第504話・公営市場のゆくえ
Side:久遠一馬
夏の予定を考えている今日この頃、一部のアンドロイドから台湾とフィリピンへの入植の許可を求める提言があった。
史実と比較しても歴史の展開とスピードは加速傾向にある。先日入植したウラジオストクもそうだが、そろそろ天下統一後を考える時期に来ているんだよね。資源の確保や人口対策を考えると、どうしても海外領土は必要だ。
まあシベリアの拠点はあっという間に拡大していて、現在ではかなり大掛かりな開拓地になっているけど。
南蛮船建造のために一万人ほどの人間が生きていける町を想定していて、農地もだいぶ整えた。寒冷地として主食になるじゃがいもこと馬鈴薯や、ライ麦、蕎麦、テンサイなどの栽培テストをしている。
今後も海外の活動はやめられないんだろうね。領土の獲得は早い者勝ちだからね。
「殿、やはり幾ばくかの寺社と商人が騒ぎ始めましてございます」
この日は朝の散歩も終わり、ロボとブランカのブラッシングをしていると湊屋さんが報告にやってきた。
公営市場の件だ。現在品物の値段は商人が決めている。そして商人は座という組合を作り、その後ろ盾が寺社になる。この時代の典型的な既得権だ。
「津島神社と熱田神社を抱き込んだからね。そうそうおかしな動きはできないだろうけど……」
反発が多いのは上四郡の寺社や商人が多いな。あっちはあんまり寺社に利が渡ってないのがあるんだろう。津島神社と熱田神社は、商いの拡大でウチや織田家と離れられないだけの関係がある。一蓮托生というべきか。
それとウチの考えを理解しているということも大きい。みんなで発展していこうということだ。飢えたり奪ったりしない世の中にしたい。それに賛同してくれてもいる。願証寺も賛同しているところがちょっと複雑な気分だが…
津島はリンメイが、熱田はシンディがきちんとコミュニケーションを取っているということも大きいが。
ちなみに現金掛け値なしという元の世界では当たり前の制度も、この時代ではあまり商人の評判は良くない。
この時代では商いごとにいちいち銭を払わないのが一般的だ。いわゆるツケにして年末など年に数回にわけてまとめて払うのが一般的な仕組みだ。その分利息なんかを上乗せして売っていたが、ウチはニコニコ現金払いだ。
余計なコストを省くためということもあるし、織田手形をせっかく作ったんだしそれを活用してもいる。というか利息分の上乗せがいい加減で高いんだよ。未回収のリスクが乗ってるのは分かるけどさ。
織田家も現在はウチのアドバイスで現金払いにしていて、その分値下げをさせて上乗せを禁止しているが、それも地味に評判が悪いんだよね。儲からないから。借金などの財政のアドバイスをエルに聞きに来た人たちにもお勧めしているしね。
現金取引は、回収コストがかからないし、リスクもないからいいと思うんだけどなぁ。やっぱり、銭が重くて持ち歩きたくないのかな? 治安も悪いし。
「監視の目を付けておった者どもが動き出しましたな。まあ、現状ではあちこちに働きかけをしておるだけでございますが……」
共に報告を受けているのは資清さんと望月さんとエルの三人だ。望月さんは忍び衆の監視対象がかなり不満を抱えて動いたことに苦笑している。
公営市場では、商人が自由に値を決められないからなぁ。別に商人を悪者にする気はないが、一般的な価格が公正に決められ世間に知られたら、相手をだますような儲け方はできなくなるだろう。
これは将来的に商人に課税するうえで必須の改革なんだよね。公営市場で基準価格が決まれば、売買時の価格が大きく乖離していることがすぐわかるからね。不当に安い値で売ったことにして脱税するなんて認めない。
望月さんも言っているが、現状では問題はない。ロビー活動と言うべきかわからないが、武力やら違法行為で動かないなら問題はない。
評定衆に献金して嘆願をしている寺社や商人もいるが、分国法ではそこまで禁止してないからなぁ。それに、現場の人たちが困っていることを評定衆などに嘆願することは決して悪いことではない。問題は、それが寺社や一部の商人にしかできないことだね。一般庶民向けの目安箱が役に立ってくれれば良いんだけど。
「このまま粛々と進めるべきでしょう。従えないというなら公営市場から排除すれば良いのです」
現状では特に反対派を切り崩す必要はない。エルも強気だ。
織田家の直轄領の米取引だけで、公正な価格を決められる程度の規模はある。一部の寺社が反対したところで公正な価格を決められる状況に持ち込めば、寺社の反対など無意味だ。
信長さんの結婚式に領民に配った菓子や酒を取り上げた件などで、ろくでなしの坊さんは減ったしね。あれ以降、無理難題を撒き散らし、好き勝手をする寺社はだいぶ減った。
ただ公営市場の建築が始まったばっかりなんだよね。建築ラッシュは相変わらずで尾張では木材が品薄で高いんだ。
「エル。材木の取引も公営市場でできないかな?」
「叶うことだと思います。元々尾張は木曽川を通じて美濃や飛騨から木材を仕入れておりますが、美濃はすでに織田の勢力圏と言っても問題はありません。大湊からも仕入れは叶いますので、検討するべきでしょう」
風が吹けば桶屋が儲かるではないが、尾張の材木座が馬鹿みたいに儲けているんだよね。それが領民や経済に還元されればいいが、一部の商人と座だけが儲かるだけであまり意味がない。
そもそもウチが大湊から木材を仕入れているのは、彼らが独占している現状が良くないからでもある。そろそろそっちも手を付けるべきだろう。
「木曽川上流の木材集積所は上四郡のどっかがいいか。ついでに建材としての品定めが出来る処まで木材の加工もさせておけば建築が早まると思うし」
「そうですね。それがいいでしょう」
ついでに植林と木曽川の水運業にも手を付けたいけどな。でもあれもこれもとやれば中途半端になる。
それに美濃の国人衆は斎藤家を筆頭にまだ正式には臣従してない人も多い。酷いところだと領民を駆り出して、禿山にするほど木材を切っているところもあるんだろうな。忍び衆に調べてもらうか。
「へぇ。よくできているね」
「これはそんなに難しくありませんので」
デスクワークが終わると視察になる。今日は工業村だ。
職人のまとめ役である鍛冶職人の清兵衛さんが見せてくれたのは、足踏み式の
てこの原理で踏板を踏むことで臼の中を杵で突く道具だ。精米や餅つきに向いている。平安時代から存在するんだけど、何故か普及していない道具なんだよね。なんでこんな便利なものが普及しないのか理解不能だ。
まぁ、これがあれば川が遠くて水車が利用しづらい場所でも
「これはいいですね」
あとこの日お披露目があったのは、一頭引き用の馬車だった。現在お市ちゃんたちが使っている馬車は箱馬車だが、これは屋根がない。
軽量化と簡素化するために付けなかったんだそうだ。ただ
大きさはこの時代の馬に合わせてはいるが、金属フレームの採用とすべり軸受けの採用で軽量化かつ耐久性もある。難点は軸受けに潤滑油が必要なことだけど、菜種油が潤滑油として使えるから問題はないか。
エルが喜んでいるところを見ると、十分実用性はあるようだし。
荷馬車としても乗用馬車としても使えるだろう。
「でも、これ。数を揃えることはできるの?」
「はい。旋盤も増えましたので、すぐにでも作れます」
問題は生産性だが、清兵衛さんは自信があるらしい。というかまた旋盤を増やしたんだね。
どのみち馬の所有ができる人が限られている現状では、そこまで普及はしないだろう。街道には橋もないしね。清洲と那古野に蟹江で使うくらいか。
それに織田領の外への持ち出しは当然禁止だ。ただこの馬車は、鉄で補強した改造大八車とかトロッコとか共通する技術の蓄積と発展が望める。
いや、休暇がてらに尾張に来ている暇なアンドロイドが彼らの指導をしたりして、技術が上がっているんだよね。
彼らは知らないんだろうな。自分たちが日本一の技術者集団だということを。下手すりゃ、世界一の技術者集団かもしれない。
ここは外と隔絶している分、完全に独自の進化を遂げてるな。
「そうだ。エル。せっかく来たんだし汗を流していこうか?」
「……はい」
一通り視察が終わると一息つくが、ここの代官屋敷には高炉の排熱を利用した二十四時間入れるお風呂がある。
今日のお供はエルだけだ。久々にふたりでゆっくりお風呂に入りたい。
公営市場の件ではきりっとした表情で毅然と発言したエルが、ちょっと顔を赤らめる表情がまた格別だ。
たまにはこんな日もいいよね。
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