第485話・謎の久遠諸島
Side:久遠一馬
南蛮船の接岸地区に残ったのは船乗りたちだった。佐治水軍の船乗りも残り、船の保守点検と積み荷の荷下ろしをすることになる。
港地区には幾つもの倉庫がある。建物の半数以上は倉庫だと言ってもいい。交易の品と鉄鉱石とコークスを現状の規模で尾張に運ぶには相応の規模が必要となるからね。
もっともシベリアと南方の島にも拠点があって、そこにも入植地があることにはしているけど。
「おおっ、あそこの屋敷は尾張と変わらんな」
風景は史実の明治期から大正期という感じが近いかもしれない。当然木造建築の建物もある。古びていて、そろそろ建て替えでも必要ではと思う建物もね。
信光さんはそんな古びた木造建築の建物を見つけて少し嬉しそうだった。
見知らぬ国に行き、日本語の看板でも見つけたようなものだろうか。オレにそんな経験はないけど。なんとなくそんな感じがする。
そのまま港地区をブラブラと見物しながら歩いていると、馬車鉄道の停留所に到着した。なんというか信清さんとか勝家さんとか重臣の子弟たちが静かだ。資清さんもあまり反応がない。思考が追い付かないのだろう。
「これは……」
「馬車ですね。工業村で試作させている鉄道用馬車です。ウチの島だと盗人も出ないので、こうして
しばらく待っていると鉄道用馬車がやってくる。大型の馬に引かれた馬車にみんなで乗ると、町を見ながら馬車は走る。
「あら、この馬車、揺れませんね」
「うん。がたごとしないね」
馬車鉄道の利点に真っ先に気付いたのはお市ちゃんの乳母さんだった。さすがに一番馬車に乗っている人だけはある。
斯波家・織田家・久遠家に馬車があるが、彼女とお市ちゃんが一番乗っているだろう。オレたちは馬での移動も多いからね。
「それがこの馬車鉄道の利点なんですよ。鉄の棒の上を走ることで滑らかに行き進むことができます」
「尾張にもほしいな」
「これは便利だ」
乳母さんとお市ちゃんに馬車鉄道の利点を教えていると、信長さんと信光さんは気に入ったようで馬車内を触ったりしてみている。
「その方は面白き恰好をしておるな。なんの仕事をしておるのだ?」
「へえ? えっと……あっちで鉄の精錬をしております」
あーあ、信長さんはそのまま乗り合わせた人に声を掛けちゃったよ。あれ本物の人間か? バイオロイドか? 擬装ロボットは雰囲気でなんとなくわかるが、バイオロイドになると、見た感じだけだとオレにもわからないんだよね。
服装は甚平と言えばわかるだろうか。元の世界では夏場などに着ている人がいる和服っぽい服というか、洋服っぽい和服というか。
夏も近いし、緯度も低いこともあり、結構暑いしね。快適なんだろうが、服装とかもアンドロイドのみんながいろいろ考えてくれたからなぁ。
見知らぬ信長さんに戸惑った表情の領民に、信長さんは根掘り葉掘り話を聞いていくよ。うん、リアルだ。
鉄道用馬車にはガラス窓が付いているが、車窓には人々の営みが見える。大八車もあるし、リアカーのように箱形を木材と鉄のフレームで作った、大八リアカーのようなものとか面白そうなものがいろいろある。さすがにゴムのタイヤまでは使ってないみたいだけどね。
ただ港を離れると木造建築が増えてくる。畑も結構ある。
「田んぼはないのだな」
「ええ、この島には田んぼを作れるような土地も水もありませんので」
領民との話を終えた信長さんが戻ってきたが、景色の中に田んぼがないことに少し驚いている。
「田んぼはいずこにあるのだ? 米も持ち込んでおっただろう」
「米はこの島とは別の島で作っています」
ああ、なんで田んぼに気付いたかと思えば、尾張に持ち込んでいるからか。現状では持ち込んでいる量は多くない。ウチで食べる分と信長さんとか信秀さんに献上する分と、あとは試験栽培の分か。
とはいえウチでどんな稲作をやっているか気になるんだろうね。
ミクロネシアを領有しちゃったし、あのあたりで田んぼを実際に作る必要があるか。さすがに信長さんたちが、ミクロネシアまでは見に行くこともないんだろうけどさ。
「おおっ!」
「おうち?」
しばらく走った馬車鉄道を降りると、少し小高い丘を登る。白い建物が見えると織田家御一行の皆さんがどよめいたのがわかる。お市ちゃんは白い屋敷になにを思ったのか少し首を傾げた。
西洋建築で建てた白亜の豪邸だ。城という感じではない。ただ日本の文化も混ざっている。やはり大正期の西洋建築のようだ。
「ここは城でしょうか?」
「うーん。城じゃないかな。防衛は考えていないし。狭い島だから外敵とは海で戦うことになるかな」
妻となった千代女さんとお清ちゃんはポカーンと見ていた。ほかの皆さんも驚き周囲を見渡したりしているが、お清ちゃんがふと城かと訊ねてきた。
城ではないんだよね。一応塀はあるが、防衛というよりは敷地の景観のためにある。防衛という観点から言えば海での撃退が主で、あとは港や集落を守る警備兵くらいはいるが、この屋敷で防衛は考えてなかったはず。
「ようこそ、いらっしゃいませ!」
屋敷の玄関口で出迎えたのは洋服姿の男女だ。ただ、あれはメイドさんか? 元の世界のように過度な脚色をされてはいないが、洋服にエプロン姿のメイドさんがいる。
ちょっとやり過ぎじゃない?
十人ほどの男女が整列して出迎えてくれた。
「なるほど、南蛮の間に似ておるな」
「ああ、兄者が見たら喜ぶだろう」
こういう時に日頃の身分とか本人の素質がわかるね。信長さんと信光さんはあまり戸惑いもなく屋敷に入っていく。ふたりは広い玄関フロアーに清洲城にある南蛮の間という、西洋建築の部屋を思い出したらしい。
確かに信秀さんが喜びそうかも。どういうわけか南蛮の間がお気に入りらしいからね。あ、義統さんも結構気に入っていたな。話を聞いたら二人とも来たがるのかな?
「ただいまでござる!」
「姫様に案内するのです!」
「わーい、ろぼ、ぶらんかいこ!」
すずとチェリーはさっそく慣れ親しんだ我が家に戻ったとばかりに、お市ちゃんを連れて二階に上がっていった。
ああ、靴は玄関で脱ぐようにしているよ。そこまで西洋建築をそのままじゃない。
「これが南蛮の屋敷ですか……」
「ここは遥か西のエルたちの故郷の技で建てた屋敷です。ただ、
資清さんや太田さんに佐治さんなんかは、なんと言っていいかわからない感じだ。どこをどう褒めるとか見ればいいかわからない感じで言葉が出てこない様子。
彼らは頭がいいし、オレたちと自分たちの価値観が違うことを知っているからね。気を使ってくれているんだろう。
ちなみにオレの屋敷というのがほかにも二か所、父島にあり、母島にも屋敷があるらしい。そんなに要らないんだけどね。一応は領主的な立場だからなので、ある程度の威厳や権勢は必要みたい。
「ウチの島への来客は初めてですよ」
「そうなのか?」
織田家御一行を応接室に通してシンディがみんなに紅茶を入れると、皆さんはホッと一息ついていた。正直言葉が出ないほど驚くとは思わなかった。
史実の幕末に欧米へ視察に行った人たちも、こんなかんじだったのだろうか。
ちょうどいいので初めての来客だと教えると今度は普通に驚かれた。まあ普通に考えてこれだけの商売しているんだから、ほかの南蛮商人がくることもあると考えていたんだろう。
「この島は他国には秘匿しているのです。特に遥か西から来る南蛮船を持つ者たちは強欲で危険な神を信じております。日ノ本で言えば加賀の一向衆に輪を掛けたような存在です」
窓から吹き込む南国の風と遠くに見える海の景色、そしてメルティ作の西洋絵画を飾ってある部屋を物珍しそうに見ていた織田家御一行様の皆さんの表情が一気に変わった。
エルが語った島を秘匿している訳に、彼らの顔が武士の顔に戻った。
「それほどでござるか?」
「はい。この島には先代様などに助けていただいた者が多くおりますが、特に私の一族は宗教の教えに反しているという理由で迫害されて逃げてきたのだと聞き及んでおります」
ある意味彼らにとってこの島は、夢の島。竜宮城みたいな感覚だったのかもしれない。現実味がなさ過ぎてリアリティがなかったのだろうが、外敵の存在にリアリティを感じたんだろう。
キリスト教の危険性は、資清さんとか信長さんあたりは何度か話しているので知っている話だし、信光さんも話くらいは聞いているはず。ただ、信清さんとか勝家さんとか重臣の子弟は知らなかったんだろうな。
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