第502話・縁の切れ目
Side:今川義元
良うないことは続くものじゃな。三河の騒動をなんとか終えたかと思うたところで、妻が亡くなるとは。
非情かもしれんが今川家を守ることを
「雪斎。いかが思う?」
「すべては御屋形様のお心ひとつかと。とはいえ武田があまり信用できぬのは事実。織田では元守護代殿が因幡守家を継いで復帰しております。実の父を追放する武田とは違いまするな」
武田攻めを進言しておったのは雪斎じゃ。母上はそこまでは言わんが織田との戦には反対しておる。北条と織田は事実上の同盟関係と見ても差し支えあるまい。あとは北に進むしかないのも事実か。
しかし、こうしてみると織田との関係改善ができてきたことが生きてくるな。正式に和睦をしたわけではないが、事実上の和睦状態だ。今川家にもまた運が向いてきたか?
武田晴信。できる男よ。甲斐をまとめて信濃に活路を見出したのは、今の我が今川家と似ておるのやもしれぬ。
一番攻めやすいところを攻めただけとも言えるがな。
「戦のやり方がまったく違うな。攻め取った領地にも飯を与える織田と、なにもかも奪う武田」
少し前までは考えもせなんだことじゃ。とはいえ武田がおかしいのではない。奪うのが当然といえば当然じゃった。武田はやり過ぎではあるが。
「もうひとつ残念な報告がありまする。南蛮人はやはり、ろくな者がおらぬようでございます」
「であろうな。久遠の南蛮人とは別と考えたほうがよいであろう」
それと先日には織田と戦えぬ理由が増えたわ。以前から雪斎は堺に来る南蛮人は野盗の如き存在じゃと言うておったが、それが堺で騒ぎを起こしておるそうではないか。
久遠家の南蛮人は女ながらに文武に優れておるという。それは雪斎が直に見たので確かよの。日ノ本もそうであるが、南蛮人も千差万別ということなのであろう。
堺の愚か者どもめが。南蛮人を付けあがらせるような真似をしおって。
織田に対抗して南蛮人を呼ぶことができぬ以上は、織田とは迂闊に敵対ができぬということじゃ。
「武田は懲りずに信濃攻めか?」
「はっ、信濃の小笠原攻めの真っ最中でございます」
雪斎は武田ならば戦をしても問題ないという。現に信濃の村上如きに苦戦しておるからな。こちらは北条と織田に挟まれて苦労しておるというのに。
「しかし、あのような山しかない土地を攻めねばならぬとはな」
「甲斐と信濃の
問題はそこよな。北条と武田は現状ではさほど親しいわけでもないが、同盟関係を壊してもおらぬ。武田を信じてはおるまいが、わしのことも信じてはおるまい。
織田に至っては武田攻めの最中に当家を攻めぬ理由がない。こうなると河東を奪還するためとはいえ関東の上杉家を焚きつけたことと、里見に口だけでも味方したことが悔やまれるな。
「織田と北条からみれば、組む相手は武田でもよいのではないのか?」
「そこは拙僧が必ずや話をまとめてみせましょう」
織田と武田は特に関係はないようじゃが、北条が動けば織田と武田と三ヶ国から同時に攻められることもありうるわ。そうなれば今川家は終わりじゃの。
「わかった。そなたを信じよう。共にここまで来たのじゃ。ゆけるところまで共にゆこうぞ」
「ありがたく、身に余る思いにございまする」
強欲な武田は必ずや弱きところを攻める。同盟関係が
ならば雪斎を信じるほかはないの。
先の一向衆の一揆も雪斎でなくば
Side:久遠一馬
戦国の夏がきた。ウチの関係では蚊取り線香がよく売れている。今年は北条家も大量に買っていった。
そういえば、留守中の些細な出来事として斯波岩竜丸君。元の世界でいう斯波義銀君がまた学校に来るようになったらしい。
守役と小姓を全員交代させられたことで、少し騒ぎになったとか。そのうえで学校に行かねば廃嫡にすると義統さんに厳しいことを言われたらしい。
新しい守役の牧長義さんの進言らしいね。そもそも義統さん自身でさえ現状を傀儡だと口にするが、厳密にいえば現状では傀儡ではない。織田家は主家として斯波家をちゃんと立てているし、義統さんには政治的なお仕事も普通にある。
室町時代の制度では、斯波家は管領として京の都におり、尾張の実権は守護代家の織田家が持つことになる。ただ、実際に守護が尾張に住んでいる現状でも実権が戻されていないことから、傀儡と見えるしそうとも言える。
とはいえ室町幕府の制度的には違反しているわけではない。なんか法の抜け穴を利用している感じだね。
あと、牧さんは岩竜丸君には相当厳しかったんだって。義統さんと岩竜丸君がいる場で、学ぼうとしないなら廃嫡にするべしと言ったんだとか。公方ですら京の都を追われているのに、やる気のない者を斯波家の跡継ぎにするべきでない。とまで言ったらしい。
岩竜丸君と義統さんの側近の皆さんは驚いただろうね。義統さんの甥で、立場ある人物からの言葉とはいえ、そこまではっきり言える人が今までいなかったんだ。これで、岩竜丸君がうまく立ち直ってくれれば良いんだけど。
焼き物村の建設については、縄張りと土地の造成が一部で始まっているし、津島と蟹江、熱田と蟹江を結ぶ街道整備もウチが資金と人集めに加わって本格的に始まった。
長島と北伊勢からの出稼ぎ労働者の一部をそっちに回したんだ。街道沿いの国人や土豪との調整は津島と熱田がした。
どのみち蟹江の賦役で専門技術のない織田領外の労働者がやれるところは、郊外の土地の造成くらいで優先度は低いからね。
ただ蟹江の城については再検討をしている。当初は星型の要塞を構想していたが、今の織田家の現状は当初の想定とは全く違っている。
無論、最低限の防衛と海からの守りは必要だが、現状で星型要塞まで必要なのか? という疑問があるんだ。鉄砲の対策をこちらから教えてやる義理もないし、不破家が臣従したことで、蟹江にそんな城を作るよりは国境整備を優先したい。
どのみち蟹江が海以外から攻められることはほぼ想定してないしね。城については完全な魅せる城にして、星型要塞は別途海沿いに作る方向でエルたちと相談している。信秀さんからは西洋式の城にするように言われているから、日ノ本には無い城になるんだろうな。いっそ迎賓館タイプでもいいかもね。
信秀さんの好みも多分そんな感じだろう。清洲もだいぶ魅せる城になっているしね。
「一馬。なにか銭になる話はないか?」
この日も留守中の案件を確認していたら、鷹狩り帰りの信光さんが訪ねてきて、唐突にお金の話をされた。カツアゲでもされるような迫力があるんだけどね。信光さんが言うと。
「銭に困っているんですか?」
「いや、そうでもないが。なにか稼げないかと思うてな」
そんなに金使いが荒い人でもない。困っているわけではないらしいね。稼ぎたいのか。帰りの船で言っていたしね。ウチの島が刺激になったらしい。
「うーん。お酒とか醤油とか造りますか?
「おおっ、それはいいな!」
エルと顔を見合わせて少し考えるけど、清酒はウチが今のところ独占しているし、醤油は津島と熱田の商人に増産させているが需要に追い付いていないんだよね。
信光さんなら安易に他所に情報を漏らさないだろうし。それとこの人、評定とかで率先してウチの味方をしてくれるんだよね。信秀さんの弟でもあるからかなりの発言権がある。
声が大きいし、武闘派である信光さんに反発する人は、ほとんどいないから助かっているんだ。
「酒や食べ物が一番
「造る場所は城がいいか?」
「必ずしも城でなくてもいいですよ。ただ、村みたいにまとめて、外との行き来を
どうせ量産が必要な清酒だし、信光さんにやってもらおう。
この人、やる気のないことからうまく逃げるしね。チャンスだ。
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