第513話・岩竜丸君との問答と花火

Side:久遠一馬


 太陽が西の空に傾いている。


 川遊びも終わって、みんなで夕食作りだ。ご飯を炊き、魚を焼いて豚汁を作る。メニューはオーソドックスなものにした。


 ぱちぱちと火が燃えるのを見ているとなんか落ち着くね。大人は手を出し過ぎない。これが今回のキャンプのルールだ。


 ウチの家臣とか孤児院の子たちは慣れているけどね。重臣の子たちは兎も角、中堅ちゅうけん小身しょうしんとかも意外に慣れていないらしい。お市ちゃんなんかは歳の割に慣れているね。ウチに遊びに来ることが多いからか。


 食後はたき火を囲んで花火が始まるのを待つ。特に予定にはなかったが、子供たちに頼まれて船旅の話や遠い異国の話をする。


 日ノ本の外には異なる価値観の国がたくさんある。それを知るだけでも子供たちの大きな財産になるだろう。


 岩竜丸君は大人しい子だ。威張り散らすこともない。それが登校拒否に繋がったんだろうね。不満をため込むタイプなんだろうか。


 彼が登校拒否をしたことで元守役は役職を解かれてしまい、近習の子供たちも総入れ替えとなった。


 彼らはその後に不満を口にしていたようで、元守役は出家したらしい。嫡男の守役をしたんだ。それなりの家柄だったんだろうが、時代についていけなかったのか。それとも当て付けで、出家すると言えば引き止められてかえけると思ったのか……。


 元近習は義統さんのもとで行儀見習いとして側に置くらしい。オレが直接聞いたわけではないが、子供たちに責任を負わせるのは忍びないと言ったんだとか。


 今の義統さんの下にいるのはごく一部の側近のみになる。それもすでに大半が信秀さんに臣従させた者たちだ。子供たちのことは気にしていたから、その件はよかったと思う。


「岩竜丸様。どうぞ、これを焼くんですよ」


 食後のデザートは棒パンだ。自分たちで捏ねた生地を棒に巻いて焚き火で焼いて食べる。これがまた楽しいんだ。


「……そなたは、なにを考えておるのだ?」


 岩竜丸君に棒パンを渡すと、岩竜丸君はオレの近くに座りパンを焼き始めるが、じっとこちらを見たかと思うと初めてオレに声を掛けてきた。


 あまり関わりがなかっただけに、挨拶以上は話したことなかったんだよね。


「なにをと言われますと?」


 周囲の子供たちが少し静かになる。身分があるだけに周りの子供たちも気を使っているんだよね。ただ岩竜丸君の近習とか重臣の子たちなんかは、オレと岩竜丸君の関係がよくないと勘違いしている子もいる。


「織田を乗っ取る気か?」


 まだ数えで十一歳だ。大人びた考えはできるがまだまだ子供なんだろう。岩竜丸君の言葉に周囲が凍り付いたように固まった。


「フハハハ!」


「ふふふ……」


 ただ、その言葉に笑ったのは信光さんだ。不謹慎だが、オレも岩竜丸君の言葉に笑ってしまった。


 よく知らない人ほど、オレが織田家を乗っ取るんじゃないかと考えるんだよね。この時代では下剋上が珍しくないとはいえ、そう頻繁にあることでもないんだけど。


「なにがおかしい!」


「いえ、そんな面倒なこと頼まれてもごめんなので。孫三郎様もそれをご存知なので笑ったのでしょう」


「面倒だと?」


 オレと信光さんが笑ったことで岩竜丸君は不快そうな顔をした。さすがにちょっとまずいので訂正してフォローする。


 しかしオレの言葉を岩竜丸君は理解できないらしい。というかアーシャ。君の教育だね? 疑問があれば直接ぶつければいいとでも言ったんだろう。満足そうな笑みを浮かべているよ。


「何故、乗っ取るとお考えなので? 私は今でも十分好きなことをして生きておりますよ。必要なものは買えますし、銭も稼いでおります」


「立身出世をしたかろう。そのために織田の猶子となったのではないのか?」


「猶子の件は私と久遠家を守るために、殿からお声を掛けていただいたのですよ。立身出世もいいんですけどね。城から出られない身分などほしくありません」


 信行君なんかもじっとこちらを見ている。ウチの家臣の子たちとか孤児院の子たちは、オレが和やかな空気で話してる様子を見ておしゃべりを再開したけどね。


 理解が追い付かないんだろう。ちょっと考えこむようにしている。でもそれでいいんだよね。固定観念を外して考えるのは重要だ。


「世の中とは矛盾だらけなのですよ。岩竜丸様。日ノ本は京の都の朝廷に天子様を戴く国。されど尊氏公の出世以降は公方様が天下を治めておられます。そして今、その公方様ですら京の都から追われています。不思議ですよね。でもそれが世の中なのですよ」


 ちょうど棒パンが焼けたので食べながらちょっと現実の話をする。誰も岩竜丸君にこんな話はしなかったんだろうな。ポカーンとしている。


「仮にですな。岩竜丸様が守護職を今継いでおると致しましょう。朝廷と公方様から異なる勅や命が来たらいかがなさる? しかも双方から、かたや公方様に逆らえ、方や朝廷に逆らえ、そしてただ死んでこいとでも言うような、無茶なことだったとすれば?」


 ちょっと話が飛躍し過ぎたかなと思ったら、信光さんが苦笑いしてわかりやすく補足してくれた。


 信行君とか重臣の子たちもその言葉に考え込んでいる。この時代でも下剋上を喜ぶような風潮はない。とはいえこの混乱の原因は上の人たちなんだよね。


 どこまで遡って考えるべきかわからない。すべてが足利家の責任ではない。源氏や平氏、もっと言えば公家や朝廷の責任だってなくはない。


 身分を重んじるのはいい。だけどより上の身分の人からの命令は従わないのに、下の者には従えというのは矛盾しているんだよね。


「誰もが飢えずに安心して暮らせる世がきてほしい。そう思ったので私は織田家に仕えているのですよ」


 岩竜丸君は焼きたての棒パンを食べながら、また無言になってしまった。気のすむまで考えてほしい。みんなひとりひとりの人が考えることで、未来が開けるんだから。


 思えば史実の斯波義銀も苦労したようだしね。史実では彼は尾張から追放されてしまうが、この世界ではどうなるかわからない。それこそ岩竜丸君の今後次第だろう。


「あっ、花火だ!!」


 いつの間にか辺りは暗くなっていた。


 夜空を彩る花火が打ちあがると、子供たちも岩竜丸君もその花火に見入る。


 闇夜を照らす花火の光と大気を震わせる音に子供たちは嬉しそうな笑顔でずっと空を見上げていた。


 ただロボとブランカはなんの音だと不思議そうにしている。ウチの屋敷にいる以上、発砲音はっぽうおん硝煙しょうえんの臭いに慣れているし怖がる様子ではないが、花火の美しさよりはみんなでこうして一緒にいることが楽しいのだろう。


「一馬がおらなくなれば、この花火も見られんのですぞ」


 いつのまにかジュリアやメルティとお酒を飲んでいる信光さんが、笑いながら言った一言を岩竜丸君はじっと聞いていた。


 花火は確かにこの時代でウチ以外だと難しいだろうね。


「綺麗ですね……」


 隣に座るエルは花火を見ながらそう呟くと、そっとオレの手を握ってきた。


 花火に照らされる君のほうが綺麗だと言ったらどんな顔をするだろうか。


 信長さんたちも楽しんでいるかな? 駿河や越前の公家や願証寺に、美濃の斎藤家からも花火見物にきている。


 史実では争った人たちだ。こうして定期的に交流をしていけば、史実よりはいい未来になるだろう。


 夏も半ばを過ぎる。そろそろ秋の準備も必要だ。




◆◆

岩竜丸君。守護斯波義統の息子。史実の斯波義銀。登校拒否をした子。


孫三郎。織田信光。自由人。ちょい悪親父みたいな人。


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