第507話・久秀、飯を食う。ついでに信秀との対面
Side:松永久秀
愚か者はそのまま兵によって捕らえられていった。兵が駆け付けるのが早い。鍛えられておるらしいな。
「旦那、座れますぜ」
「これはなんだ?」
「食卓とかいうものですぜ。なんでも明や南蛮にあるものだそうで」
飯屋の中は変わっておる。膳ではなく椅子と食卓という台の上で飯を食うらしい。
当然のようにわしの前に座る銀次に家臣が不快そうな表情をする。一々顔に出すでない。愚か者め。
「それでなにが美味いのだ?」
「どれも美味いですぜ。昨日の宿の飯も美味かったでございましょう? あそこと同じ久遠様のご指南を受けた料理に、ここは更に秘伝の料理があるんですよ」
なるほど。確かに昨日の飯は美味かった。そうか、久遠とやらが伝えた技か。しかし、値がまったく違うが?
「あっしは明麺と餃子と炒飯をいただきますかね」
「ではわしも同じものを頼もうかの」
品書きにあるものは十種類だ。簡単な説明はあるが、如何なるものかわからぬものも多い。こやつめ。わざと詳しく説明せぬな。まあいい。同じものを食うてやろう。
「銀次。お前また、人様にたかってやがるな?」
「人聞きの悪いこと言わねえでくれ。こちらの旦那の案内してるだけでっせ」
「それをたかりと言うんだよ。八屋なんてそこいらの童に聞いても知ってるぞ」
近くで飯を食っておる男が呆れたように銀次に声をかけてくる。なるほど。それなりに身分のありそうな者を案内と称してたかっておるわけか。とはいえこの男の話は、たかられるに値する話もある。相手を見極めてやれば怒りは買うまい。
面白い男だ。
呆れたような男には当然の話でも、わしのような者には知らぬ話だということを銀次は知っておるわけか。
「これは素麺か?」
「あっしは素麺なんて食ったことねえですが、違うそうですぜ。尾張じゃ、こいつは明麺と言いやす。久遠様が明からの料理と仰ったからで、久遠様はラーメンと呼ぶんだそうで」
大きな器に入った明麺とやらが出てきた。ラーメンか。本当に面白い話を知っておるな。そうか、飯代の分というわけか。
「旦那、あっしが毒見をしますよ」
「要らん。わかっておることを聞くな」
美味そうではないか。さて食おうかと思ったが、家臣が不安そうな顔をしたことに気付いた銀次がニヤニヤと毒見などと言いだした。
毒に怯える姿でも見たいのか? 城の中より毒の心配はないわ。
「おおっ、美味い」
銀次や周りのものはズルズルと豪快に啜っておる。わしもそれに倣うが、美味いではないか! なんだこれは!?
昨日の醤油か? いや、それだけではない。なんだこの旨味の詰まった汁は???
「こっちは……、飯を焼いたのか?」
「さて、あっしも作り方までは知らねえですから。久遠様の料理は認められた
飯も信じられぬほど美味い。焼いたのだと思うが、なんだこれは? 肉と野菜が入っておるのはわかる。だが、これほどの味はいかがすれば出るのだ?
むむっ。餃子というのは饅頭と少し似ておる。餅を思わせる皮が香ばしく堅めに焼かれておって、中には肉と野菜の具が入っておる。
じわっと染み出す汁がまた美味いではないか。これは美味い。是非殿にも召し上がっていただきたい味だ。
城の中で食べる、毒見の終わった後の冷めた飯など食えたものではないからな。
「これだけのものを何故、この値で食えるのだ?」
「ああ、それは久遠様が食材を仕入れておられるからだとか。久遠様はその場で銭を払う分、お代の銭は掛け値なしで買い上げると聞きますぜ。逆に久遠様が売る時も同じで銭をその場で出せば安いんだそうで」
いかに考えても値が合わぬと思うのだが、銀次が興味深げな話を口にした。なんと代金の精算をその場でする代わりに安くするのか。
クックックッ。大湊が従い、堺が目の敵にするはずだ。恐ろしいことをしておるわ。
「女将、あっしと旦那方にカステラをたのむぜ」
「下郎、勝手に頼むなど!」
「止めよ」
銀次め。わしの顔色が変わったのを見てニヤリと笑みを浮かべると追加で注文をした。とうとう家臣のひとりが怒りだしたが、堪え性のない家臣だ。
堅物ゆえ、わしを裏切らぬので連れてきたが、失敗であったか?
「御家来方も騙されたと思って食ってみなされ。これもここでしか食えねえ菓子ですぜ」
運ばれてきたのは麦湯と見知らぬ菓子だった。銀次は慣れた手つきで頬張ると美味そうに食うておるわ。
菓子か。わしも食えぬことはないが……。
「なんだこれは!?」
思わず声が出てしまったわ。なんだこれは!? こんな甘くて柔らかい菓子があるのか? 尾張では庶民がこのような菓子を食えるのか?
京の都では公家ですら菓子など久しく食えておらんと、茶会でぼやいておったのだぞ。
昨日の宿もそうだったが、味が複雑だ。甘さは水飴か砂糖であろう。だがそれだけでは出ぬ味だ。出汁といい尾張の飯は手が込んでおって京の都より上物ばかりではないか。
「銀次。もうひとつ食うか?」
「さすが旦那。女将、カステラお代わりだ!」
いかん。味わうつもりが夢中で食うてしまった。これでは足りぬ。
尾張は本当に恐ろしいところだ。
Side:織田信秀
松永久秀か。三好長慶の右筆だった男だとか。忍び衆の話では奉行を
津島で泊って八屋で飯を食うてきたとは。物見遊山でもしておるのか? 使いで来て物見遊山とは豪快な男だ。
「して松永殿、何用か?」
まぁ、わざわざ畿内から来たことだし、恐らくは南蛮人のことであろうからな。すぐに会うことにした。
「はっ、以前に書状でお尋ねした件でございます。堺にて南蛮人が明の船を沈めてしまい、朝廷が憂慮しておるとのことで、主から南蛮人について織田様に教えを請うて参れと命じられました」
さっそく用件を問うが、本当に太々しい男だ。わしを前に臆するどころか、逆に笑いおった。用件はやはり南蛮人か。
「天下の三好家が知らぬことを田舎者が知るとは思えんが?」
「お恥ずかしながら当家はさほど南蛮のことは知りませぬ。堺に面相の異なる南蛮人が乗る南蛮船が来るようになったのは、ごく
ふむ、こちらの調べた通りか。安易に教えてよいのか少し気になるが、朝廷の名を出されると無下にもできぬな。
「ふむ、そなたが言う南蛮人とは、本国が日ノ本から船で一年はかかるところにある者たちであろう。とはいえ南蛮にあるマラッカなる国は、すでに連中の国のひとつが占領したと聞く。それゆえ三好殿には用心するように返事を出したのだ。堺の会合衆を傀儡とすることもあり得ると思うてな」
「……一年でございますか。それほどかかるとは」
「それ一つとっても
「お願い致します」
南蛮人の扱いに迷っておるか。一馬でも呼んでやるべきだな。三好家に恩を売っておいて損はあるまい。
公方と細川は諦めておらんようだが、情勢は良くないと聞く。京の都を押さえる三好に目の敵にされては敵わん。
まあ、兵を出せというのは断るがな。天下の三好家なのだ。そのくらい自家でやれ。
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