第484話・久遠諸島への道・その五
Side:久遠一馬
「船が見えるぞ!!」
「船だ!! 黒い船だ!!」
蟹江を出て九日目。もうすぐお昼だという頃に甲板が騒がしくなった。
船室にいたみんなが甲板に出ていくので続くと、そこには確かに真っ青な海に白い帆と黒い船体が見えた。
「
「あれは本領の船です。近海で漁業と警戒に当たる船ですね」
織田家御一行はどこの船だと騒いでいて、信長さんに至っては敵かと警戒しているがエルが説明すると安堵した声が聞かれる。
見えてきたのはキャラベル船だ。船酔いに苦しんでいた重臣の子弟たちは近海という言葉に一気に表情が明るくなった。
「前方に島が見えました!! 久遠諸島、父島です!」
それからほどなくしてマストの上で監視していた船乗りから、本領が見えたと報告があると、みんな嬉しそうに歓声を挙げた。
「姫様、久遠島ですよ!!」
「わーい!」
「くーん」
「わん! わん!」
乳母さんとお市ちゃんも島が見えて喜んでいる。お市ちゃんはまったく、乳母さんは海が荒れないと酔わないが、それでもここ数日海ばかり見ていて飽き飽きしたのだろう。
ロボとブランカはよくわかってないみたいだけど。
キャラベル船はこちらに気付いて船員たちが手を振って歓迎してくれた。船はそのまま父島北部にある二見湾へと向かう。
「あっ、イルカだよ!」
「おさかなさんだ!!」
島がどんどん近づいてくるが、その時パメラがイルカを見つけた。船と並走するように泳ぐイルカにパメラやすずとチェリーが喜んでいる。
でもお市ちゃん、あれはイルカだよ。というか戦国時代だとイルカも魚という感覚なのか?
「煙が上がっておるな。例のあれか?」
「そうですね。鉄の施設とか、いろいろ。あとは蒸し石炭を作っている場所などがあります」
そのまま船は更に島に近寄る。信長さんは接近した島から立ち上る煙に気付き、ここがウチの本領なのかと感慨深げな表情をしている。
船は二見湾に入ると船員たちが礼砲の準備に入った。関東に行った際にとっさに吐いた嘘から始まった礼砲だが、現在では尾張でも船が到着すると礼砲を撃っている。不思議と習慣化するとそれが当然のように思えてくるから面白い。
「なんと立派な湊だ……」
「蔵が幾つもあるぞ!!」
四隻の船から大気を震わせるような空砲が撃たれると、港にいる人たちが手を振っているのが見える。
それにしても見違えたね? ちゃんと港と町があるよ。島の建設状況は報告を受けていたけど。とはいえこうして実際に見ると感慨深いものがある。
港にはガレオン船が二隻とキャラベル船が二隻停泊中だ。ガレオン船では荷物の積み下ろしをしているね。
というか、ここは三年前まではなにもなかったんだよ? まるで百年前からここに町があったと言われても驚かないし疑わないほどの町がある。
港の建物は煉瓦やコンクリートで固めた堅固な建物が多い。建築様式は和洋折衷という感じか? 西洋風な建物も多く、信長さんたちも目を奪われている。
港には浮き桟橋と岸壁合わせて複数の船が同時に接岸できる場所があり、見た感じは蟹江より立派だ。船乗りの擬装ロボットとバイオロイドが着いたと喜ぶが、その一方で織田家御一行様のみんなは言葉が出ないほど見入っている。
「四隻も来たから何事かと思えば、織田の若様じゃないの。わざわざ来たの? 物好きね」
船が港に接岸すると出迎えてくれたのは、港にいたアンドロイドのイザベラだった。
万能型アンドロイドで、見た目はちょっとキツめでピンクの髪をして細身の眼鏡をしている。標準体型で歳は二十歳で設定した。
いわゆる女教師っぽい容姿でイメージしたが、マッドサイエンティストのほうが似合っているかもしれない。元は司令部の参謀だったんだけど。
「イザベラか。息災なようだな。お前たちの故郷が見たくて来たのだ。しかし珍しい着物だな? 婚礼の時の着物に似ておるようだが」
信長さん、地味にウチのアンドロイド全員の顔と名前を覚えているみたいだね。イザベラなんか直接話したことはなかったはずなのに。
ちなみにイザベラは洋服を着ている。カジュアルなワンピースタイプと言えるだろうか。ある程度はこの時代を意識してアレンジをしている。
細かいデザインはこの時代にはないが、原型の形はそんなに大差ない感じだね。
「ここ、尾張より暑いのよ。それに動きやすいのよ、これ」
ガレオン船からは岸壁に
イザベラのほかにも出迎えの人がいる。ほかの人は島の警備兵だ。衣装はおそろいの洋服。シンプルにしているが、着物ではない。
これはアンドロイドのみんなが考えてくれたんだよね。島の警備兵の制服とか。伝統とかいろいろ。
「はーい。みなさん。ようこそ久遠家本領へ。大変申し訳ありませんが、まずはここで履物の履き替えと着物と荷物を調べたいと思います。蟹江でも始まっておりますが、ネズミや島にない植物があると、島の農産物に影響がある懸念があります。調べることをご了解ください」
陸地だと喜ぶ織田御一行様だが、そのまま近くの建物に連れていって、ここでは検疫が行われる。
イザベラの説明に意味がわからないと言いたげな重臣の子弟たちだが、信長さんが率先して受け入れると逆らうまではいかない。
履物は様々だ。オレとエルたちと船乗りは靴を履いているし、信長さん、信光さん、お市ちゃんと乳母さんとかも靴だ。あとは重臣の子弟は草鞋だね。いや、船の上だと草鞋はすべるんだよ。
ちなみに靴に関しては、信長さんたちは以前から持っている。関東に行った際には靴で箱根権現に登山したし、オレたちは草鞋も履くが靴も履くからね。欲しがったからあげたんだ。
まあ暑いし、船の中では特に必要もなかったのでみんな裸足だったけどね。
ちなみにここの港はオーバーテクノロジーで管理しているので、ネズミとか外来植物は島には入れないんだけど。実質的には、蟹江で行うモデルケースだね。
「くーん」
ロボとブランカはなにしているのとでも言いたげな様子で見ている。彼らも一応検査をするんだよね。
「本当に日ノ本とまったく違うな」
港での検査が終わると、やっと自由になる。信長さんは島の建物を
木造建築が当然の日ノ本と違うからね。
「昔はウチも尾張と同じような家でしたよ。あちこちから来た者たちがいろいろ教えてくれたので、こうなりましたけど。蔵とかは丈夫なほうがいいですしね。ここも野分が来ると大変なんですよ」
南蛮船の接岸地区を出ると、まるで異世界にでも迷い込んだような織田御一行様を連れて島の中に歩いていく。
足元は石畳で凸凹などなく歩きやすい。あと道の両端にはガス灯がある。石炭からコークスを生成する際に発生する石炭ガスを流用したものだ。これは夜になればみんな驚くだろうな。
「あれは鯨では?」
「ええ、このあたりは鯨が獲れるんですよ」
港をしばらく歩いていると、南蛮船の接岸地区と倉庫街から漁港へと来ていた。ここではちょうど鯨を解体しているところだ。
これも実はわざわざ見せるために獲ってきて、ちょうどオレたちが来る時間に合わせて解体しているんだけどね。
ウチの商品として鯨はそう目立つ存在じゃない。鯨は日ノ本でも獲れるからね。ただ狭い島なんだし、食料事情を考えるとこういうインパクトがある鯨漁は必要だろう。
なんかプレゼンテーションでもしている気分になるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます