第503話・一馬、アイスを振る舞う

Side:三好長慶


「堺はなにを考えておるのだ?」


 伊丹城を得て摂津を平定したことで、ようやくひと息ついたと思うたら、堺が騒がしいと知らせが入った。


 以前から様子がおかしかったのは知っておる。尾張を目の敵にしておるのだ。連中は博多に続き今度は尾張を敵に回す気か?


「大湊と織田が気に入らんのだろう」


「いや、それはわかるが……、南蛮人の傍若無人な振る舞いは目に余るぞ? 朝廷が憂慮しておる」


 管領である細川晴元と公方様は近江だ。公方様は未だに晴元と組む気らしい。あの男は駄目だと気付かぬところを見ると、大器という噂は噂でしかないようだな。


 問題は南蛮人に朝廷が憂慮を示しておることだ。京の都を押さえておるので話がこちらにも来る。面倒なことに織田と親交がある石山本願寺が堺と南蛮人に激怒しておる。


 ただでさえ偽金色酒の件で朝廷の要請を素気無すげなくも無視した堺に対して諸勢力がいい顔をしておらなかったのに、南蛮人が明の船を沈めたとなれば大事だいじとなるぞ。


 家臣たちも戸惑っておるわ。


 南蛮人に詳しきとおぼしきは西国周防の大内家か尾張の織田家か。近いゆえに尾張の織田家に問い合わせたが、判別の一つに肌の白きがあるが海焼けや汚れで当てにならぬので、彫りの深き面相と目の色、髪の色に差異を持つ南蛮人は遥か西から来ておるという。隙を見せるとろくなことをせぬと書いてあった。


 しかも真偽は定かではないが、会合衆を傀儡として堺の乗っ取りもあり得なくないという。ほかには先の狼藉にうてない明の商人にも問うたが、返答はほぼ同じであった。


「弾正。その方は尾張に行け」


「尾張でございますか?」


 動かんわけにはいかんな。公方様まで敵方てきがたまわられておるのに朝廷の憂慮は無視できん。摂津も落ち着いたのだ。最悪は兵を挙げてもなんとかせねばならん。


 とはいえ少しばかり知らぬことが多すぎる。松永弾正を尾張に送るか。


「南蛮人のこと、そなたが詳しゅう聞いて参れ」


 大内家にも問い合わせるか。勘合貿易をしておるのだ。明のことは詳しきであろう。まさか攻めてくるとは思わぬが、日ノ本の外なのだ慎重に事を運ばねばならん。わしのせいで元寇の再来にでもなれば、日ノ本中を敵に回してしまうわ。


「しかし、殿。明の商人は早めになんとかせねば……」


「そうだな。誰か、話を聞いて参れ」


 家臣は動揺しておるか。無理もない。当家は日ノ本の外とのことはあまり詳しゅうないのが実情だ。


 南蛮人がいずこから来て、いかほどの兵力があるかわからんのでは話にならん。


 堺の会合衆もいずこまで知っておるのやら。一番詳しいのは独自に南蛮まで行くといわれておる噂の久遠であろう。


 弾正を尾張に送り知見ちけんを引き出してくる間に、狼藉を受けた明の商人をなんとかせねば。船の再建などは堺にやらせるか。銭で大人しくしてくれればよいが。


 ただの海賊ならば討ち取ってしまえばよいが……。はてさて困ったことをしてくれたものだ。


 この一件が片付いたら堺のことは考えねばならんな。




Side:久遠一馬


「本当に冷たいな……」


「信じられませぬ……」


 清洲城の一室には信秀さんと、土田御前を筆頭にした信秀さんの奥さんたちと子供たちが集まっている。


 初夏と言えるこの時期、本当ならばあり得ない菓子が硝子の器に入って、信秀さんたちの前にある。信秀さんと土田御前はそんな冷たい菓子に驚き目を見開いた。


「溶けないうちに召し上がってください」


 皆さんの前にあるのはアイスだ。バニラアイスになる。


 エルは戸惑うような皆さんに笑顔でアイスを勧める。いや、お市ちゃんが旅の話を周りにしていたらしいが、それに出てきた冷たい雪のような菓子を食べたいと、みんなに羨ましがられたらしい。


 信秀さんからその件を聞かれたので、一度皆さんに振る舞うことにしたんだよ。


「氷室の氷を手に入れて使ったのですか?」


「いいえ、これは冷やす知恵というか技があるのですよ」


 信行君はやはり氷室に思い当たったらしい。尾張には存在しないが知っているみたいだね。


 氷室の歴史は古く平安時代は盛んだったとも聞く。とはいえ現在は朝廷でさえ年に数回口にできるかどうかという貴重なものだ。


「ね! つめたくておいしいんだよ」


 お市ちゃんはまるでアイスを自分のことのように誇らしげに伝えると、自分も木製のスプーンでぱくりと食べて笑顔を見せた。


 子供たちはみんな笑顔だ。甘くて冷たいアイスなんてこの時代では本当にごく限られた者にしか食べることができない。


 そうだ。孤児院のみんなにも作ってあげよう。喜ぶだろうな。




「ほう、桜か」


「ええ。新しい桜なんですよ」


 アイスを食べた後、オレは信行君やお市ちゃんなどの子供たちを誘って清洲城の庭にソメイヨシノの桜を植えていた。


 オオシマザクラに接ぎ木したソメイヨシノの若木をみんなで植えているんだ。楽しげに植えている光景がいいね。


 ソメイヨシノ。元の世界ではオオシマザクラの雑種交配にて江戸時代に誕生したさくらだが、これはオレたちがそのデータを基に作ったソメイヨシノになる。


「お花見できるの?」


「ええ、何年かすれば綺麗な花が咲きますよ」


 お市ちゃんは今年の春のお花見を思い出して、清洲城でもお花見できるのかとわくわくしているみたい。


 ここのほかにも清洲の運動公園や蟹江、津島、熱田、那古野の学校とかに植える予定だ。特に学校に桜は良く似合うからなぁ。


「なんという桜なのだ?」


「これ、偶然できた新種なんですよね。もとは伊豆諸島の島なんかにあったものです。殿が名付けてはいかがですか?」


 恒例の名前の問題はちょっと面倒なので信秀さんに丸投げしよう。


 ソメイヨシノでもいいんだけどね。染井村でできた桜だからソメイヨシノというらしいが、染井村でできてないしさ。吉野は吉野山として桜の名所で有名でそれはこの時代でもあるらしいが、特に関係もないんだよね。やっぱり。


「ふむ、天文桜というのはどうだ? 久遠桜でもよいが、桜は散るのが早い。いささか縁起が悪いからな」


「それはいいですね」


 ソメイヨシノは天文桜という名前になりました。縁起は気にしないが、ウチの名前になるのは少し申し訳ない気もする。天文桜は元号からとったのかな? なかなかいいじゃないか。




◆◆◆◆◆◆◆◆


 『天文桜』オオシマザクラとヒガンサクラを雑種交配させた桜になる。


 久遠家が天文十九年に尾張に持ち込んで、織田信秀が『天文桜』と命名した。


 現在日本と日本圏に一番多い品種と言えて、久遠家があちこちに植えたことから現在では久遠桜とも呼ばれて人々に親しまれている。


 この交配が狙ったものなのか偶然できたものなのかはわかっていない。ただ当時からすでに久遠家では各地の動植物を収集していたことが明らかとなっていて、伊豆諸島などからオオシマザクラを手に入れていたものから派生したと推測される。


 清洲城には、現在も天文桜が植えられており、花見の名所として有名である。




 天文十九年初夏、清洲城にて『天文十九年久遠諸島訪問記』に記載されているアイスクリームを信秀が食したという記録が残っている。


 詳しい製法はのちの記録から推測するしかないが、同年代に欧州にも伝来したバニラを久遠家も手に入れていたようで、いち早く栽培に成功していたと思われる。


 冷却方法は硝石を用いた冷却法だったようで、この件は同時期に欧州、日本の双方で記録があることから、発見したのが久遠家なのか欧州なのかで長年にわたり議論が行われている。


 当時の日本では戦乱の影響で氷室でさえ珍しくなっていたようで、特に降雪があまりない尾張にて夏場にアイスを食べるのは最高の贅沢だったと『織田統一記』に記載がある。


 ただ、久遠家が営む孤児院でも同年にアイスが振る舞われたとの記録があり、後世の歴史学者を驚かせている。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る