第488話・謎の久遠諸島・その四
Side:久遠一馬
「ふたりともよく似合っているよ」
翌朝、お清ちゃんや千代女さんも洋服を着ることになった。この時代の洋服からあまり逸脱しない範囲で、元の世界のアレンジとセンスで着こなす服になる。シンディたちに勧められて着替えたようだ。
洋服はウェディングドレス以来なためか、期待するような恥ずかしいようなふたりに、シンディが後ろから褒めろというジェスチャーをしている。
さすがにそのくらいはわかるんだけどな。シンディの中でのオレの評価はどうなっているんだろう。
まあそんなことが朝からあったが、朝食を食べると島の視察に行くことになった。
移動は馬車だ。馬車鉄道は起伏が激しい島だと向かないところが多いからね。基本的な道は石畳で敷き詰めていて、馬車にも板バネによるサスペンションが使ってある。
昨日の馬車鉄道もそうだったが、馬車の馬は中型のアラブ馬だ。尾張では馬車の馬として織田家と久遠家と斯波家用の馬はいる。ただよく見たことがない人も多いのだろう。朝に屋敷の前に用意された馬を織田家御一行様の皆さんが興味津々な様子で見ていた。
「その馬は起伏が激しい悪路とか向かないんですよね。石畳の上を走らせるならいいんですけど」
可成さんとか勝家さんは特に欲しそうに見ていたが、きちんと利点と欠点を教えないと駄目だ。砂漠とか気候に対する耐性はあるんだろうけどね。
「ほう、そういえば少し足が細いな」
過去の歴史をみれば、必ずしも大きくて立派な馬がいいと言われてはいないんだよね。この時代の日ノ本だと獣道での山越えとか普通にある。それに海外の馬はよく食べるしね。
元の世界では馬と言えばサラブレッドが一番有名だが、あの馬は繊細でこの時代には向かないだろう。
日本在来馬とアラブ馬のような海外の馬を掛け合わせて新たな馬を作るのもいいんだろうが、蝦夷地を開拓するとかない限りは必ずしも優先度は高くない。
見慣れているはずの信長さんはともかく、信光さんは意外な欠点だったのか足の細さに少し驚いている。
「意外に大きい島だな」
馬の話もそこそこに視察に出発する。石畳みの上をパカパカと馬が引き走る馬車に乗り、皆さんは景色を眺めている。
人が住める島だし、史実では小笠原諸島全域で七千人ほどの人口が最盛期には住んでいたという。そこまで狭いわけじゃない。もっとも平地が少ないので、居住地域は限られてしまうが。
港から近い町の部分を抜けるとのどかな景色が広がり、信長さんが思っていた以上に広いことに驚きの言葉を口にした。
お市ちゃんは今日も洋服で相変わらず楽しそうだ。お出かけが楽しいんだろう。
エルたちの洋服姿は久々だな。これはこれで新鮮でいいね。
「あちらに見えるのがこの島の工業村です。現在は製鉄の燃料を加工する作業と、尾張で造った鉄の精錬を主にしております。高炉はまだ火を落としていませんが、現在は鉄の製造まではおこなっていません」
比較的港に近い場所に島の工業地区がある。見た感じの景色は煉瓦造りの建物が並ぶ工業団地か。もくもくと煙を吐き出している煙突がいくつもある。
到着したので馬車を降りて建物を見ながらエルがガイドさんのように説明していくが、わかった顔をして皆さんチンプンカンプンな感じだね。高炉の仕組みは資清さんや信光さんですら知らないだろう。
信長さんと資清さんには簡単に説明はしたが、よくわからないと言われたことがある。基礎的な科学知識がないとそんなものなんだと思うけど。
高炉に関しては、現在でも使っていることにするようだ。高炉は一度火を落とすと再稼働が大変らしく、ここの小型の高炉も最低限の維持をするべく生産しているようだ。
皆さんには鉄を精錬する反射炉と、尾張にはまだないコークス炉を見せる予定だ。あとは金色砲や銭の鋳造所とか製造工場もあるが、こちらは見せない方針だ。
あとで信長さんくらいには個別に見せてもいいんだろうけど。重臣の子弟には銭の鋳造は見せられない。機密が拡がれば、いずれ漏れてしまうからね。
ああ、高炉や反射炉に必要な水車のための川は人工の川を作ったみたい。人工の川で水車と荷物の運搬に使っているという形にするんだって。
「くーん」
「くんくん」
それにしてもロボとブランカは、クンクンと匂いを嗅ぐのに忙しいみたいだね。楽しそうに見えるのは気のせいなんだろうか?
「はーい、おやつですよ~」
「南国のくだものでござる」
「バナナなのです!」
一通り視察すると、パメラとすずとチェリーがおやつを持ってきた。まだ午前中なんだけど、この時代は朝ご飯が早いから小腹が空く頃だ。
バナナ。和名だと芭蕉というらしいが、日ノ本の芭蕉とバナナは厳密には違うらしいし、チェリーがバナナと言っちゃったしバナナでいいか。
みんなで工業地区の公園でバナナを食べる。……相変わらずシュールな光景だ。
「これは美味いな!」
「おいちい!」
バナナの反応が一番よかったのは信長さんとお市ちゃんだった。二人とも果物とか好きだからな。そういうところは本当に似ている兄と妹だ。
「バナナと。なるほど……。慶次郎殿、済まぬがこれもあとで絵を描いておいてくれぬか?」
「お任せを」
太田さんは関東に行った時も旅の様子をメモしていたが、今回もメモしている。太田さんには鉛筆をあげたら、どこでも気軽にメモできると喜んでいるんだ。
でも慶次に絵まで頼んでいたのか。まさか今度の旅の記録は絵も入るのか?
ちなみに関東の時の旅の記録は『天文関東道中記』としてすでに完成している。学校でも教材に使っているし、信秀さんや信長さんにも献上した。
評判はいい。里見家との海戦は紙芝居の題材としても評判がいいんだよね。
「これは
「奥方様に土産ですか。権六様はお優しいですね。ただこれは生ですので、土産には保存が利く瓶詰を用意いたします」
バナナを気に入った人がもうひとりいた。密かな甘党である勝家さんだ。ただ彼は愛妻家でもある。バナナをお土産にしたいらしい。
でもなぁ。バナナは傷つきやすいしね。この時代ではなかなか輸送が大変だ。エルがクスクスと笑みを浮かべて代わりのお土産を用意することを約束していた。
「エル殿。かたじけない」
おおっ、熊みたいな勝家さんが照れた。
あれ、そういえば信清さん大人しいな。
「十郎左衛門殿、どうかしましたか?」
「いや、世は日ノ本の中に留まらず、広いのだなと思うてな」
気になって声を掛けてみる。体調が悪いならパメラが気付くだろうし、やはり精神的なものか。
しかしバナナの皮を見つめて世の中の広さを語るのか。真面目な話だし笑うほどじゃないが、違和感があるな。
ただまあ仕方ないのかなと思う。信清さんくらいになると城からほとんどでないし、出ても自分の領内くらいだ。
京の都でさえも夢のまた夢。自分の領地と近隣の領地を見て、いかに領地を広げるかを考えていればよかった環境だったからかね。
「海の向こうには日ノ本よりも大きな国がたくさんあり、見知らぬ言葉と文明を持つそうですよ。きっと面白いものや美しいものも数多なら、過酷なものもあるでしょうね」
世界を見てほしいと言っても実際に見ないと簡単ではないだろう。とはいえこれをきっかけに。ちょっとでも自分の生活圏の外を見てみたいと思ってくれればいいんだけど。
史実みたいに甲斐の武田家に逃亡しても苦労が多いだろうしね。
さて、このあとは果樹園の視察だ。
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