第479話・久遠諸島の今

Side:願証寺の僧


「ようやく三河の目途が付いたな」


「ああ」


 梅雨に入り、連日雨が降り続いておる。


 織田に続き、今川との交渉も終わり、昨年秋から続いた三河の一件がようやく目途がついた。


 その祝いというわけではないが、この日願証寺ではささやかな宴が開かれておった。


 かつて西三河一帯に数百はあった寺は三割ほどしか残らなかった。残った寺も動座どうざの申し付けや寺領が減らされたところが多いが、食うに困るほどではない。そこは配慮があったようだ。


 残った寺を多いと見るか、少ないと見るかは意見が分かれようが、我らはよく三割も残ったと安堵しておる。


 長きに亘る織田と松平と今川の争いもあり、本證寺が大きくなりすぎておったのだ。その結果、織田も今川も蜂起した寺はもれなく叩き潰した。


 残ったところも一揆に加わった者や協力した者が出たことで責めを負わされた。そのうえで信仰と寺の存在を許されたのは恩情としか言いようがあるまい。最悪の場合は、禁教令が出されることも覚悟しておったのだからな。


「我らが本證寺の愚か者どもの後始末をせねばならぬとはな」


 仲間の僧が不満を述べたが、その通りだ。すべては驕り勘違いした本證寺の愚か者どものせいだ。織田や今川の力と覚悟を侮りおって。


 しかも同じ一向宗の仲間まで殺しおって。織田が許さず、手は出せなんだが、織田の掣肘せいちゅうがなくば、我らが連中を根絶やしにしてやったものを。


 願証寺には見ておるだけしか出来なかったことと、後始末をせねばならんかったことに不甲斐なさや不満を感じた者は多い。


「そういえば明や天竺では、仏に仕える者は殺生自体を禁じておるとか。寺が兵を持ち、戦をすることが信じられぬと久遠家の者が驚いておったとか。日ノ本ではなんでもありなのか? とな」


「さすがは久遠家だな。痛いところを突く」


 話が本證寺の蜂起から、織田が我らに手出しをさせなかったことに移ると、近頃尾張や近隣で噂されておる話になった。


 久遠家が本證寺のあまりに無法な有り様ありように驚いたとの噂だ。本来、仏門に入った者は殺生などせず、戦もせぬのだと言ったとか。


 別に我らを名指ししたわけではないが、いささか耳が痛い話だな。


 とはいえ好き勝手にしておった本證寺や、京の都を焼いた叡山や加賀と一緒にされては敵わん。備えをせねば寺とて奪われるだけなのだ。我らはそこまで非道なことはしておらん。石山の本山とて、山科をあの様な形で失わねば、今よりは開かれておっただろうよ。


「三河では寺の武装が禁じられた」


「当然であろう。追い出されても文句は言えぬのだぞ」


 織田は三河の寺に過度な武装を禁じると命じた。有り体ありていには賊に対する備え程度は認めるようだが、戦に使うような武具と僧兵は禁じた。これには一向宗とはかかわりなき寺社にも動揺が走ったほどだ。


 そんな今回の沙汰は、久遠家の知恵が反映されておるようだ。織田弾正忠殿は久遠殿を我が子のように可愛がっておるのは我らも見ておる。


 弾正忠殿は久遠殿より明や天竺の話を聞き、寺社の在り方に疑問を感じたのかもしれん。


 しかし寺を認める代償として過度な武装の禁止など、まだ温和なほうであろう。北条のように禁教令すらあり得たのだ。


「共に戦えと言わなかった結果がこれか」


 いまのところ願証寺に武装禁止の命はない。願証寺は織田に臣従まではしておらんからな。


 いいことは今後も我らが織田に戦への加勢はまず求められぬことか。悪いことは寺領が増やせぬこと。どちらがいいのかわからぬな。


 とはいえ我らはそんな織田と付き合っていかねばならぬのだ。本證寺の二の舞いだけは避けねばならぬ。


 致し方あるまい。




Side:イザベラ


 私はイザベラ。万能型アンドロイドよ。


 わたくしたちがこの世界に来て、もうすぐ三年になるわね。


 ここ小笠原諸島も変わったわ。父島・母島・硫黄島で現在は三千人の人口がある。


 九割は人に擬装したロボット兵とバイオロイドで、一割は本土から密かに連れてきた本当の人間。孤児や病で亡くなりそうだった人を助けて一部記憶を改ざんして島の住人にした。


 文明の痕跡がなにもなかった島には、住居や畑に工業地区と港とまるで昔からあったような違和感ないものが出来上がったわ。


 硫黄島には宇宙港もある。ただ、あまりにあからさまな施設は建てていない。倉庫なども時代に合わせたし、宇宙船ドックは隠せるものは地下に隠したわ。


 父島や母島の工業地区には小型の高炉やコークス炉、稼働中の反射炉が合わせて十基ほどあるわ。尾張の高炉で作った鉄の精錬をしているということにする場所。あとは粗銅からの金銀の抽出と銭の鋳造と鉄砲や大砲の製造所も造ったわ。


 本土からの来客が、いつ来てもいいようにとの準備はすでに済んでいるわ。


「イザベラ~、新型工作艦サクラが明日十二時に降下するって」


「了解。降下後、最終テストを行うわ」


 私は現在、父島にある久遠家の屋敷地下にある指令室にて硫黄島基地との通信をしているわ。


 硫黄島からの報告は明日の降下予定。


 明日降下するのは、新型工作艦サクラ。この世界に来て艦艇設計担当の鏡花が新たに設計した工作艦よ。命名は鏡花が付けた仮称なんだけど、司令はいちいち命名しないからそのまま正式艦名になったわ。


 宇宙艦でありながら大気圏航行と水上航行、水中への潜航が可能な新型艦。万能艦になるのかしらね。


 そもそもギャラクシー・オブ・プラネットでは、通常は宇宙圏と大気圏内の両方で活動する艦艇はまずないわ。


 あらゆる環境での使用が可能な万能艦なんてのは、建造費が高い割に使い勝手が悪いのが当然だもの。環境や使用目的で主機関から装甲に装備まで変わるのが当然よ。


 必要なのは単艦でなんでも出来る無敵艦じゃない。コストと性能のバランスがいい艦艇の量産なのは常識ね。


 ただ工作艦サクラはあえて宇宙艦としての機能を有したまま、大気圏内での活動をメインにした新型艦なの。武装はゼロ。載せている工作機械も鉄の精錬と粗銅からの金銀の抽出と銅銭の鋳造などの設備と、金色砲を製造するものとかそんなのばっかり。


 艦自体の建造コストは確かに上がった。でも今の私たちにはゲームのクエストなんて存在しないので、コストは気にしなくていい。


 現在メインの活動場所は大気圏内の海だけど、艦艇の整備は宇宙になる。それと現状がすでに不測の事態ということは今も変わってない。更に突発的な事態が起きた場合には、最悪でも十二時間以内に宇宙要塞に撤収出来るように計画されているの。


 工作艦サクラが宇宙艦としての機能を有したまま、海上海中での活動に加えて大気圏離脱まで可能なのはそのためね。最悪の場合は自力で撤収するためのものよ。


 実は以前も工作艦は地上にあったわ。ただし以前の工作艦は、宇宙圏と大気圏の航行が可能なものでしかなかった。


 移動が可能とはいえ移動する必要もなく、硫黄島基地に置きっぱなしだったのよ。はっきり言って邪魔だから海上航行と海中潜航が可能な工作艦を要望したの。


 ほかにも航空機は潜水空母を使うことで隠せるものは海中に隠すことにしたのよね。


 硫黄島を機密扱いにすることは変わりないけど、久遠家の活動が予想以上に派手になったことで、硫黄島の所在開示も視野に入れる必要が出てきたのよね。


 久遠家の経済規模と人口の調整として、小笠原諸島の三千人と海外領地で一万五千の人口という想定で動いているわ。


 おかげでシベリア基地が入植地に格上げになって拡張しているけど。シベリアはそろそろ動く必要もあるからちょうどいいわよね。


 それでもあの西洋帆船団をあれだけ維持出来ることがおかしいことは、調べればこの時代でも気付かれることだけど、誤魔化すしかないわね。


 辺境の商人としての経歴でこれ以上人口や領地を増やしたら不自然極まりないもの。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る