第497話・謎の久遠諸島・その十三

Side:セレス


 私は望月殿と共に大殿に命じられて清洲城の謁見の間におります。不破光治。彼を出迎えるにあたり重臣たちと共に同席を命じられたためです。


 私がどう見るか知りたいと仰せでした。普段であればエルの役目なのですが、いませんからね。私は現在警備兵を預かる身。正式に決めた名称でありませんが、警備奉行と呼ばれることもあります。


 清洲に来ることも多く今日も来ていたので、ちょうどよかったのでしょう。


「臣従したいというならば歓迎するが、織田は他家とは違うぞ。国人衆の領地であっても口を出すし、織田の法と命令には従ってもらう。無論働く者には相応の扱いをするがな」


「はっ、心得ております」


 型通りの挨拶をした不破殿は、自ら臣従したいと申し出ました。大殿はそれに対して喜びつつも、条件はきちんと付けていますね。さすがです。不破殿の領地は要所ですので特別扱いをしてでも欲しいのが本音でしょうが、特別扱いは後顧の憂いになります。


「不服はないか? そなたならば六角家でも喜んで迎えよう」


「はっ、一切ございませぬ。六角家では新参者は歓迎されますまい。それに、弾正忠様ほどの御方がほかにおられるとは思えません故に」


「では領地を召し上げると言うたら、いかがする?」


 大殿はニヤリと笑みを浮かべると、まるで不破殿を試すかのような言葉を口にしておられます。ですが、さすがにこの場で領地を召し上げるなどというのは少し言い過ぎな気もします。


「その命に道理と義があるのならば従いましょう」


「よし、気に入った。評定衆として仕えることを許そう」


「ははっ、ありがたき幸せ」


 不破殿もお見事ですね。試されているとわかっての答えでしょうが、同じように言われて即、答えられる者は多くないかもしれません。


 しかし、これで西美濃は更に織田の勢力圏として動けますね。


「しかし国境は難しいな。三河の騒ぎは知っておろう。織田を羨んで愚か者が攻めてこんとも限らん。そなたの領地も考えねばな。管領代殿が健在ならば問題なかろうが……」


「実のところ不穏な噂はありまする。北近江では京極家が現状に不満を抱いており、浅井家もまた家中では面白うない者も多いとか。それと、美濃を追われた者たちも盛んに旧領奪還を主張しておるようでございます」


 大殿が近江のことに言及すると重臣たちが僅かに表情を変えました。六角家との関係は良好です。まさか大殿が六角家に懸念を抱いているとは思わなかった者もいるのでしょう。


 ですが、さすがは要所を治める不破殿。近江の内部にある問題をかなり理解されている様子。


「困ったものよ。このままではいつまでもこの乱世は終わらぬな」


 無論、不破殿が申したことはすでにこちらでも掴んでいて、大殿には報告済みです。極論をいえばどこの大名家にもその程度の問題はあることです。


 近江が難しいのは京の都と目と鼻の先であること。畿内の争いに左右されることでしょうか。司令は六角バリアーなどと呼んでいましたが、現状がまさにそうですからね。


「殿は自ら乱世を終わらせるおつもりで?」


「そこまでは言うておらん。ひとりの武士として太平の世を願うのは皆同じであろう?」


「確かに……」


「わしにできることは領地を守り食わせることだけ。そなたの領地も守り食わせる。それは約束しよう」


 フフフ。大殿はとぼけてしまいましたね。自ら乱世を終わらせると言えば将軍への謀叛とも受け取られかねません。今の織田でもまだそこまでは言えませんね。


 無論、この場の重臣たちは気付いているでしょう。大殿が自ら乱世を終わらせるつもりであることを。


 さて、私はエルがいない分、不破殿の領地の検地と人口調査のアドバイスでもしておきますか。




Side:久遠一馬


 最後の夜は西洋屋敷にいる。


 宴も終わり皆さんはそれぞれの客室に入ったが、織田家御一行様では信長さんだけがパーティールームに残っていた。


 今日はお酒があまり好きではない信長さんのためにエルが昆布茶を出したせいか、気に入ったらしく今も昆布茶を飲んでいる。


「かず、島に残ってもいいぞ」


 まだ皿に残っていた鯨の竜田揚げをぱくりと頬張った信長さんは、突然そんなことを口にした。


「どうしたんです。突然」


 ちょっと驚いたし、隣で座っているエルも珍しく驚いた表情をした。


「叔父上ではないが、ここで暮らしたほうがそなたたちは幸せであろう?」


「まあ、オレたちだけを考えるとそうかもしれませんね」


 信光さんの言いたいことがわかったのかもしれない。信長さんたちに少し発展した島を見せようとした今回の旅は成功したとも言える。その結論なんだろう。


「問題は今の暮らしがずっと続くとは限らないことなんですよ。明も南蛮もいつ敵に回ってもおかしくない。いずれ、明や南蛮がウチの富を求めて攻めてくることもありえますしね」


 ちょっと刺激が強すぎたかな。平和で商いで繁栄している島を見ると、確かに日ノ本で血生臭い日々を送らないほうが幸せに見えるんだろうね。


 でもここで日ノ本から手を引けば織田家は中途半端なまま迷走するだろう。史実の江戸幕府のように揺り戻しがきて、旧態依然とした国になる気がする。


「明や南蛮か」


「たぶん私たちが生きている間は大丈夫でしょう。とはいえいつか必ず敵になるはずですよ。食うか食われるか。それが世の中であることは変わりませんから」


 静かだった。すでに食べ終えた皿を片付けていた奉公人の擬装ロボットもいない。部屋にはオレとエルと信長さんだけなんだ。


 過去にも日ノ本は大陸に攻められたことはある。元の世界では元寇と呼ばれていた歴史だ。それゆえにこの時代の人も危機感はある。それが救いと言えば救いだね。


「確かに、いずれ南蛮船のような船が押し寄せてくるかもしれぬな」


「ええ。その時のために日ノ本をひとつにまとめて、更に大きくしないと対抗できないでしょうね」


 世の中が理解できない人だと、そんな馬鹿な話がと信じない人もいるだろう。とはいえ元の世界の歴史を見ると、弱肉強食であることは二十一世紀になっても変わらなかった。


 多分世界が終わるまで変わらないだろうね。


 一旦古い権威がモノを言うような封建的な国にしてしまえば、太平の世に近代化のような大改革することは、オレたちでもオーバーテクノロジーでの軍事侵攻でもしないと無理だろう。


 史実でも田沼意次などの改革を見てもわかるが、一旦国ができてしまえば根幹を変えるのは至難の業だ。


「難しいものよな」


 信長さんは残り少ない昆布茶を飲み干すと、そう一言つぶやいて客室に引き上げていった。


 信長さんの思いやりは本当に嬉しいし、忘れないだろう。でも、もうオレたちはここで生きていかねばならないんだ。


 なにがあってもね。




「またくるね~」


 翌日、島のみんなの見送りでオレたちは尾張へと出発した。


 ところでお市ちゃん。君はまた来る気なんだね。見送りに来たみんなに再会をやくして手を振る姿に、船が苦手の重臣の子弟の皆さんが『信じられない』と言わんばかりの顔を向けて見ているよ。


 オレもなんとなく寂しい気がするのは、ここがオレの故郷になったからだろうか。港を埋め尽くすほどの島の人たちに見送られながらの出航だ。


 航路は佐治さんの意思を尊重して、島から尾張へ直接戻るルートにした。久遠船は厳しいし水の補給が途中でできないので大変だと教えたんだけどね。


 できることは体験しておきたいらしい。佐治さんは本気で外洋水軍になりたいんだろうね。


 さらば、第二の故郷。久遠諸島。




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