第487話・謎の久遠諸島・その三

Side:滝川一益


 ふう、やっと終わったか。父上の代わりに仕事をしておるが、これほど大変だとは思わなかった。すっかり日が暮れてしまったな。


 父上が殿のお供として本領に行き、九日が過ぎた。今日か明日には本領に着く頃だと聞くが、皆は無事であろうか?


 お方様たちはよく船で行き来しておられるのだ。案ずることはないとは思うが、万が一殿と父上たちが戻らねば……。織田は大変なことになる。


 とはいえ船に乗ることは、離島が本領である久遠家の定め。船に乗らねば生きてゆけぬのだ。


 日ノ本の者は戦で隣国の土地を獲るが、久遠家では船で人の少ない土地を獲るのだという。いずれがいいかはわからぬが、それがいかに大変なことかは一度でも船に乗ればわかるというもの。


 とはいえ海の向こうには日ノ本より遥かに広く大きな土地があると聞けば、そこを得たいと思うのは当然のことか。


 飯は久遠家で頂いたゆえ、あとは屋敷にもどって酒を飲んで寝るだけだ。


 そろそろ嫁を迎えねばとあちこちから言われておるが、わしは未だ独り身だ。仮に家のために嫁を他家から迎えるとあらば、恐らく簡単に決まるのであろうが。


 殿は家と家の婚礼は好まれぬ。それに久遠家家中ならばよいが、他家から嫁をもらえば久遠家のためにも滝川家のためにもならんことが、余計に嫁が決まらぬ理由だ。


 久遠家家中の尾張衆を見ておると、それをよく理解する。


 以前には殿が召し抱えた者の本家や主家を名乗る者たちが、当然のように召し抱えた者より良き待遇で殿に召し抱えられて当然と考えてやってきておったのだ。尾張衆はほとんどが織田の若様の推挙で召し抱えたというのに。


 素直に召し抱えた者より小者でもいいと頼んできた者たちは歓迎されたが、最初から過大な要求をした者はだれひとり召し抱えなかった。


 分別がある者ならばいいが、望月家をみても難しそうだ。地位や銭は人を狂わす。望月殿も嘆いておったな。


「彦右衛門様、お帰りなさいませ」


「お富殿、いつもすまんな」


 考え事をしながら屋敷に戻ると、世話してくれておるお富殿がまだ残っておった。


 彼女は滝川家に仕えてくれておって、共に甲賀から付いてきてくれた者だ。


「お富の再婚も考えねばな」


 このお富は亭主を素破働きで亡くしておる。わしが甲賀の里を出たあとのことだったらしい。父上が案じて甲賀の滝川城で下働きをさせておったようなのだ。


「私のことは彦右衛門様が奥方様を迎えてくれてからで構いません」


「いつもすまんな……」


 酒と肴を持ってきてくれたお富は、酒を注いでくれた。まだ二十五だ。若くて子も望めよう。そろそろ再婚相手を探してやらねばならんのだが。


 尾張に来てからお富はわしの寝所にくるようになった。父上か母上が寄越したのか、それとも本人が自身の了見りょうけんで来ておるのかは聞いておらん。


 慶次のように遊び歩かぬわしを誰かが案じてくれたのであろうが。




Side:久遠一馬


 鯨尽くしでお腹いっぱいだ。信光さんは資清さんや織田家御一行様の皆さんと一緒にお酒に移行しているが、慶次はのんびりと絵を描いていて、ほとんど飲まない信長さんはちびちびと飲みながら窓から外を眺めている。


「慶次、上手くなったなぁ。殿が見たら喜びそうだ」


 慶次はなにを描いているのかなと覗いてみたら、ロボとブランカと遊ぶお市ちゃんの絵を描いている。しかも写実的で巧い。お市ちゃんの表情がイキイキと描かれているね。


「いや、メルティ様に比べたらまだまだでございまするよ」


 えーと、慶次君。メルティと比較してもね。メルティはアンドロイドだし、絵も何年も描いていた経験があるんだ。君は生身の人間なのに、なぜ比較できるレベルになっているんだ?


 実は慶次はギャラクシー・オブ・プラネットのアンドロイドだったと言われても、納得するかもしれない。


「明日には島のみんなが、歓迎の宴を開いてくれるそうですわ。今日は疲れている方も見受けられますので明日改めてということになりましたわ」


「左様か。気を使わせたな」


「いえ、島の外からの客人に皆が喜んでおりますわ」


 一方信長さんの方にはシンディが明日の報告をしていた。歓迎の宴とか信長さんへの挨拶は明日になるんだ。本当は今日オレたちが来ることはわかっていたし、事前に組んでいた予定ではあるが。


 表向きは突然やってきたことになっているからね。


「そうだ。あの明かりはなんだ?」


「あちらは海の船に向けている明かりですわ。灯台と私たちは呼んでいますの。夜に戻ってくる船に、島の位置を知らせる明かりですわね。あちらは道を照らす明かりですわ。街灯と呼んでいまして、当家の技術で石炭から取り出した燃料で燃やしているんですのよ」


 付き合い程度にちびちびとお酒を飲んでいた信長さんは、ちょうどいいとばかりに報告していたシンディに外に見える明かりについて訊ねていた。


 窓からは灯台の明かりと、港と港に近い町の大通りにあるガス灯の明かりが見えるんだ。むろん各家庭の明かりも見えるね。それが珍しいんだろう。


 尾張でも信長さんの結婚式とかウチの結婚式の時にかがり火をたいていたように、城や町でかがり火をたくことはある。


 ただ、灯台の光も町の街灯も石炭ガスを燃料にした明かりなんだ。コークス炉でコークスを精製する際に得られる石炭ガスを使っている。ゆらゆらと揺らめくようなかがり火とは違う明かりに気付いてくれたらしい。


 今日ここに泊まるようにしたのも、そんな灯台と街灯が見えるようにと考えてのものだ。


「日々付けておるのか?」


「はい。日々夜毎よごとですわ。灯台は夜明けまで付けていて、街灯は日暮れから一刻ほどですが」


「それは凄いな……」


 信長さんが静かに驚いているというか、考えるように驚いている。町を明かりで照らす。戦国時代だと贅沢なことで燃料代も馬鹿にならないからね。


 考えているんだろう。尾張や日ノ本の現状とこの島の違いを。少し刺激が強すぎたのかもしれない。


 そうそう、信清さんと勝家さんとか重臣の子弟の皆さんは借りてきた猫のように大人しくお酒を飲んでいる。落ち着かないんだろうなぁ。


 特に重臣の子弟の皆さんは、親とか家の当主に命じられてきただけだしね。受け身でここまで来ただけに、深く考えるというよりは異文化に圧倒されているだけのように見える。


 信長さんとのこの違いが、成功する人とそうでない人を決めるのかもしれないと感じなくもない。




 結局この日は早めのお開きとなった。みんな長旅で疲れているだろうしね。揺れないところでゆっくり寝たいだろう。

 

 オレも休むために自分の部屋に入るが、知っているフリをして初めて入る気分はちょっと複雑だ。


 部屋にはキングサイズより更に大きいベッドがどかんと置かれてある。部屋自体も広い。何畳あるんだろう。


 ベッドやり過ぎじゃない? 半分アンドロイドのみんなの悪ふざけに思える。


「すごい……」


「こんな大きい鏡は初めて見ました……」


 一緒に部屋に入ってきたお清ちゃんと千代女さんが驚いているのは、姿見の鏡だ。金で装飾された扉一面ほどありそうな大きな鏡。


 化粧台とかもあるし、高そうなテーブルと椅子もある。なんというか落ち着かないな。


 ちなみに今回の船旅ではオレは個室をエルたちと使っていた。関東行きの時は雑魚寝だったけど、今回は身分があるからそのほうがいいとエルに言われてね。


 お市ちゃんはお付きの乳母さんは一緒だけど当然個室で、あとは信長さんと信光さんも個室だった。オレはエルたちに加えて、交代で島に戻るアンドロイドのみんなも一緒という事で、十数名になるので大きい個室だったけど。


「明日も早いし、早めに休むネ」


「そうですわね」


 ああ、部屋にはほかにリンメイとシンディとパメラもいる。今日くらいは別の部屋でゆっくり休んでもいいんだよ? とはいえこの状況にはもう慣れた。拒むほどこの状況が嫌いではない。


 夜はこれからということだ。



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