第495話・謎の久遠諸島・その十一
Side:久遠一馬
六日目は少し神妙な様子の信長さんたちと島内にある墓地に来ていた。周りは公園のように整備されていて、和風の建物はあるが寺や神社らしきものはない。
建物は現在尾張で計画している公民館に近いかもしれない。それなりに広さがあり、みんなで冠婚葬祭などで使っているという感じだ。
「本当に寺社はないのだな」
不思議とオレも神妙な気分になる。周囲には南国特有のヤシの木やナツメヤシの木々が多く、南国の陽射しから守ってくれていて、風で揺れるとつい戦国時代にいることを忘れそうになるんだけどな。
信長さんたちにも先日には説明したが、久遠諸島に寺社はない。墓地も中央に大きな石碑があり、これひとつしかない。
「ウチは海で亡くなる者も多いのですよ。昔は送り出した船団が一隻も戻らなかったことも何度かあります。島で死ねるのはまだ幸せなことですから」
神妙な信長さんにウチの作法を問われたが、特に決まりはないと教えると皆さんは手を合わせて祈ってくれた。お市ちゃんも乳母さんと一緒にちゃんと祈ってくれたね。
墓に関しては土葬が一般的なこの時代では珍しいが、土地が限られているという理由から火葬ということにしていて、個人や家の墓というよりは島みんなが同じ墓に入る感じだ。
戦国時代の場合だと一説には埋め墓という埋葬する墓と、参り墓というお参りする墓が違うなんて聞くが、島ではお墓をひとつにまとめた。
過去の設定として海での死者が多いことにしてあるので、海で亡くなった者も一緒にここで慰霊する形にしたんだ。
「さぞやご苦労したのでしょうな」
特に資清さんや太田さんたちウチの家臣のみんなと、お清ちゃんと千代女さんは真剣に長い時間、手を合わせてくれた。
資清さんなどは今回の船旅と自身の過去の苦労を重ね合わせていて、少し涙ぐんでいる。なんか申し訳なくなるね。騙していることに。
「戦を嫌うわけだな。久遠家は海と戦っておるのだ。人相手のつまらぬ戦で命を失うのを嫌うのもわかるというものだ」
信光さんがなんか勝手な解釈で誤解しているが、重臣の子弟の皆さんが感心しているからそのままにしておこうか。
「しかし、これで寺社が必ずしも必要ではないことが
すずとチェリーまでも神妙な面持ちだ。それがよりリアルさを感じさせているが、そんな時に信長さんが寺社の存在意義に疑問を投げかけると、周りの人たちが反応に困る顔をした。
「神仏を信じる者はこの島にもおりますよ」
「寺や坊主がおらずともいいのであろう? そういえばかず。お前が親父に言うたそうだな。神仏は信じるが神仏の名をかたる者は信じぬと」
さすがにまずいと思ったのか、エルが神仏までは否定していないと釘を刺す。しかし信長さんはオレが信秀さんの猶子になった時に言った言葉を使ってエルに反論した。
あの時に信長さんはいなかったはず。信秀さんにでも聞いたかな?
「まあ、そうですね。ですがひとりの人、
「まだまだ道は果てしないな」
重臣の子弟の皆さんもいるし、少し言葉に気を使うが信長さんもそんなオレの考えを察したようだ。
寺社を不要とは言わないが、現状ではだめなのはオレたちと何度もその話をしている信長さんは知っている。ここで話すことではないと理解してくれたらしい。
ただ寺社がない島に来て、寺社がない町や国もあり得るのではとの考えが広がったのは確かだろう。心の拠り所として確かな寺社が必要なのは確かだけど。
下手に寺社をなくしても、元の世界のように怪しげな新興宗教が生まれるだけだろうしね。
その後は父島近海にて、キャラベル船一隻と双胴船五隻による弓と鉄砲の訓練を視察していた。
風や海流を把握して操船しつつ、波に揺られながらいかに命中率を上げるか。その訓練だ。
オレたちは大きめの双胴船に乗っての視察であるが、目標は地上だ。島の一部に的を置いてそこに当てるように訓練する。
「このような鍛錬をしておるのか」
「海では主なものですね。
信長さんたちはその様子を興味深げに見ている。佐治さんは理解するようだが、実際に海の戦はほとんど知らないメンバーだからね。
「弓も多いですな」
「名手になるとやはり弓は有効ですからね。雨でも使えますし。時化の時は…、さすがに駄目ですね。特に乱れた強風を伴う事が多いので」
バランスとしては弓が半数ほどいて、太田さんは意外に弓が多いことに驚いている。
実際、弓は有効だからね。ウチでもジュリアやセレスも使っているし、武芸を冷遇しているわけではないんだけど。とはいえ鉄砲や金色砲のイメージが強いんだろうな。
「いいものを用意したでござる!」
「これを覗くのです!」
戦闘訓練の視察もそろそろ終えようという頃になると、すずとチェリーがニヤニヤと四角く長方形で
どうもこっそりと船に積んでいたらしい。あれは箱メガネだな。長方形の箱の底に硝子がはめてあるやつだ。海の中が見える道具だね。
元の世界では漁師さんがそれで海底を見て獲物を探して採っていたような道具だ。
「これはすごいではないか」
「おさかなさんが泳いでるよ!!」
まずは信長さんとお市ちゃんと信光さんなどが覗くが、信長さんとお市ちゃんは驚きの声を上げた。
「ほう、これが海の中なのか。美しいではないか」
信光さんも初めて見た海の中に嬉しそうな声を上げた。地理的に珊瑚とかきれいなんだよね。島の周囲は。
お市ちゃんだけは海に落ちないようにと乳母さんが抱きかかえていたので、代わってあげて見せてあげている。
お清ちゃんと千代女さんに勝家さんと可成さんもみんな夢中で海を覗いているね。なんか観光に来たみたいな光景だ。
「イルカなのです!」
「おおっ、泳いでおるところはまた面白いな!」
みんな初めて見た海の中に感動した様子だったが、イルカがどこからともなく来て船の真下を泳いでいくと信長さんも興奮した様子で声を上げた。
その後、島に戻ったオレたちは、砂浜に島の人たち百人ほどを集めて地引き網をすることにした。
当然信長さんたちも初めてで驚いているが、大きな網で魚を獲ると教えると張り切っている。
エルたちは水着になったね。ついでと言わんばかりに島の人も水着だ。男は海パンと褌が半分ほどだけど。
信長さんたちも着物が濡れぬようにと褌一丁になると、砂浜に広がってみんなで網を引く。
抵抗があるかなと思ったけど、意外にないみたいだね。
網の中で暴れる魚が見えると、あちこちから喜びの声も聞こえる。収穫がなによりの喜びだという時代だからだろう。
というか水着姿での地引き網って、少し違和感があるな。オレのイメージだろうけど。なんか、リゾートのオプショナルツアーじみてきたか?
「これは大漁ですな!」
獲れた魚はみんなで浜焼きにする。
重臣の子弟の皆さんも喜んでいて、豪快に網焼きと鍋で味噌煮にして頂くんだが、これがまた美味い。
時間的に午後のおやつのような感じとなったが、すずとチェリーがお市ちゃんと海で遊んだりする光景も微笑ましいし有意義な一日だったと思う。
島の滞在もあと僅かだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます