第483話・久遠諸島への道・その四

Side:久遠一馬


 翌日は海が荒れ模様だった。黒潮のおかげで東への航路は早く、明日には最初の寄港地である伊豆諸島の三宅島に到着する。


 ここは史実の江戸時代には流罪の地として有名で、火山があることでも知られているだろう。


 関東行きの際に北条家と交渉して寄港許可を取ってからは、ウチの船が定期的に寄港している。無論厳密にいえば必要ない寄港であるが、久遠諸島からだと伊豆諸島を経由した航路のほうが安全であることは確かだからね。


 伊豆諸島は先にも挙げたが、北条家の領地だ。とは言っても頻繁に船が行き来するほどの島じゃない。


 江戸時代ですら年に一度や二度の船で罪人を流罪していた程度の島だ。月に一回かそれ以上の頻度で島に訪れるウチの船で、助かっているのは伊豆諸島のほうだろう。


 水と海産物と季節によっては野菜なんかを補給して、対価として銭や米などを払う。北条家から話は行っているようで、津料という名の税も形式程度だ。


「きゃー!!」


「こんどはこっちでござる!」


「踏ん張るのです!」


 荒れ狂う海でも楽しげなのはお市ちゃんだった。傾き揺れる船にすずとチェリーと一緒に嬉しそうな声をあげて楽しげに騒いでいる。ふと思い出したけど、元の世界でも遊園地の絶叫系アトラクションは女性の方が順応性が高いって言われていたとか…。『男は訓練で乗り越える、女は娯楽にすり替える』だったかな?


「さすがは殿のお子だ……」


 ちなみに船酔いと揺れる船に怯えを隠して、耐えているのが信清さんだ。聞けば海の船は初めてなんだそうだ。


 信長さんに久遠諸島行きの話をした時に、たまたま傍にいたせいで信長さんから一緒に行くかと気軽に誘われて、返事をしてしまったちょっと可哀想な人だ。


 危険で大変だと言ったんだけどね。武士が船や海を恐れてなんとすると妙な見栄を張ってしまっていた。ちょっと運が良くない人なのかも。


 信清さんはお市ちゃんの楽しげな姿を唖然としながら見ている。


「あはは、海は凄いだろう。十郎左衛門。久遠家が如何に苦労をしておるか、船に乗せればわかるのだ。これからは家中の者を、どんどん乗せればいい。誰も一馬に舐めた口を利かなくなるぞ」


「ほう、それはいい考えだな。叔父上」


 ああ、楽しそうな人がここにもいる。信光さんと信長さんだ。ふたりは慶次と資清さんとトランプをしている。揺れる船でよく酔わないよね。


 ただこの人の凄いところは、きちんと要所をおさえていることだろう。ウチの苦労とか、家中にオレたちのことを『氏素性が怪しい成り上がり者』と蔑む者がいることをきちんと知っている。


 信長さんも信光さんの意見に同意しちゃったし。ウチの船を役に立たない人の性根しょうねを入れ替えたり、根性注入の為の道具にはしないでほしい。面白そうだけど。




「陸だ!」


 翌日は一転して穏やかな海だった。遠くに島が見えると重臣の子弟たちが歓声をあげた。


 地味に彼らも船に参っていたからね。彼らは望んできたというよりは親に命じられてきただけなので、どうしてもマイナスに考えがちなのだろう。


「おうち、ついたの?」


「わふ?」


「くーん?」


 一方まだまだ元気なお市ちゃんはロボとブランカと共に、騒がしいデッキに出てきた。


 ロボとブランカは当然繋いでいるよ。走ったら危ないからね。


「いえ、まだですよ。水と食料を補給するんです」


 しかしギャップが凄いな。助かったと言いたげな重臣の子弟に対して、お市ちゃんは船に酔うこともなく旅を楽しんでいる。さっきまで折り紙をしていたくらいだ。


「かず、上陸するのか?」


「普段はしてないですよ。ただ補給に手間がかかるので上陸もできますけど」


 陸地が見えたことで喜ぶ人たちには悪いが、基本は上陸しないんだよね。人目がないと離水航行しているから必要もないし、ガレオン船を接岸できるわけもないし。


 まあ補給も小舟で何回かにわけて運ぶから、その気になれば上陸も可能だ。お市ちゃんが船酔いするなら上陸も考えていたんだけど、一番楽しんでいるし。


 決断は信長さんにお任せだ。


「要らんだろう。面倒だ。上陸すれば領主か代官か知らんが、挨拶せねばならなくなるぞ。それに先方せんぽうにとっても突然行っても迷惑だろう」


「そうだな」


 信長さんは迷ったのか一緒にいた信光さんを見たが、信光さんが否定すると上陸はしないことになった。


 さっきまで喜んでいた重臣の子弟は落胆しているが、中途半端に降りるとこっちも相手方も大変だよね。信長さんとか信光さんがいると無礼も出来ないだろうし。




 三宅島の港に到着した。といってもそれぞれの船が座礁しないと思われているところでストップだけど。佐治水軍の久遠船が一番港に近い。仮に何かあっても『我ら佐治が先鋒せんぽうであり、殿しんがりを努めまする』と、コッソリとオレに告げた佐治さんの目は真剣だった。


 とりあえず各船の点検をしつつ小舟を下ろして、空の樽には水の補給をしてもらい新鮮な魚や野菜があれば買う。対価は米が喜ばれるようだ。


 補給には時間がかかる。天気もいいし島の近くだからか揺れも酷くない。港というか海岸だね。


 そこに集まってくる人たちと補給する様子を見ながらのんびりしていたら、島の小舟に見知らぬ武士らしき人たち数人が乗ってこちらに向かってきた。


「なんか用かな?」


「挨拶に来たのではございますまいか?」


 好戦的な感じもないし、補給の代金や津料はすでに持たせたはずなんだが。


 用件は資清さんの指摘通り挨拶だった。ウチの船員である擬装ロボットから話を聞いた島の代官が挨拶に来たらしい。


「わざわざありがとうございます。本来なら挨拶に上陸したいのですが、天候がいいうちに出立したいので申し訳ありません」


 オレと信長さんで挨拶に顔を合わせるが、船の数に驚き様子を見に来たらしい。


 海の危険性は彼らも理解している。簡単な挨拶を済ませると補給を急いでくれたらしく、数時間で整備と補給を終えて出発した。




 蟹江を出て八日目か。


 途中八丈島で補給をしたあとは一路久遠諸島を目指している。途中領有が曖昧な鳥島などあったが、寄らず南下している。


 船の生活もだいぶ慣れた。船だし揺れるがこの時代の船にしてはマシなんだよね。


 難点は暇なことだが、個人的に暇が苦痛ではないのでのんびりと海を眺めたり、ロボとブランカやお市ちゃんと遊んでいる有意義な時間だった。


 船酔いがダメな人はとことんダメみたいだね。パメラが薬を出して飲ませている。長期航海は死人が出るのも珍しくない時代だし、それと比較したら天国なはずなんだけど。


「おいちいね」


「そうですね。姫さま。こんな海の上でみかんが食べられるなんて……」


 この日のお昼にはみかんの砂糖漬けがみんなに振舞われた。まだ水は大丈夫なんだが、少し参っている人もいることと、明日には島に着く予定らしいので出したらしい。


 ああ、地味に元気なのはお市ちゃんの乳母さんもだ。荒れた日は少し気持ち悪かったらしいが、極端に荒れないと大丈夫らしい。


 最近ではエルたちと一緒に食事の手伝いをしたりと順応している一人だ。


「孫三郎様は外ですか?」


「うん。さっきからね」


 そして一番順応したのは信光さんだ。何を思ったのか、船員と共に操船作業に加わっている。風の向きによって帆を張ったり緩めたりと作業がいろいろあるんだが、それに加わっているんだ。


 大変らしいが楽しいんだって。


 昼食も船員と一緒に食べたりしている。エルは信光さんの分をそっちにもっていくようだ。


「叔父上は何処に行っても生きてゆけるな」


「さすがでございますな」


 信長さんも資清さんも織田家御一行様のみなさんも感心している。武芸ではないが、こう生きる力がある人は尊敬されるんだ。


 正直オレも凄いと思う。信光さんも史実とまったく違う転身てんしんげているよね。


 久遠諸島まであと少しだ。




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