第494話・謎の久遠諸島・その十

Side:久遠一馬


 四日目は朝から雨だったので和風屋敷でのんびりとしていた。久遠諸島に梅雨なんてないんだけどね。こればっかりは仕方ない。


 信長さんたちは暇そうだったので書物を用意した。


 ちょっと閃いて正史三国志と三国志演義の両方を貸して、読み比べをしてもらった。ひとつは正史として正確であるとの触れ込みで後世こうせ編纂へんさんされた資料だが、ひとつは物語としての三国志だ。


 特になにかを伝えたかったわけじゃないが、後世に残る歴史がいかに曖昧かを理解してもらうにはちょうどいいだろう。


 太田さんなんかは特に興味深げに読んでいたね。


 夜に島のみんなが集まって、また宴をした。この日は尾張の豆味噌を使った鍋だ。季節的にちょっと不釣り合いだけど、新鮮な魚と野菜の鍋をみんなで囲んでの宴会になった。


 いろいろな話が出た。信長さんたちは日ノ本の外の話を聞きたいというので、バイオロイドや擬装ロボットが各地の話を教えていた。そのくらいの知能はあるんだよ。宇宙要塞のコンピューターで管理しているしね。


 そして翌五日目は再び父島の視察に行くことにした。


「変わった船ですな」


「南方の先住民の船を当家で改良したものですよ」


 海を見ると近海では漁をしている船が幾つか見えた。その船は元の世界でいうカヌーと双胴船になる。ミクロネシア地域では古くから使われている船であり、地域的にも最適であるということでカヌーは湾内で漁船代わりに使っていて、双胴船は漁業と父島と母島間の移動にも使っている。


 日ノ本では見ない形の船だから佐治さんが物珍しそうに聞いてきた。やはり船には人一倍関心があるらしい。


「ハーイ。皆様、いらっしゃい。歓迎代わりの果樹の汁ですよ」


 途中で南のある海岸の近くにある高床式の風通しのいい建物に入った。見た目は南国リゾートの喫茶店のようで、付近の休憩所になっている建物だ。


 そこでオレたちに飲み物を運んできてくれたのは、アラブ系の顔立ちに白い髪をした女性になる。名はシェヘラザードだ。今着ている服は、物語なんかでアラブ系の服としてよく見る露出度が高い服になる。


 年は十八に設定していたので、今は二十歳ということになるのか。オレとエルたちはこの時代の風習に合わせて年始に数えで年を増やしているからね。


「おおっ、これはいいな。さっぱりする」


 シェヘラザードが持ってきたのはココナッツジュースだった。しかもココナッツの実をくり抜いてそのまま飲む、リゾート地なんかでよく見るやつだ。


 オレも初めてだな。こうして飲むの。甘さは控えめだが、美味しい。信長さんも気に入ったみたい。


 ジュースとしては甘さが控えめだが、この時代ではこういった自然の甘さでさえ貴重だからね。ただ、ちょっと量が多いね。お市ちゃんには飲ませ過ぎないようにしないと。


 しかし景色がすっかり南国リゾートだ。ヤシの木と海が見える。海水浴でもしたら楽しそうだ。


「ここではこのヤシの実を始めとして、いろいろな植物を植えているんですよ」


 ココナッツジュースで休憩すると島の視察を再開するが、この辺りは植えている植物が少し違うだけになる。案内するシェヘラザードに説明されながら見て回るが、皆さんそろそろ慣れたようで大きな驚きはない。


 高いヤシの木とか見て、多少驚いてはいるけどね。


「それにしても道がいいですな」


「確かに……」

 見渡す限りの畑を視察した帰り、可成さんと勝家さんは道についてポツリと口にした。


 ふたりはもちろんのこと今回来ているメンバーは知っているからね。ウチが街道整備とか進めていることを。こうして道が整備されたところに来ると、その意味を多少なりとも理解するんだろう。


「それだけではないな。奪わずに食えるのだ。そのような領地を作ったのであろう。北条の伊豆諸島を見ても思ったが、いかほどの苦労したことか」


 二人の言葉に信長さんが口を挟んだ。


 そういえばここに来る前に三宅島とか八丈島には接近して補給をしたんだよね。遠くからではあるが海岸沿いの建物が見えた。そこはやはり生きていくのが精いっぱいの様子で、ウチの島とはあまりに違う。


 ウチの島も過去には苦労があった様子は各地に作ったし、宴の席では年配者の擬装ロボットが苦労を語る段取だんどりも用意していた。ただ、それに伊豆諸島の様子が合わさると本当にリアルに感じる。


 重臣の子弟の皆さんはそんな信長さんの言葉を神妙な面持ちで聞いている。銭で成り上がった怪しい連中だという意識も、まったくなかったわけではないだろう。


 実際騙しているようで気が引けるけどね。みんなが飢えない国にするためには必要なことなんだ。この旅で織田家の意識が少しでも変わるといいんだけどね。


 お市ちゃんもこの旅で少しは成長した気がする。少なくともみんな働いていることは理解してくれているし、自分から率先してお手伝いもしてくれる。


 ロボとブランカは知らない土地なだけにマーキングに忙しいらしいけどね。




Side:メルティ


 尾張は今日も雨ね。梅雨がない島が羨ましくなるわ。


 僅か半月で寂しさを感じるのは私自身も予想外だった。その気になればすぐに会えるのにね。


「やはり塩害が出たわね」


 とはいえ尾張をけることは今の久遠家にはできない。現に忍び衆からは願証寺の長島では稲の生育不良が起きていると報告があった。原因は梅雨の長雨と昨年の台風こと野分の塩害だわ。


 一部はこちらの助言で塩害に強い綿花を植えているけど、水田として使えていたところは普通に稲作をそのまま継続したものね。被害は甚大になりそうね。


 三河ではまだ本證寺関連の裁きが続いているわ。土地の整理も一部では反抗しているところがあって、大殿は従えぬなら一切の援助も臣従もなしだと檄文を送った。


 自分たちが味方したから勝ったのだと公言している者までいる始末だものね。大殿の逆鱗に触れたのだと思うわ。


 もっとも三河は大きな問題にはなっていない。織田信友。彼が上手く動いている。こちらの調査でも判明していたけど、根はそれほど悪い男ではない。まだ若い信広殿やその家臣よりも、守護代としての経験があるだけ状況判断は悪くない。


 自らでも許されたのだから大殿は情け深いと言いつつ、逆らえば家は残らないと指摘して説得をしている。


 それでも従わぬ者には信広殿が直接兵を率いて領地の接収に当たったこともあるし、今川も松平も織田と戦う気がない以上は大半が従うしかなかった。


 そもそも領地整理はそんなに悪い条件ではないはずよ。それに手柄云々で言うならばウチが三河に領地を貰わなければ釣り合わなくなるわ。


「メルティ様。不破家は臣従致しますでしょうかな?」


 今日の報告は不破家当主が大殿に会いに清洲に向かって出立したということ。望月殿は不破家家中が織田への臣従と現状維持で割れていることを掴んできたわ。その現状で清洲に来る意味を考えているようね。


「条件次第というところかしら。とはいえ清洲まで出向くんですもの。欲しいのは評定衆の地位かしら。土地は現状維持が望みでしょうね。検地と人の数を調べることは受け入れるはずよ」


 不破殿としては先に織田に臣従した氏家殿の下には付きたくないでしょうね。ここで土地を望むほど愚かではないはず。虫型偵察機の情報でも不破殿の本心はわからない。


 でも織田家との事前交渉もなく来るんですもの。名誉さえあれば臣従するでしょうね。不破殿は美濃と近江の境界である領地よ。不破の関としても有名だけど、関ケ原といえば歴史をよく知らない人でも知っているはず。


 現状では関所として機能しているわけではないわ。東山道を通る者から税は取っているでしょうけどね。とはいえ地理的にも要所だけに、評定衆の地位をあげてもお釣りはくるわね。もっとも最終判断は大殿次第だけど。


 一方で東美濃は特に動きはない。動きが鈍い原因は敵がいないからかしらね。隣国の信濃は纏まりに欠けていて武田との争いで忙しいので危機感がない。東美濃で有名な遠山家に至っては、一族がばらばらで統一された勢力ですらないわ。


 敵対もしないが従うこともしない。臣従しろと言うのを待っているのかしらね。領地を認めてほしいというのが結局すべてなんでしょうけど。


 なかなか難しいわね。美濃も。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る