第481話・久遠諸島への道・その二

Side:久遠一馬


 小笠原諸島に織田家御一行様が行くことが決まった。同行者は調整中だが、佐治さんと信長さんは早くも決まりという感じだ。


 この件は瞬く間に織田領に広がった。いろいろと噂もあるし、みんな興味があるんだろう。


 ただ、島の名前が尾張ではいつの間にか久遠島と呼ばれている。正式な名称もなく、久遠家の島ということから呼ばれているらしい。


 ちなみに最近成長著しいお市ちゃんは真っ先に行きたいと言ったらしいが、さすがに許可が下りなかった。下りても困るが。頬を膨らませて抗議していたと、信秀さんが笑って教えてくれた。


 あと千代女さんとお清ちゃんも決まりっぽい。ふたりはウチの先祖代々の墓にお参りしたいと言っている。船旅は大変だよと言ったんだけどね。本人たちは行きたいみたい。


 出発は五日後。船はお酒を運んできたガレオン型かキャラベル型で検討している。速度で言えばキャラベル型が速いだろう。


「佐治水軍はどうしようか?」


 検討中なのは佐治水軍もある。どうも和洋折衷船である久遠船で一緒に行きたいらしい。荷物を運ぶ仕事がしたいんだとか。


「同行させてもいいかもしれません。何事も経験です」


 大丈夫なのかなと思わなくもない。ただエルは彼らのやる気を買っているようだ。まあオレたちと一緒だと最悪船が沈んでも人員は助けられる。悪い選択ではないか。


 この日はエルと帰省のための話をしている。ほかには資清さんと千代女さんもいるので言えないこともあるが。そういえば島はどうなっているんだろう。


 定期的に報告は来るし、最低限の様子は知っているけどね。一応映像で確認もしている。とはいえ実際に見てないだけに楽しみなんだよね。


「そうだ。八郎殿もよかったら行ってみる? 毎回留守番ばっかりだったし」


「某でございますか?」


 ウチのメンバーでは普通に考えたら資清さんは留守番なんだけどね。以前宴会をした時に一度島に行ってみたいと言っていたはず。


 エルは同行するとして、尾張は望月さんや一益さんが残れば大丈夫だろう。それにいい経験にもなると思うんだよね。


 肝心の資清さんは突然話を振られたからか、書類を書いていたが驚いてびっくりしている。


「行ってみとうございますが、役目がありまする」


「彦右衛門殿と望月殿に任せればいいよ。八郎殿も休みが必要だ」


 資清さんは少し迷ったあと、無理だと判断したのか否定的な返事をした。でも通称彦右衛門こと一益さんがいるじゃないか。


 彼は滝川家の次代として最近は資清さんの仕事を学んで手伝っているんだ。元々能力はあったんだろうけどね。一益さんもそんなに文官仕事の経験はなかったからね。


 いい機会だからしばらく任せてみるのもいいと思う。




 最終的なメンバーが決まった。信長さん、信光さん、信清さん、勝家さん、資清さん、佐治さん、太田さん、慶次、可成さん、勝三郎さん、千代女さんとお清ちゃんなどだ。ほかにも重臣の一部やその子弟は十人ほど同行することになるが。


 あとはオレとエル、パメラ、シンディ、リンメイ、すず、チェリーが同行して、尾張に休暇に来ていたアンドロイド十名が交代のため戻ることになる。


 おでかけ常連メンバーではジュリアとケティが外れた。ジュリアは武芸の指導で忙しいということと、移動日数が長いので今回は留守番となった。ケティはただ単にパメラとじゃんけんで勝負して負けたのが原因らしい。


 メルティとセレスは万が一を考えると残らざるを得なかった。この時代に慣れていて信秀さんの信頼もあるふたりならば、万が一留守中に問題が起きても対処できるだろう。


 船団はガレオン型が二隻、キャラベル型が一隻、佐治水軍の久遠船が一隻となる。


 結局佐治水軍は押し切られた。危険だと伝えたんだけどね。


 荷物として運ぶのは粗銅や工業村で作って精錬してない鉄や干した海産物などだ。


「それじゃあ、行こうか?」


「はい」


 蟹江には多くの見送りの人が集まっていた。同行する人の家族やお供の人に地元の領民などたくさん。そうそう、お市ちゃんも見送りに来てくれた。さっきまで一緒にいてお土産を期待していたよ。見送りの人が多く、今はどこにいるかわからなくなったが。


 全員乗り込んだことを確認して出発だ。


 船員である擬装ロボットとバイオロイドが錨を巻き上げ、帆を張る。港にいるみんなに手を振り、尾張としばしの別れだ。


「いってくるよ~」


 家族や家臣に手を振るみなさん。


 お市ちゃんも元気に手を振っている。船の上で。……? …………? あれ?


「姫様!?」


「しゅっぱつだ!」


 おいおい、いつの間にかお市ちゃんが船に乗っているよ。誰だ、連れてきたのは。乳母さんが申し訳なさげにしている。


「はい、ちちうえからおてがみ」


 オレは船を止めるべきかと慌ててエルを見るが、苦笑いしていて仕方ないと言いたげだ。


 そしてお市ちゃんの手には信秀さんの手紙がある。


「本物だし……」


 信秀さんのハンコが押された本物の手紙だった。内容はお市ちゃんを頼むということ。土田御前が許さないので、信長さんが勝手に連れていったことにするということだった。


 実はお市ちゃんの同行に反対していたのは、土田御前とオレだったんだよね。信秀さんは特に否定も肯定もせずに、信長さんは連れていってもいいんじゃないかと楽観的だった。


 ただ危険なのでオレは反対したし、土田御前も幼いことを理由に反対していた。


「若様、いいんですか?」


「かまわん。オレとお前が帰ったら母上に叱られるがな」


 オレも叱られるの? というか酔うんじゃないかな。途中で降りられないんだけど。


「大丈夫、大丈夫。私がなんとかするよ!」


 お市ちゃんの行動力に頭を抱えるが、パメラが船酔いなどはなんとかすると胸を張っている。


「わおーん!」


「わおーん!」


 ああ、ロボとブランカも連れてきちゃったのね。こっちはすずとチェリーだ。


 この時代の船旅は危険で命懸けだということを、みんなには小一時間ほど言い聞かせたい。


「沈んだら命がないんだけどなぁ」


「いいではないか。わしも弁護してやる。それに人の一生が終わるとすれば、それは天命だ。いずこにおろうと同じこと」


 本当に降ろさなくていいのかなと悩んでしまうが、信光さんが楽しげに笑いながら声を掛けてくれた。


 ああ、この時代の人ってそんな感覚なのね。


「第一、そなたの奥方たちは常のことと行き来しておるではないか」


 以前から気付いていたことではあるが、ウチの船、過大評価されすぎだよね? 一回くらい沈んだことにしたほうがいいか?


「姫様。揺れるの、大丈夫ですか?」


「たのしい!」


 心配なのはお市ちゃんなんだが、そういえば馬車でも酔ったことないな。馬車にはまだサスペンションとか付けてないから結構揺れるんだが。


 酔わない体質なんだろうか。


 関東行きの時に船酔いで二度と行きたくないと言っていた人たちは、今回は来ていない。そんな話をお市ちゃんは知らないんだろうな。


 戦国時代って、リアルだと何でもありなんだよね。やったもん勝ち。


 お市ちゃんも戦国の女ということか。


 土田御前には怒られるだろうな。




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