第493話・謎の久遠諸島・その九
Side:久遠一馬
滞在三日目は島を一回りして畑や山などを見て回った。あとは硝子製品の製造する様子が見たいとの要望があって、硝子工場も見せたが。
畑に関しては野菜の試験村や、島の人間が食べる野菜を育てている畑に、瓶詰にして売る果物畑など色々見せた。事前に教えていたとはいえ、米どころか麦すら作ってないことには驚かれたね。
大砲の製造所とか花火の製造所とかセメント工場など、すべての施設を見せたわけではない。この辺りはエルたちと相談したが、求められるまでは見せなくていいと判断した。信長さんにお任せという感じだ。
信長さんもウチの状況を知りたいのであって、細かい技術をすべて開示させる気はないらしい。
「おおっ、ここは落ち着くな」
そして三日目の夕方には和風の屋敷に来ていた。島の南にある屋敷で結構古い屋敷だ。よくここまで使い込まれた感じの屋敷を建てたね。
信光さんが畳の部屋にごろんと寝転んで喜んでいる。西洋風の屋敷はソファーなどあるが、床にごろんと寝転ぶような部屋ではないからね。
「畳は昨年尾張で仕入れたものです。それ以前のものは少し悪くなっていたので」
「ああ、そういえば畳や障子の紙などを多く買っておりましたな」
畳とか障子は新しい。エルが昨年尾張で買い付けて船で送っていたものだと教えると親近感が湧くのか皆さんの表情が緩む。特にこの時代ではまだ高級品の畳とか障子用の紙を大量に買ったことを、資清さんなんかは覚えていたらしく納得の表情だ。
「しかし、島に来た久遠殿のご先祖様はさぞや苦労したのでしょうな」
夕日が部屋に差し込み、夕方の涼しい海風が入ると風鈴の音が響く。その時、静かに屋敷から見える海を見ていた勝家さんが口を開いた。
島も港を離れると煉瓦造りの蔵や倉庫は各地にあるが、住居はほとんどが木造だ。南洋諸島に見られる高床式住居も多い。島の住人の衣服などは和服と洋服が混じっているが、島の気候に合わせている感じか。
そんな島を見て回ると相応に苦労がわかるようになっている。勝家さんが祖先の苦労に言及したのもそのせいだろう。
「ここまで来られる船を持っておったとすると、それなりの身分だったのでしょうな。一馬殿、なにか祖先の
「それが全然……、初めからなかったのか、どっかから逃げてきて処分したのか」
勝家さんの言葉からウチの祖先の話になった。皆さん気になるんだろう。可成さんには祖先の残した遺品のことを聞かれたが、これはわからないことにすると決めている。
源氏か平氏で詐称してもよかったんだけどね。大きなメリットもなく、加えて織田家の猶子になった以上は必要性もなくなったからね。
猶子が思った以上に重いんだよね。
ウチの祖先に関しては言葉が日ノ本と同じなので、日ノ本の子孫だとは思うとは言っているが、船に関しては南蛮船の前は明の船を模倣して使っていたと言ってある。
実際ウチの南蛮船の水密構造は、この時代の本物の南蛮船にはない構造だからね。大陸と西洋の技術があることにはしているんだ。
「それにしても、あの布団というのはいいですな」
ウチの祖先は何者だったのか、それで少し盛り上がる皆さんだったが、ふと話題を変えたのは信清さんだった。
信長さんたちは当然ながら、信光さんも布団を欲しがったのであげたんだよね。あとはウチと親しい重臣クラスだったら、そこそこ広まっているんだけど。信清さんは初めてだったらしい。
この時代は敷き布団もないからなぁ。重臣の子弟の皆さんも同意している。中には当主は布団を使っていても自分は使ったことがない人とかいるみたい。
元の世界であった藁布団とか早めに広めるべきか? 三河で綿花の栽培が増えれば木綿布の値段も下がって普及するはずだ。
とりあえずたくさんの選択肢と可能性は増やしていくべきだろうな。
みんなが未来に希望を抱いてくれればいいんだけど……。
しかしオレ自身は、元の世界では特に未来に希望もなにも抱くことがなかった人間なんだよね。そんなオレがこんなこと考えているのは皮肉なんだろうか。
Side:エル
すでに明かりの消えた部屋で愛しい人と愛し合うこの時が、なにより幸せです。
「ウラジオストクか……」
どれだけ時が過ぎたでしょう。布団の中で心地よい疲労感と温もりを感じていると、ふと司令が呟きました。
それはさきほど情事の前に報告したことです。司令に許可を頂き本日ウラジオストクに入植が完了したのです。
ウラジオストクは元の世界では、ロシアの太平洋側における不凍港として有名なところですね。
幸い、この時代ではウラジオストクの地理的な優位性を理解している人はいないでしょう。現在は無人の原野でしたので、千名の先遣隊で前線基地を作ったということです。
ただ、ウラジオストクは地理的に女真族の勢力圏と近い場所になります。のちの清朝を建国する民族です。現状では明に朝貢をしているようですが、定住しておらず遊牧や狩猟をしている民族です。
ほかにも先住民は付近にいるようですが、領土という概念があまりないようで、史実ではロシアがシベリアに進出してから問題となるはず。今のうちにウラジオストクを領有しておけば、将来の大きな力となるはずです。
アジア太平洋のカギを握ると言っても過言ではない場所。当初は世界への影響を考えてもう少し時間をかけてシベリアから入植する予定でしたが、歴史の変革のスピードや影響はコンピューターが予測した中でも早いほうです。
明への影響が気になるところですが、後手に回るよりはと少数での入植を実行致しました。
「あそこは必要だよなぁ。不凍港だし、地理的にも……」
「はい。それと明の後継である清朝の版図も、史実よりは縮小するべきです。朝貢勢力の地域は国として独立していただくほうが、後世のためです」
司令は大陸への関与には否定的でした。元の世界での歴史のせいでしょう。とはいえ大陸から日本列島への圧力は、この時代から調整しないと大変なことになります。
資源確保のためにも領有者がいないシベリアは確保しなくては、十九世紀以降の欧州の戦争に巻き込まれる可能性が高くなります。
中華圏も拡大しないように手を打ちたいところ。有史以来王朝が起きては滅びてと繰り返している中華は、欧州と同等かそれ以上に警戒しなくてはならない地域でしょう。
元の世界では二十一世紀でさえ民主化せず拡大路線をとるかの国は、近隣からすると脅威以外の何物でもないのですから。
「大丈夫なのか?」
「それが私の役目ですよ。ただ、欧州と同様に中華と朝鮮にも直接的な介入は致しません。隣人だからといって付き合う必要もないのです。初めから互いに争いも協力も必要がない関係にしてしまえば、お互いに幸せですよ」
人類から争いが消えることはないでしょう。元の世界とて結局は力ある者が世界を左右していたのです。本当の弱者は誰も助けてはくれません。
今からなるべく血が流れない方法で日本の環境を整えることが必要です。
私は守りたいのです。私たちや私たちを信じてくれる者たちの国を。やがて生まれてくるであろう。私たちの子供たちが生きていく国を。なんとしても守りたいのです。
「エル……?」
少し未来のことを考え込んでいたら、もう一度。愛してほしくなりました。
たまには私から求めてもいいですよね?
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