第480話・久遠諸島への道

Side:久遠一馬


「一馬よ。これは全てが酒か?」


「はい。飲んでみますか? かなり酒精が強いのでご注意を」


 この日は蟹江に酒が大量に届いたので、エル、信秀さん、信光さんと一緒にやってきた。実は織田家の改革に合わせて、ウチでも次にどんな荷が来るかある程度報告することにしたんだ。その結果、大量の酒を積んだ船が到着したと聞きつけたふたりが、直接蟹江まで来ちゃったんだよね。


 次々と船から降ろされていく樽の数に驚くふたりと側近たち。大型のガレオン船二隻が丸ごと酒だからね。


「かあっ、これが酒か!?」


「これは工業村の酒に似ておるな。蒸留酒という酒であろう?」


 お酒好きの信光さんも思わず唸った。酒精は三十五パーセントに抑えたが、それでもこの時代にはない濃度になる。無色透明で元の世界ではホワイトリカーとして売っていたものだ。


 詳しい話をするために蟹江の織田家の屋敷に移動して説明するが、原料はさとうきびの廃糖蜜をアルコール発酵させたものだ。


 熟成すればラム酒となる。


 信秀さんが指摘した工業村の蒸留酒作りは、量が多くはないのであまり知られてないが続いている。そのまま出回ることはあまりない。蕎麦・芋・麦・米など試作をしては熟成していて、熟成時期や細かな製法の試験もやらせている。


 結果はある程度知っているんだけどね。職人の育成は必要だ。


 さすがに織田一族クラスになると献上しているけどね。


「はい、実は砂糖を造った時に残ったものから造ったお酒なんです。北条に売っている梅酒作りの原料に用いる蒸留酒ですね。仕込みの出来が計に立てた量に乗ったので運ばせました」


 今までも梅酒の原料の蒸留酒として尾張に入っていたが、量は抑えていた。これはこのあと半分は北条に運んで梅酒の増産の予定だ。半分は尾張で梅酒を作る。


 北条とも話は出来ている。梅酒は金色酒どころか極々少量を薬として販売している金色薬酒と同じくらい高い値を付けたが、それでも昨年は売り切れてしまったからね。


「これでまた一儲けか」


「北条も地揺れからの復興が大変なようですしね。今川への牽制の意味も込めて」


 信秀さんには半分呆れられてしまった。でも穀物が原料じゃないお酒は貴重だし、今後の日ノ本には必要だ。


「島送りの者らも砂糖とこれの原料を作るのか?」


「そうですね。あまりひとつに絞ると危ないので作る作物は増やしますけど。主要なのは砂糖とこれですね」


「苦労も多いのであろうな」


 この段階でホワイトリカーの大量輸送に踏みきったのは梅酒で一儲けという狙いもあるが、南方の開拓もある程度は利益になると示す必要もあると判断したためだ。


 信秀さんには普通にやれば、見えない苦労が多いだろうと見抜かれているけど。とはいえ歴史的に見て砂糖のプランテーションを造れば利益は出る。ウチは特に船が沈まないからね。


「ところで一馬。お前の本領にいつ連れていってくれるのだ?」


「本当に行かれるのですか? 船の上で片道十日は覚悟していただかないといけませんよ」


「いいではないか! 今川も黙らせたのだ。今ならばひと月くらい空けても問題あるまい?」


 ああ、ホワイトリカーを薄めて昼間から飲み始めていた信光さんは、気分がよくなったのかウチの島に来たいと言い出した。


 この人、時々この件を持ちだすんだよね。行きたくて仕方ないらしい。島の整備も信光さんが騒ぐから早めたほどだ。


 一応いつ島に行ってもいいようにしてはいるんだけどさ。


「そうだな。わしも一度は行ってみたいものだ」


 おいおい。今日は信秀さんまで乗り気な様子だ。お供の皆さんの顔色が変わった。いいのかと言いたげな人や不安そうな人もいる。


「大殿はさすがに無理があります。ひと月も尾張を離れられると支障が出かねません」


「ダメか?」


「はい。行くとすれば私たちも同行します。若様も行かれるでしょう。大殿まで行かれては騒ぐ愚か者が出かねません。数年は我慢してください」


 うん。周りの困った表情を察したエルがはっきりとダメだと指摘した。


 不思議とエルが言うと信秀さん怒らないんだよね。きちんとした理由があることも確かだけど。


「家が大きくなるのも考えものだな。窮屈でかなわん」


 ふうっと一息つくと信秀さんは残念そうな顔をした。ただ諦めきれないというか、日頃の不満を少し口にした。


 信秀さんが家督を継いでから大きくなって、今や日ノ本を代表する大大名だ。当然昔に比べたら堅苦しくなる。


 実はそれから巧妙に逃げているのは信光さんだったりする。


「お心のままになされたらよろしいかと思います。ですが領内から出られるのは、もう少し領内を治める体制が整い慣れるまでお待ちください。現在評定衆と検討致しておりますので」


 エルはそんな信秀さんにクスクスと笑うとアドバイスを告げた。


 そうなんだよね。織田家の急激な拡大で信秀さんの負担が大きい。兄弟の信康さんなんかはそれを理解していて清洲にほとんど滞在して手伝っている。


 織田家の統治体制の改革を進める理由はそこもある。まあ統治体制の改革はこれ以上織田家が大きくなってから改革すると、古い権威やら寺社が騒ぐので今から形と実績を作りたい思惑が大きいんだけどね。


 今なら斯波義統さんが反対しなければ、まず問題なく進む。


 もともと織田家内部の問題なので斯波家には口を出す権利はないんだけどね。とはいえ既存の武士と違う価値観からの改革なので反対されると面倒なことになる。


 でもまあ、義統さんも楽しみにしている節があるからね。太平の世を。


「それで、いつ行けるのだ?」


「……今年行くならば早いほうがいいかもしれません。夏場は海の上も暑くなりますし、秋は野分が来ます。この季節はまだいいですから」


 信秀さんが一応納得したところで信光さんは話を振り出しに戻した。


 エルは少し悩んで早いほうがいいって。……もしかして島に行くことになるの?


「よかろう。行って参れ。見聞を広めて無駄にはなるまい」


 最終的には信秀さんの判断なのでエルも断言しなかったが、信秀さんは仕方ないなと言いたげにこの場で決断した。


「ガハハ! そう来なくてはな!」


「今川は問題あるまいが、畿内は不穏だ。大御所様がお亡くなりになられてしばらくは動くまいが、その後はわしにもわからん。行くなら早いほうがよかろう」


 信光さんは無邪気に喜んでいるが、信秀さんは先も考えているみたいだ。


 正直オレたちにも先の出来事は完全にはわからない。織田は史実と変わり過ぎた。ただ、安易に手を出せない力を得てはいるはず。


 まあ力がある分だけ巻き込まれる確率も上がるが、取れる選択肢は確実に増えている。


 ここらで信長さんたちに島を見せるのは必要と言えば必要か。どのみちガレオン船の建造はシベリアとか南方にしておかないと、木材が足りないのは明らかだからね。


 久遠諸島はあくまでも本拠地であるという扱いでいいか。


 さて、どうなるかな。


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