第478話・学校の現状
Side:久遠一馬
季節は梅雨に入り、雨が降っているこの日。清洲にある斯波義統さんの館にオレと信秀さんは来ている。
用件は学校に通い始めた義統さんの息子の岩竜丸君。史実の斯波義銀となる少年のことだ。
「我が子ながら、ここまで愚かとは……」
一言で言えば言うことを聞かないんだ。何日か学校に来たが、そのあとは行きたくないと登校拒否しちゃったんだよね。
無論、特におかしなことはしてない。アーシャばかりか信長さんの師である沢彦宗恩さんや教師陣は特に気を使ったが、何が気に入らないのか行きたくないと引きこもっているらしい。
「気に入らぬのだろう。斯波家の現状が。傀儡であるわしのこともな」
原因は親父さんの義統さんに心当たりがあるらしい。アーシャは最初から不満そうで教える以前の問題だと言っていた。
それでも学校に来てくれたらよかったんだが、来なくなるとアーシャでもどうしようもない。
「世は矛盾に満ちておる。日々腹いっぱいに飯が食えて、好きに学べることが幸せだと理解出来ぬ息子にしたのはわしの不徳。学び舎で問題があったとは考えておらん。僅か数日では無礼を働く
一応、謝罪の意味もあってオレが来たんだけど。そんな問題ではないことは義統さんのほうがよく理解しているみたい。
「今更管領など、頼まれてもなりとうないわ。細川の噂を聞くたびそう思う。だが愚かな息子は左様なこともわからんらしい」
反抗期だろうか。少し早い気もするが。激動の時代、激変する尾張の中心、清洲にいて、対応出来ている義統さんと対応出来ていない岩竜丸君というのが現状なんだろうね。
岩竜丸君は、情けない親父だと否定して、織田も成り上がり者と馬鹿にしているのかもしれない。
「若武衛様の守役と側近を代えてはいかがでしょう。恥ずかしながら某の息子も、守役を代えてうまくいきました」
愚痴のようなことを口にする義統さんに、信秀さんは守役と側近の交代を進言していた。確かに岩竜丸君の側近はいまいち態度がよくない。清洲城で会っても威張っていて嫌われているんだよね。
さすがにオレとかエルたちに喧嘩を売るほど馬鹿じゃないが。
「誰かおるか?」
「牧下野守では、いかがでございましょう。某の義理の弟でもあります」
「ああ、あ奴がおったな。確かに立場も家柄も適任と言える」
牧下野守って、牧長義さんか。信秀さんの妹の旦那さんで義統さんの弟の息子さんだ。岩竜丸君の従兄にあたる人だ。
歴史的には無名に近い人だ。オレもこっちに来てから知った。というかオレにとっても叔母さんの旦那さんなんだよね。一応猶子になった時に一通り挨拶した。
守護家の分家だったんだけど、時世を読んで信秀さんに仕えている人だ。普通の人という印象だね。
「今の尾張は世が変わるのが早うございます。長い目で見てやらねば、誰もついていけませぬ」
「そうじゃの。家柄だけに拘って生きていけるほど世は甘くはない。あれがダメならば廃嫡も考えねばと思うておったが……」
「それは時期尚早でございましょう」
周りにはオレと信秀さんと義統さん以外にはいない。義統さんがみんな下がらせたんだ。
その甲斐もあってか信秀さんも遠慮なく意見が言える。まあ義統さんも近習が信用できないわけではないのだろうが、政治的に余計な配慮をしなくていいようにと下げたんだろう。
義統さん自身も廃嫡という言葉を口にするほど自分の意見が言えている。この一言もほかに広まると厄介なことになるからなぁ。
ただ斯波義銀って、史実だと微妙なんだよね。尾張を追放されたあとは、それなりに苦労をしたのかマシになったイメージがあるが。
まあ、厄介な事件とか起こす前に、改善策を決めることが出来てよかった。
結局、義統さんは岩竜丸君の側近も入れ替えることにしたらしい。無駄に斯波家の過去にこだわるおバカさんは邪魔でしかないからなぁ。
そのあとしばらくオレと信秀さんは、義統さんの愚痴を聞かされることになった。
周りが世の流れを理解しなさ過ぎて困っているみたい。中途半端に権威ある人の側近とかやれば、世の中が違うように見えるんかね? みんなががんばって尾張を豊かにしているのに、それが自分たちの成果だと勘違いしてたりしないよね?
梅雨に入って連日の雨だ。この時代は長雨により農作物の生育不良や水害など不安なことが多い。神様とか仏様に祈るのも無理はない気もする。
「じゃあ、今日はこのお花を描きましょうね」
「はーい!」
この日、学校ではメルティの絵画の授業が行われていた。
最年少はお市ちゃんで最年長は隠居したおじいさんもいる。ウチの家臣の子に忍び衆の子や、領民も少しだがいる。
さすがにキャンバスではないが、木炭を使って和紙に描くらしい。
学校に関しては相変わらず明確な学習内容が決まっていない。基本的にはアーシャが責任者として指導しているが、講師は様々になる。
エルたちアンドロイドのみんなから、沢彦宗恩さんのようなこの時代の知識を持つ人まで様々だ。沢彦さんのように時々来てくれる人が来た時には、彼らに任せているが誰も来ない日はアーシャが教えている。
年齢層も幅広く、読み書きを習いに来た子から、今回の絵画のように専門的な知識を学びに来た年配者もいる。
きめ細かな教育が出来ているのはアーシャが専属として教えているからだろう。
「脇差しも預かることにしたの?」
「喧嘩で脇差しを抜く子がいるのよ~」
メルティの授業を眺めつつアーシャに最近の学校の様子の報告を聞いているが、気が付くと全員が刀ばかりか脇差しすら持ってない。
子供の喧嘩と侮ると大変なことになるからな。いじめなんかはこの時代からなくしていかないと。
預かった刀や脇差しに荷物は専任の警備兵が常に複数で行動して蔵に保管して、万が一にも紛失などないように最善の対策を取っているみたい。
「来なくなる子って、どのくらいいる?」
「うーん。ぽつぽついるわね。特別扱いしないから。家柄とかでちやほやされていた子は来なくなる子もいるわね~」
先日には岩竜丸君が来なくなったが、学校の教育方針が合わなくて来なくなる子は初めてじゃない。
織田一族くらいになると、ウチとの関係とか知識の大切さを理解して親が来させているけど、中途半端な武家は武芸が一番で、学問なんか武芸の片手間でいいくらいのところもある。
しかも家では若様とちやほやされているので、特別扱いが当然でワガママな場合がある。集団生活とか慣れてないからね。
結果的に学校が合わなくて来なくなるんだろう。まあ重臣や織田一族にはこっちも多少は配慮はするが、それ以外はそこまでしてない。
来なくなる理由は単純に領地から学校が遠くて来なくなる人もいる。学校の寮もあるんだけどね。人質かと警戒されたり、さっきも言った通りちやほやされていた子だと合わない子もいる。
まあ自宅でも最低限の勉強は出来る。それをきちんとすれば問題ない。
「学校に来ないで没落する家が出そうだね」
「通ってくれたら勉強が好きになるわ!」
アーシャの教え方は上手い。詰め込み式なんてしないし、その子に合わせて勉強が楽しくなるように教えたりやりがいを持たせたりする。
本当通ってくれるのが一番難しいんだよね。まあこの時代は義務教育もない。自己責任な時代なんで来たくない人は放置でもいいんだけど。
「わっ、じょうずだね!」
「ありがとうございます。姫様。姫様もお上手ですよ」
うんうん。お市ちゃんは隣の少し年上の女の子と仲良くなっている。連れてきた甲斐があるな。
「わん?」
「くーん」
ああ、一緒に連れてきたロボとブランカは飽きたらしい。そわそわしながらお散歩に行きたそうにしてる。
校内を見回りつつ少し歩いてみるか。
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