第506話・久秀、清洲に着く

Side:久遠一馬


「松永弾正か」


「はっ、桑名より海路で津島に入っておりまする」


 戦国のボンバー野郎。松永久秀が尾張に来た。別名ギリワン。某シミュレーションゲームで、義理の数値が最低値だったということからそんな呼ばれ方をしたらしいが。


 史実だと三好長慶とその後継者である三好義継を裏切った形跡がないのにね。まあ、元の世界では時の権力者の意向や時代背景などで歴史上の評価が左右されたという話もあるからな。


 ギリワンと言うなら、個人的には史実で織田信長の孫を推し立てる振りして、織田家をあっさり裏切って天下を奪った史実の秀吉のほうがギリワンだろうと思うけど。一方は戦国時代の三大梟雄きょうゆうのひとりと言われて、一方は天下を獲った人たらしなんて言われる。


 まあ史実の話はこのくらいにして、松永さんの目的はオレとエルたちはわかっている。堺で好き勝手をする南蛮人のことだ。三好長慶は堅実な男らしい。きちんと南蛮の国の事情を知ろうとしている。


 問答無用で捕らえて殺してしまえと言わないのが三好長慶なんだろうな。史実でも足利義輝から刺客を送られたりしても、最後まで義輝を殺そうとまではしなかった。このあたりが逆に三好長慶が完全な天下を獲れなかった原因かね?


「花火見物にでも来たのかな?」


「殿もご冗談がお好きですな。恐らくは堺の一件と南蛮人の扱いでございましょう」


 松永さんの目的をとぼけてみたけど、資清さんは限りある情報からきちんと推測しているね。この人が土豪だったんだから本当にもったいない。


 もっとも資清さんも、オレがとぼけていることは理解しているみたいだけど。


「先日には摂津が三好方になりそうだと知らせが参りましてございます。そろそろ三好も先を考えて織田家を見極めたい頃合いでございましょうな。六角家との対立が深まればカギを握るのは織田家ですので」


 一方望月さんは別の見方をした。三好政権がすでに動いている。足利義輝こと義藤もいるし完全な政権ではないが、京の都を押さえている強みが長慶にはある。


 畿内の諸勢力は相変わらずだが、意外に自由というかしがらみが少なく、畿内の情勢の鍵を握りそうなのが織田家なんだよね。確かに。


 とはいえ織田が動けば朝倉も動くかもしれない。今川だって黙っていないだろう。今川に至っては甲斐攻めを本気で考えている始末だ。三好長慶に手を貸すのはリスクが大きく、その種類も多いな。


「殿には南蛮人のことは報告してある。問題ないよ」


 松永さんがどう出るかによるが、信秀さんにはあの件を含めて南蛮人の情報は報告してある。久遠諸島に行った時に信長さんたちにいろいろ話したし、過去に南蛮人の船を沈めたことがあることも報告した。


 東南アジアとかインド洋にはそれなりに南蛮人がいるが、現時点では脅威になるほどでもない。こちらが進出すれば軋轢が生まれて対立するだろうが。


「殿、公営市場のことでございますが、各地の座と寺社がやはり反対しておりまする」


 松永さんのことはともかく、現在オレたちは評定衆と共に公営市場の一件で調整を進めている。湊屋さんが各地の反応を教えてくれるが、まあ想定の範囲内か。


 この一件は意外に面白い。大湊にも情報を流したら、警戒と納得の双方の意見があるらしい。公営市場の意味を大湊の会合衆ともなれば理解したようで警戒もするが、ウチが織田家の名で商人や商いを管理しようとしているのは理解しているからね。


 反発がないのは大湊に口出しできる問題ではないことと、きちんと真面目に商いをする人にはそこまで損がないことだろう。


 自治独立というのは悪いことじゃないが、今回のようなことがあれば口出しに必要な発言権も元から無いということだ。制度の制定に口を挟めないのは彼らからすると困ったことだろうけどね。




Side:松永久秀


 翌朝、刻限通りにきた銀次の案内で清洲を目指す。


 津島の町外れでは新しい家屋敷が建てられておって、道を広げる賦役をしておる。


「あれが噂の織田の賦役か」


「へい。そうですぜ。あれのおかげでみんな飢えずに飯が食える。明日は花火ですしね。今日は特に張り切っておりますよ」


 驚いたのは賦役をしておる領民の様子だろう。やる気に満ちており、女子供や老人までおる。織田は賦役も銭を払わねばできぬと陰口が叩かれておったが、それなりに理由があるとみるべきか。


 畿内ですら主要な街道が荒れるに任せたところや名の付いた街道を外れると道と思えぬことも珍しくない。それにもかかわらず織田は領内の街道整備に熱心なようだ。


 清洲の町も活気があるな。畿内に負けておらん。


「旦那、腹は空いてますかい? いい店があるんですよ。ここ尾張でしか食えねえ飯を出す店が」


「うむ、それは面白い、案内せい」


「へっへっへ。お任せを」


 清洲の町もずいぶん道がいい。まっすぐで広い道は京の都を思い出すほどだ。とりあえず清洲の城に謁見を求める使者を出して町を見物しようかと思ったが、ここで銀次が相変わらずの下賤な笑みで飯屋を勧めてきた。


 家臣は嫌そうな顔をするが、わしはこのような男のほうが面白いのだ。忠義面で裏切る奴よりよほどいい。


「ほう、随分と混んでおるな?」


 案内された店は随分と混んでおって、人が数人、店の外でならんでおる。聞けば明日の花火を目当てに諸国から人が集まっており、いつもより混んでおるらしいが。


「旦那、ここは久遠様のご家来の店ですぜ。ここでは身分を問わず並ぶのが決まり事になっております。尾張の守護様でさえも『民の暮らしぶりを知るも一興いっきょう』と申されて、並ぶのでございますよ」


「守護というと斯波武衛様か?」


「もちろんでございます」


 斯波武衛様も庶民と一緒に並ぶという銀次の言葉に家臣は胡散臭げな顔をしたが、現に武士も僧侶も領民も同じくならんでおる。


「無礼者! わしを誰だと思っておるのだ!!」


「知らぬな。貴殿が誰であれ、並ばぬ者に飯は出さん。どうしてもというならオレが相手になるが?」


 先に城には使いを出したことだし、わしらも並んで待っておったが、店の中から争う声が聞こえる。


 覗いて見ると旅支度の武士だ。とはいえたいした武士ではあるまい。着ておる物と所作でなんとなくわかるものだ。


 その男と対峙しておる男は何者だ? 派手な着物を着崩しておるが、着物は上物だ。


「あーあ。愚かなことを。慶次の旦那に喧嘩売ってやがる」


「慶次だと? まさか今弁慶か?」


「さすがですね。旦那。そうですぜ。滝川慶次郎様ですよ」


 あれが今弁慶と言われる男か。安房の里見家との戦で、今巴の方と共に里見水軍を総崩れにさせたと畿内でも評判だ。くだらん噂だという者もおったが、あながち嘘ではないらしいな。確かに強いようだ。


「慶次、つまみ出せ。並んでいる人たちの迷惑だよ」


 旅支度の武士は今にも刀を抜きそうなほどだったが、赤茶けた髪をした女が割って入った。まさかあの女は……。


「あっちゃー。今巴のお方様も一緒だ。あの男終わったな」


 銀次めは嬉し楽しが滲み出ておるくせに困ったと言わんばかりの仕草をする。愚かな他人の不幸は楽しいからな。気持ちはよくわかる。


 しかしあれが噂の今巴の方とは。まだ十代の小娘ではないか。しかもあの鬼のような髪の色はなんなのだ? わしが見かけた南蛮人とは違う。まあ女の南蛮人など見たこともないがな。


「この鬼娘が!!」


 愚かな。相手の力量や身分も察することができぬのか。旅支度の武士は刀を抜こうとしたが、抜く前に今弁慶にあっさりと捕らえられてしまったわ。


 いずこにも愚か者はおるな。


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