第489話・謎の久遠諸島・その五
Side:久遠一馬
「ここが畑か?」
もうすぐ昼食の頃だが、織田家御一行様を連れて果樹園に来た。
「果物の畑ですよ。正確には試験村ですが。各地から集めた果物をここで植えて試しているんですよ」
南国特有の果樹の木々やパイナップルの畑が見える。信長さんもこの光景には驚いたようだ。
連れて来た果樹園には現在十数種類の果物が栽培されているが、生産重視というよりは栽培方法と品種改良を目的とした果樹園となる。あれこれと教えている知識を試していますよということを見せるための果樹園だ。
「木がいっぱいだね」
ロボとブランカが果樹の木に対してクンクンと匂いを嗅ぎ、リードを持っているお市ちゃんは二匹に引っ張られるように果樹の木々の側にいくと興味深げに触っている。
「なんと……、これほど苦労を重ねたものとは……」
「はい。作物と同じですね。どうやれば育つのか、どうやればより美味しくなるのかは長い時を費やして試していかねばなりません」
果樹園にも煉瓦の建物があり、そこには研究施設と膨大な試験栽培の記録庫があった。
果樹園に足を踏み入れる前に信長さんたちにそれらの記録を見せたが、資清さんはその細かな記録に驚きと共に衝撃を受けた様子だった。
エルはさっきのバナナや尾張で植えている作物の話を例に栽培技術の確立や、品種改良の苦労を語っていくが、信長さんでさえウチがここまで地道な苦労を積み重ねているとは思わなかったのだろう。唖然としている。
「誰? うるさいわね」
書庫の本を見ていたオレたちだが、少し不機嫌そうな女性の声に織田家御一行様の皆さんが静まり返る。
「悪い、プリシア。ちょっと視察に来たんだよ」
「あら、帰ってきたって本当だったのね?」
現れたのはジーンズにTシャツ姿の女性だった。歳は二十二歳。技能型アンドロイドのプリシアだ。時代をまるで無視しているね。とはいえシンプルでありえなくもないコーディネートだけど。
彼女はラテン系美女をイメージして作ったアンドロイドだ。オレンジのウエーブがかかった髪を後ろで結っている。
「ここはそなたが働いておるのか?」
「そうですよ、若様。あっちこっちから集めた種や苗なんかをここで植えてみるのよ」
少し不機嫌そうだったプリシアだったが、演技巧いな。地道な研究で疲れている様子がそのまま表れている。
「ねえねえ、これおいしいの?」
「それそのままだと酸っぱいわよ。そうね。まだこっちのほうが美味しいと思うわ」
プリシアはエルから引き継ぐように苦労を語るが、フリーダムなお市ちゃんがどこからかパッションフルーツを拾ってきていた。
なんとなく美味しそうに見えたんだろう。パッションフルーツはこの時期が旬だしね。
「それは食べられるのか?」
「これも酸っぱいけど、美味しいわよ」
なんとなく食べたそうにしているお市ちゃんに、プリシアは仕方ないなと言いたげな表情でどこかに行くと、パイナップルを持ってきた。
その刺々しい葉っぱと見た目に食べられるのかと、信光さんが怪訝な表情をする。プリシアはそんな信光さんや周囲の武士に自信ありげな表情でパイナップルを切ると、甘い匂いが広がる。
一口サイズに切り分けると、そのまま手づかみで味見することになる。
「おおっ、これは確かに……。だが美味いな!」
迷わず手を付けたのは信長さんとか信光さんとか資清さんとか、ウチと親しい人たちは迷う様子はない。ただ重臣の子弟は少し迷いの様子を見せていたが。
肝心の味は未来の品種より少し酸味が強いかな。だが信光さんは気に入ったのか、驚きつつふたつめに手を伸ばしていた。
「これは今、栽培方法とかもっと甘くならないか試している果物ね。ただ、欠点は尾張だと育たないわ。寒いところだと駄目なのよ」
お市ちゃんと乳母さんも食べているが、お市ちゃんは一瞬酸っぱそうな顔をしているね。とはいえ美味しさも理解したのかすぐに笑みを浮かべていたが。
まあこの時代だとみかんも酸っぱいものが普通だからね。慣れていると言えばそうだろう。
プリシアがパイナップルの話を語るのを、信長さんたちは静かに聞いている。多少なりとも苦労は伝わったかな?
その後、プリシアと別れて果樹園を実際に見て回ることにした。さっきお市ちゃんが拾ってきたパッションフルーツはすぐ近くに木があった。
熟した実がいくつか落ちていて、木自体は蔦のように支柱に絡ませてある。
「市が拾った実か。これも食えるのであろう?」
「はい。ですがかなり酸味がありますよ。当家では加工して食べていますので……」
信長さんは落ちていた実を拾うと念のためか食べられるのかと確認したのち、がぶりとかぶりついた。チャレンジャーだな。重臣の子弟の皆さんがギョッとしているよ。
「これは確かに酸っぱいな。……だが美味いではないか」
「あにうえ、市もたべる!」
「いいぞ。市はひとつでは多かろう。これを一口食べてみろ」
品種はどの品種だろう。たぶんこの時代の品種よりはマシな品種だと思うんだけど。未来の品種なんだろうか? そこまで聞いてないな。
信長さんはそのまま種ごとむしゃむしゃと食べていたが、信光さんも続いて食べると資清さんや勝家さんに信清さんも続いた。
そんな光景が羨ましかったのだろう。お市ちゃんが信長さんの着物を引っ張っておねだりをすると、信長さんは食べかけのパッションフルーツをお市ちゃんにあげていた。
「しゅっぱい。しゅっぱい」
ああ、お市ちゃんがパッションフルーツの酸味に顔をゆがめて辺りを走り出した。予想以上に酸っぱかったらしい。
「ハハハ、市はまだまだだな。この酸っぱさがいいのではないか」
信長さんは意外に気に入ったらしい。走り回るお市ちゃんを笑いながら返していったパッションフルーツを完食していた。
「これは食えるか?」
「申し訳ありません。それは本当にまだ早いです」
「そうか」
見知らぬ果物が気に入ったのか、信長さんは果樹園を回っては実があれば食べたいと言うが、残念ながら季節じゃないものは食べられない。わかりやすく残念そうにされると可哀そうになるね。
「これは、若様のケーキの三日目に使った実ですよ。あいにくと生で食べるものではありませんが、あとでお出し致しますね。現地の者はカカオと呼んでいた実です」
「おおっ、あの土色のケイキか!」
「あれすき!」
そのままいろんな果樹を見ていくが、信長さんとお市ちゃんの反応が変わったのはカカオの木を見た時だった。
信長さんの結婚式の三日目に出したチョコレートケーキをふたりとも覚えていたらしい。あれは織田家以外の招待客に出したケーキだから、重臣の子弟の皆さんは知らないようでチンプンカンプンな様子だ。
資清さんたちは今年のバレンタインにエルがお菓子として配ったのを食べたので知っている味だが。
「あれはなんだ?」
「硝子の建物です。もっと暑い場所の作物を育てるために試しを
果樹園の視察もそろそろ終わりかなという頃、見えてきたのはガラスの温室だった。
木の枠組みにガラスを全面に設置した戦国版温室になる。その姿に織田家御一行様の皆さんが驚いているのが見える。
尾張ではガラスはウチが持ち込むモノ以外は手に入らない超高級品だからね。それが大きな温室を作るほどあるのだから、驚くなというほうが無理だろう。
お市ちゃんはいまいち理解してないようで、ロボとブランカと一緒にきょとんとしているが。
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