冷静に冷静に……。
「撃ってきた!!」
ちっ! 大砲まで持ってやがるのか! イスパニアの連中が売りやがったな!!
「あわてるな! この距離なら当たらねえ!」
初手は相手に取られた! だが、まだ距離がある。風次第では逃げられる!!
「大変だ! 船が!!」
「うるせえな! わかってる!!」
「違う! ほかにも船が!!」
黒いガレオン船に気を取られている隙に港の船も出てきやがった。それだけじゃねえ。黒いガレオン船の後ろからは、キャラベル船とまがい物の船がやってくるじゃねえか!
「降伏しよう!!」
「馬鹿野郎! こんな蛮族の地で降伏なんかしても殺されるだけだ!」
黒いガレオン船は風上を維持してこちらを抑え込むように動いてやがる。地の利も腕も向こうが上かよ!
まずい。囲まれる。逃げられない! 海に飛び込んで逃げるか!?
「ぐぁぁ!!」
「見張りが!!」
弓だ。黒いガレオン船じゃねえ。港から出てきたまがい物の船から弓が射られてマストの上の見張りに当てやがった。
馬鹿な。この距離で当たるのか?
いったいどうなってやがる。ここは沖にも出られねえ未開の蛮族の島だろう?
鉄砲二丁を馬鹿みたいな値で買った島だろう?
どうなってやがるんだ!!!
◆◆
石舟斎さん。史実の柳生石舟斎。久遠家家臣となった人。
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