第512話・子供たちの夏

Side:久遠一馬


 今日は学校の生徒と孤児院の幼子たちを連れて津島郊外の川原に来ている。ウチの家臣や忍び衆の子供はみんな学校に行っているし、領民や孤児院の子供たちにも、読み書きと初歩の計数計算は必ず身に付ける様にと通わせているから、かなりの割合でウチの関係者だけど。


「それじゃあ、皆さん。各自決められた支度をしてくださいね~」


 学校を任せているアーシャが、事前に参加者のみんなに決めた役割毎に準備をするように指示を出した。


 実は今日は花火大会見物と一泊のキャンプを予定しているんだ。


 花火の噂は年々広がっている。そのおかげで見物客が日ノ本各地から来るのは嬉しいことだが、他国に人が行くこと自体珍しいこの時代では津島に人を受け入れるキャパシティは正直さほど多くない。


 花火が夜にやるということもある。花火を見た後に遠方まで移動するのが難しく、子供たちはキャンプで一泊することにしたんだ。


 ゲルに関してもウチの家臣が教えながらみんなで建てていて、信行君や斯波義統さんの息子である岩竜丸君も参加している。もちろん大人は危険がない限りは手や口を出さないように皆さんにお願いしている。


 身分がある子供には護衛やお付きの人がいるからね。当然、家臣にやらせようとする子供もいるんだ。


 まあ不特定多数の見物客が付近に来ていることだし、護衛は結構いる。彼らの苦労なんかも学んでほしい。特に岩竜丸君とかは、自分の環境が当たり前ではないことを理解してほしい。


 子供たちは楽しげにゲルを建てていた。野営用の天幕と教えているが、こういう普段と違う環境が楽しいのはいつの時代も同じだ。


 いくつかの班にわけて作業をさせているが、班分けはくじ引きだ。子供たち同士では基本的に身分に合わせた呼び方をしているが、それ以上の特別待遇はない。


 岩竜丸君は不安だったけど、最近は意外に馴染んできたらしい。


 これは岩竜丸君の守役となった牧長義さんが言っていたが、どうも父親である義統さんを傀儡だと思っていたのと同じように、周りのみんなが守護家を軽んじていると不満もあったらしい。


 周りの側近や前の守役がそんなことを吹き込んでいたみたいだね。まあそれも嘘ではないが、この戦乱の時代ではさすがに家柄だけですべてが決まるわけではない。今の斯波家の境遇は義統さんの先代が今川に負けて大恥をかかされたのが原因なんだけどね。


「みんな、お昼ですよ~」


 ゲルを建てると結構な時間となっていた。自分たちで建てたことに喜ぶ子供たちにお昼のご飯をあげる。


 アーシャもすっかり先生が板についてきたな。


「かじゅまー、えるー。こっち、こっち」


 ああ、今日はお市ちゃんも来ている。学校には通ってないが、ほかの子供たちと一緒にゲルを建てるのを手伝っていたみたい。


 オレもお昼にしようかと思ったら、そんなお市ちゃんに呼ばれた。一緒に食べようということらしい。


 お昼はエルが侍女やらお手伝いとして来ている女衆と一緒に作った。時代的に毒殺とか警戒しないといけない。それに季節的に食中毒でも毒殺と疑われたら大変なことになるからね。


「美味しいですね」


「うん。おいしい」


 メニューはそんな斬新なものはないが、那古野から歩いてきて働いたからか、みんなお腹が空いていたんだろう。嬉しそうに食べている。


 最近、お市ちゃんも言葉のイントネーションがだいぶ成長した。乳母さんに言葉遣いとか教わっているらしいね。もう少ししたらこの時代らしい子供になるんだろうか?


 エルと並んでニコニコと美味しいと食べるお市ちゃんにホッとする。やはり子供の笑顔はいいものだ。




 昼食後は川遊びになる。


「わーい」


「わん!」


「わん! わん!」


 お市ちゃんは水着に着替えると、パメラとすずとチェリーにロボとブランカなんかと川に走っていった。今日は子供たちだけはおそろいの水着だ。女子はワンピースタイプで男子は元の世界の海パンに近いものを用意した。


 あまり貧富で差が出ないようにしたかったんだよね。元の世界では、学校の制服は貧富の格差に関係なく同じ服を着ることが目的の一つだったからね。ただ、大人は別だ。エルたちとかは自前の水着だし、お付きの侍女さんとかには貸してあげた水着に着替えている人も結構いる。


「風が気持ちいいですね」


 エルたちは新しい水着にしたらしいね。男子諸君の視線が集まっている。出るところは出て引っ込むところは引っ込むスタイルは目立つらしいね。


 物珍しさもあるし、女性に興味が出始める年頃でもあるんだろう。


 エルの髪が風に揺れるのを見ながら、オレは河原で子供たちが遊ぶ声を聴いていた。綺麗だなと改めて思う。見惚れたといえば言い過ぎだろうか。


 ああ、庶民とか身分の低い子供は適応力が高いね。みんなすぐに川で遊び始めた。ただ学校には信行君を筆頭にした織田一族と重臣の子供たちも結構いる。彼らは岩竜丸君を気にしているみたい。


 肝心の岩竜丸君は今のところは河原に座っている。そのせいで動けない人がいるようだ。


「岩竜丸様。暇なら稽古をつけてあげましょうか?」


 どうするべきかと悩んでいたら、先に動いたのはジュリアだった。


 岩竜丸君はそれに頷くと川原で竹刀を構えて、ジュリアと対峙するんだけど。防具もなくて危なくない?


「あれ、大丈夫なのか?」


「問題ありませんよ。岩竜丸様はジュリアのようなタイプが一番うまくお相手をできます」


 そういえば岩竜丸君。女の分際でとか言わないね。もしかして岩竜丸君もアーシャとひと悶着あったのか? それとも気を使っているのか?


 時々忘れそうになるけど、オレたちは織田家の人間だからね。義統さんですら気を使ってくれる。信秀さんに差し入れするついでに義統さんにも差し入れするんだが、お礼の文とかくれる。もちろん形式は信秀さんからの上納だけど、出処がウチなのはバレバレだしね。


 怪我でもしないかと不安になるが、エルは岩竜丸君にはジュリアが最適だと考えているらしい。


 うん。真剣に稽古をつけ始めたね。悩み多き年頃だ。運動が一番のストレス発散になるんだろう。


「おっ、やっておるな」


 オレとエルは子供たちを見ながらのんびりとしていたが、そこに現れたのは信光さんだった。今日は奥さんも連れてきているよ。


 信長さんは嫡男として、信秀さんや義統さんと一緒に公家衆とか招待客の相手をすることになっていて来られないんだけどね。この人は相変わらず自由人らしい。


「孫三郎様」


「川で遊ぶのもいいな。川を見ておると明日が楽しみに思える」


 そういえば今年は、ウチ以外でも川遊びや海水浴をする人がいたんだよね。というか信秀さんが兄弟の家族を連れて海水浴に来ていたらしい。オレたちが久遠諸島に行っていた時だったけどね。


 家族で川遊びや海水浴で遊ぶという習慣が尾張に伝わったらしい。留守番していたメルティやセレスたちも参加したらしいが、女性陣にも好評で水着に着替えて泳いでいたというから驚きだ。


 城とか屋敷からなかなか出られない人たちだからね。お出かけが楽しみなんだそうだ。


「上手くやっておるようだな」


 ふと気づくと信光さんは岩竜丸君を見ていた。信光さんも気にしていたんだろうね。心配してきてくれたのかな?


「家柄や過去にとらわれず、ご自身の生き方を見つけていただければいいのですが」


 しかし、信光さんの奥さん、若いね。しかも結構美人。褒めようかと思ったが、地雷な気がしたので自重した。


 夕方までたくさん遊んで、みんなで夕食を作って、花火をゆっくり見よう。


 楽しい思い出としてみんなの記憶の片隅にでも残ればいいな。そうすれば岩竜丸君も史実とは違った人生を送れる気がする。




◆◆

アーシャ。学校を担当しているアンドロイド。インド系美人。


岩竜丸君。守護斯波義統の息子。史実の斯波義銀。登校拒否をした子。


牧長義。岩竜丸君の従兄。守役。信秀さんの妹がお嫁さんにいる人。


孫三郎。織田信光。自由人。


ゲル。モンゴルの伝統的な住居。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る