第508話・激務の清洲城

Side:久遠一馬


 清洲城は明日の花火に関連する対応で忙しい。昨日からはウチも清洲城にて手伝っているくらいだ。


 すでに宿はどこも一杯で、各地の寺社にも旅人の宿泊客の受け入れをお願いしたりと忙しい。


「博多?」


「はっ、噂を聞きつけてこちらにきたというところでございましょうか」


 織田家では各地からの旅人の素性の洗い出しもしている。寺社や宿屋などに寄ることで世間話をした内容から報告が上がってくるんだ。よくもまあ数年でここまでの諜報網を敷けたね。


 望月さんがせわしくもすきの無さそうな顔で報告してくれたのは、博多の商人の来訪だった。さほど大きな店を構える商人ではないらしい。敵情?市場?まずは視察というところか。実際、今までも博多の人が来たことは何度か報告があったけどね。


「現状だと放置かな。向こうから接触があれば別だけど」


 会っても面白いんだけど、とにかく忙しい。越前と駿河からは今年も公家がやってきているし、更に今年はとうとう京の都からも公家がやってきた。


 山科言継やましなときつぐさん。政秀さんと親交があり過去に尾張に来たこともある人物だ。官位の打診に来たらしい。花火に合わせて来たのは確信犯だろうけどね。


「それよりこれどう思う?」


「松永弾正殿でございますか」


 博多とは特に関係も悪くないし、親交をもってもいいんだけどね。優先順位は今のところ高くはない。


 それよりも気になるのはさっき上がってきた松永さんの報告だ。


「これは銀次の報告でございますな。あの男はこういうことに鼻が利く」


 少し特徴のある字の報告書は銀次という領民が書いたものだ。望月さんは少し微妙な表情をした。


 もともとは甲賀から来た流れ者なんだ。でもウチで使っている人じゃない。いつの間にか織田領津島の領民として、台帳に載っていて、最近では津島で案内役なんて自称して、遠来えんらいの金持ちや武士の案内をしては駄賃を貰って、ウチにその内容を報告して更に報酬をもらっている要領のいい男だ。


 エルも気になったのか調べたらしいが、特にどこかのスパイでもなくただ単に要領がいいだけらしいけど。


「少々気になる御仁でございますな」


 尾張の暮らしの話などに松永さんは興味がありそうにしていたんだそうだ。それと伊賀者が一緒であることも報告してきた。多分護衛と案内役だろうと推測しているが。


 ジュリアが気になったようで昼飯を兼ねて慶次と偶然を装って見に行ったらしいが、ジュリアが腹黒親父、慶次が癖者くせものじゃないかと言っていた。




「お呼びでしょうか?」


 忙しい時にみんな来るねと思っていたら、松永さんと面会している信秀さんに呼ばれた。ああ、松永さんはやっぱり悪人顔だった。人を見た目で判断しては駄目だけど。


「南蛮について知りたいそうだ」


 挨拶を済ませると信秀さんからは単刀直入に用件を伝えられた。とはいえそれだけだとなにを言っていいのか迷うな。


「松永殿。もう少しまとしぼっておっしゃっていただけますか? ただ南蛮人が知りたいと言われましても、それこそこの場では話しきれません」


れば、南蛮人の船について沈めるあるいは捕らえると、南蛮の国はいかがすると思うか伺いたい」


 やはり用件は横暴な南蛮人の処遇か。


「公式な外交の使者を乗せた船ならばともかく、単なる海賊商人の船をいくらか沈めたくらいでは問題はありません。本国は遠いですから。報告するのにいそぎに急いで一年、本国の判断がこちらに伝わるだけで一年。気の長い話になります。そもそも彼らが現地の者といざこざを起こすのは珍しくありません。三好様が南蛮の国と国交を持ちたいというならば話は変わりますが」


「ふむ、なるほど。されど日ノ本の近くに属領があると聞き及ぶが?」


「あります。とはいえ人の数はそう多くないかと思います。ただ、彼らにとってはこちらが世の果てであり、我らが蛮族なんです。怒らせた場合、大砲で堺の湊を撃ち払うことぐらいはするかもしれません。下手におごった連中ですと私たちを猿と同じだと見ているほどです。甘い顔をした結果、日ノ本から南西のマラッカという場所が南蛮人に奪われています。もし私の話をお疑いなら琉球にでも使者を出すのが良いかと思います。琉球も南蛮人を警戒しておりますから」


 本当になんにも知らないんだね。実は南蛮船は白鯨や大王イカのおかげで沈んでいるから、情報が本国に伝わるかすら怪しいけど。当然、ウチでも邪魔はするし。


 松永さんは顔色を変えつつ考え込んでいる。蛮族だと見ていると言うと少し顔を歪めた。当然の反応だけど。いっそ世界地図でも見せてみるか? いや、見せるなら信秀さんが見せるか。オレがすることじゃないな。


「では明のほうはいかが思うかお教え願いたい」


「密貿易船ですよね? 動くかは微妙です。明も大変なんです。かつて鎌倉の時に元という国が大陸を制しておりましたが、近年はその末裔の民族と明が揉めているんです。それに密貿易船の大半である倭寇に関しては、明も下々は益と害を秤に掛けながら、表向きは上位のまつりごとが下しためい海禁かいきんと言う交易の禁止に従う振りをしていると聞きますし、南蛮人とも揉めたことがあると聞き及びます。少なくともそれで日ノ本に明が国として兵を差し向けるおそれは低いです。そんな余力と暇があるなら倭寇の討伐を先んじる状況です」


 いろいろ深刻に考えていたんだね。三好長慶ってそういえば晩年は鬱病かもしれないという疑惑があったね。


 真面目過ぎるのか? 剣豪将軍とかなら気にしない気がするが。


しばときを頂けるなら、書面で今話した内容などを纏めますが」


「それはありがたい。よろしくお願いいたす」


 松永さんとの話はこれで終った。あとは信秀さんにお任せだ。オレも今日は忙しい。




Side:堺の商人


「おい、いい加減まずいぞ!」


「知らん! わしに言うな!」


 朝廷が三好家に我ら堺が目に余ると言っておると知らせが入った。三好様は兵の支度もしておると聞く。


 原因は明の船を沈めたことであろう。密貿易船なのは誰の目にも明らかだが、明の船であるのは確かだし、密貿易船すら来なくなると困るのも確かだ。


 尾張の織田様が南蛮人の知恵と船で大きくなったことから、会合衆もそれを狙っておるらしいが、どうも大湊の話では南蛮船にもいろいろあるらしい。


 我らは南から来る南蛮人が乗っておれば南蛮船と呼んでおるが、伊勢の内海では今堺におるような複雑な帆を張る船を南蛮船と呼ぶらしいのだ。


 あの南蛮人どもめ。知恵を教えるには銭が足りぬなどとほざいて好き勝手にしておる。そもそも本当にあの南蛮人はそんなこと知っておるのか?


 無論、会合衆も愚かではないと思いたい。駄目でも船の大砲を貰えればいいと考えておるようだが、南蛮人はのらりくらりと躱しながら好き勝手しておる。


「おれはもう耐えるは沢山たくさんだ。堺を出る」


「行くところがあるのか?」


「ああ、福原に親戚がおる」


「そうか、達者でな」


 またひとり商人仲間が去るか。堺の商人は横柄で偽物ばかり売る。近頃はそうひょうされてどこに行っても肩身が狭い思いをしておるからな。




 そんな重苦しい気に包まれておった堺が騒然としたのは仲間が出ていった次の日だった。湊におった南蛮人の船が、夜が明けたらおらなかったせいだろう。


 どうも会合衆が逃がしたらしい。例の船を沈められた明の商人が三好様の招きで堺を離れた隙を狙ったか。会合衆はあの件を事故ということで船の再建費用で済ませたいらしいからな。


 南蛮人はまた来年来ると言っておったというが怪しいところだ。それに責めを負う者がおらなくなって誰が責めを負うのだ?


 堺には最早かつてのような賑わいも勢いもない。三好様が攻めてきたら今度は近江の公方様にでもすり寄る気か?


 どうなることやら。




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