第496話・謎の久遠諸島・その十二
Side:久遠一馬
島に来て七日目は雨だった。久遠諸島は梅雨がないのだが、それでも雨は降る。
明日には尾張に向けて出発の予定だ。この日は自由行動ということにした。さすがに案内役の人は付けたけどね。
「やはり船は大きいほうがいいのでしょうな。久遠船はいい船ですが、ここまで来るのは難しいようです」
「まあ、そうですね。あの船は近海での働きを念頭においた船ですので」
オレは朝からエルと佐治さんと帰りの航路について相談していた。航路に関しては久遠諸島から尾張への直接向かうか、行きと同じように伊豆諸島を経由するかだ。距離的には外洋を直行すれば短くなるので早く帰れるはずなんだよね。ただそれは、潮流や風向風速の条件が同一だったらの話。元の世界の動力船でも潮や風の影響を受けるんだから、この世界この時代の帆船なら『やってみないと判らない』レベルになる。
ただ、その席で佐治さんは久遠船での外洋航海が難しいことを口にした。佐治水軍の皆さんも来るときの航海で気付いたようだ。特に佐治さんは、北条家を訪問した時はガレオン船に乗ってたからな。久遠船と彼らが呼ぶ和洋折衷船は本来ならば近海での使用を目的に勧めた船だ。
はっきり言えば外洋航海を想定した船ではない。船の大きさが違うからね。嵐にでも遭えばタダでは済まない。それは事前に教えたんだけどね。駄目なら船を沈めてもいいからという覚悟で来たんだ。
尾張から関東のように、その気になれば陸に戻れる場所ならば問題はないだろう。海が荒れてきたら港に入るのが船乗りの常識だからね。ただ、外洋航海ではそれは不可能だ。
佐治さんとしては久遠諸島から荷物を運ぶ仕事もしたかったらしいが、現状ではお勧めできない。
「尾張に戻ったら大型船の建造を考えるべきかもしれません。幸いにして蟹江の施設は大型船の建造を考慮しておりますので。ただ、大型船の欠点は
エルもそろそろ織田家で大型船の建造を考える時期だと思うようだ。問題は港と竜骨などに使う木材の確保だ。港は博多や堺ぐらいしか南蛮船は接岸できないからね。
木材については日ノ本でも買えないこともないのだろうが、船大工の人数や製造能力の問題もある。ウチが船を造って織田家に売ることや貸し出すことも考えるべきか。
その後は雨も止んだので島の行事に参加した。一年ほど戻らぬ船があるので無事を祈るという行事だ。
これは信長さんたちも自主的に参加した。
行事はいたってシンプルで海に向かいみんなで祈るだけだ。すでに沈んでいるのではないかという感じだが、死亡と認めるには三年とすることにしたんだ。
どこかで座礁なりしているかもしれないし、無人島などに流れ着いているかもしれない。死亡の確認が取れない以上は生きていてほしいと願う行事だ。
ただ、これが船乗りの家族にとっては一番残酷なことなんだよね。実際、無人島などで生きていたことが史実でもあるから、どうしても死んだことを受け入れられない時があるんだ。
寄せては引いていく波の音が響く中、オレとエルたちに島の年配者たちと信長さんは静かに海とその向こうに生きていてほしいと願って祈りを捧げる。
「女が多いが、船が帰らぬことも原因の一つか?」
「ええ、そうです。やはり船乗りは男ですから」
祈りを終えると信長さんは島のメンバーを見渡して、ふと女が多い理由に気付いたらしい。
「流行り病も本来は島にはなかったんだよ。島で流行り病が
行事も終り屋敷への帰り道で、パメラはのんびりと歩きながら流行り病について信長さんたちに説明を始めた。島の検疫とかの明確な理由を教えるつもりらしい。
まあエルたちの親の世代がいないことやオレの奥さんが多い理由にも、疫病への対応を行なった親の世代や同年代の男児が亡くなったと説明したのでそれなりに理解してくれてはいるようだが。
「ほう。左様であったのか。では坊主の祈祷はいかがなのだ? いかほどの
「それは私たちにはわかんない。島にはお坊さんがいないし。それに日ノ本とその外では神様も教えも違うから。世の中にはいろんな神様がいっぱいいるんだよ」
信長さんって迷信とかあまり信じてないというか疑っている部分がある。沢彦さんの教育なんだろうな。あの人も仏様を信じているが、坊さんが語る迷信とか仏罰とか大半は嘘だと前に言っていたほどだ。
真面目だから仏様を利用する人には厳しい人でもある。
ついでと言わんばかりにパメラに祈祷について聞いたが、パメラは明言を避けた。
この時代で神仏を否定したら面倒なことになるからね。あと厄介なのは、プラセボ効果のように心から信じていると本当に効果が出るときがあることだね。とはいっても世界の宗教や信仰の話をして、人の教えなんてあてにならないと暗に示しているが。
信長さん。本證寺の件ですっかり寺社に疑問を抱くようになったんだね。ただまあ、この時代の人も馬鹿ではない。坊さんが胡散臭いのはそれなりに賢い人は感じている。
それでも寺社が知識を囲い込む様に持っていて、武力や財力まで抱えているから逆らえないだけで。面倒なのは妄信する人が一定数いることだ。これは元の世界でも変わらないしね。
「年老いた者も出家をされぬのでございますかな?」
「昔は出家した人もいたそうですよ。ただ、久遠諸島には武士はいませんでしたので、高齢になったら出家するという慣習はないですね。別に個々の信仰まで禁じていませんし、人に強要したり、自身と違うからと言って
信長さんが寺社に否定的な言い方をするとほかの人の口が重くなるが、ここで珍しく口を挟んだのは資清さんだった。
「日ノ本でも叡山と本願寺が戦をしたと聞きますしね。遥か西ではエルたちのような者が、その地の権力者が
そういえばこの時代の武士は、年を取ると出家する人多いんだっけ? 別に好きにしていいが、それが慣例として残るのはあんまり好ましくないな。まぁ、大名から下級武士まで、出家しなかった武士も多いけどね。
そして最後の夜、島のみんなが集まって帰還の無事を願う宴が開かれた。僅か一週間ほどの滞在だったが、最初は困惑していた皆さんも随分馴染んだと思う。
別れを惜しみ、帰りの船の辛さにため息を零している人もいる。船酔いは地獄だからね。船を降りることもできないし。
「うんとね。おっきいねこさんに会ったんだよ!」
「ほう、そうか」
「こんなおっきかったんだよ!」
お市ちゃんはなんだか興奮気味で信長さんに今日の出来事を教えている。でも島に大きな猫なんていたか? ロボとブランカより大きいと騒いでいるが。
お土産にと綺麗な貝殻をいくつも拾っていたね。それだけだとあれなんで、お市ちゃんの着ている洋服もあげるつもりだ。あぁ、他の姉妹の子たちにも用意しないと喧嘩になるかな。
「わしもそろそろ歳だ。隠居を考えるべきだな」
「ダメですよ。孫三郎様」
ああ、明らかに帰りたくないと言いたげなのは信光さんだった。このまま島で隠居したいと本気で考えてそう。
これから織田家は大変な時期になるんだから働いてもらわないと。ちゃんと止めておこう。シャレにならない。
「おーっほっほっほっほ! ワタクシに勝つなど十年早いですわ!」
「なんの、負けませぬぞ」
ああ、あっちでは高笑いが聞こえて何事かと思えば、シンディと慶次が重臣の子弟の一部を巻き込んで飲み比べをしている。
「さてお立合い。この箱はただの箱ネ」
リンメイは佐治水軍の皆さんに手品を見せている。これも大人気らしくて盛り上がっているね。
「はい、殿。あーん」
「パメラ。人が見ているんだが……」
「いいの。いいの」
一方オレは信光さんを止めつつ、パメラとエルに挟まれていた。
エルは自然にお酌をしてくれるのでいいが、パメラはなぜか料理を食べさせようとするから困る。
食べないとほっぺを膨らませて抗議するしさ。
ロボとブランカはさっきから御馳走に夢中だ。明日からはまた船だしね。今日くらいはみんないっぱい食べて飲んで今日という日を満喫してほしい。
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