第471話・職人たちとの宴
Side:久遠一馬
今夜は午後に大量に釣れたアジで、フライと南蛮漬けとタタキなどのアジ尽くしだ。
べつにズルはしてないよ。護衛とかみんなで釣りをしたら入れ食い状態だったんだ。ラッキーだったね。
「同じ魚でもまったく違う料理に見えますな」
今夜は職人さんたちと宴会だ。蟹江の商売を任せている湊屋さんの長男もいて、テーブルに並ぶ料理に湊屋さんの表情が緩む。
小アジは南蛮漬けにして、中くらいのサイズをフライ。大きいのはタタキにしたみたい。
職人たちは尾張でもいいものを食べているほうだろう。特に魚はたんぱく源としてよく食べているはず。
今でもウチでは魚や野菜はまとめて買って、家中や工業村などに配っている。ウチはそのくらいしないと、銭が貯まる一方なんだよね。
食料の安定的な確保はこの時代だと意外に難しい。ウチは良銭による現金払いだから、農家や漁師にも利益はある。
「ちいさいおさかなさんだ!」
お市ちゃんは南蛮漬けに興味津々だ。南蛮漬けとは醤油やダシやお酢などの南蛮タレに、揚げたてのアジをすぐに漬けたものだ。
本当はもう少し漬け込めば骨ごと食べられるんだけどね。
南蛮タレに漬かった小アジを乳母さんに綺麗にほぐしてもらったお市ちゃんは、大きな口を開けて食べるとご飯を食べて満面の笑みを見せた。
「おいちい!」
「本当でございますね。お酢の酸味が
乳母さんもお市ちゃんに続いて食べるとちょっと驚いた表情を見せた。南蛮タレ自体が珍しいんだろうな。醤油ですら尾張に出回り始めたのは最近だし。
「単に同じ船を
「しかしエル様。職人の頭数は限られておりますので……」
職人たちは早くもお酒が入った宴会になっている。エルが職人たちに南蛮の鍛冶や造船を聞かれて、古代カルタゴの造船の話を教えているみたいだ。
「職人は増やさねばなりませんよ。この先何百隻と船を造るのです。修繕もあります。誰でもとはいきませんので、見習いは相談しなくてはなりませんが」
善三さんたちは量産体制の話を興味深げに聞いていたが、すぐには無理だよね。そんなノウハウも人員もいないのはわかってる。
まあ善三さんには当初から、職人を育ててもらうために呼んだという理由もあったんだよね。
もっとも使える職人たちが思ったより多く来てくれたのと、本拠地の蟹江ができてなかったので、久遠船の建造で造船技術の修養を中心にしてもらっていたが。そろそろ量産と職人の育成の話も始めたい。
エルはちょうどいいと思ったのか、今後の造船の話を口にした。
「何百隻……」
ああ、お酒を飲んで騒いでいた職人たちが船の数を聞いて静まり返った。そりゃそうだよね、桁が違う。伊勢湾と関東との交易ならそこまでは要らなくても間に合う。
「今後、船の
職人さんたちも反応は様々だ。善三さんはそこまで驚いてない。薄々気付いてはいたんだろう。織田がこのペースで大きくなっていくと船が全然足りないことに。
まあ川船としてはセンターキールのない和船が必要だし、既存の船がなくなるわけではないだろうが。
「実は学校で職人の初歩に必要な心構えと、技を身に付ける為の素地を教えて、少しでも早く見習いを始められるように育てるつもりなんだよね。今日はそのことについてどう思うか意見が聞きたいんだ」
ちょうどいいから、見習いの問題を今日はじっくり話し合おう。
現在、大工や船大工も鍛冶職人も、学校で基礎を教えてから見習いとして働かせることを考えている。
「殿、学校とはあの那古野の学校でございますか?」
「うん。べつに秘伝の極意まで教えろとは言わないよ。手っ取り早く使えるようにするために『これが出来たら考えてやる』ってやつを、先に教えたほうが早いのは、学問も武芸も職人も同じだと思うんだ」
大半の職人はポカーンとしている。この時代は家業として仕事が決まっているので、子供の頃から親の仕事を見て育つのが当然なのだろう。例外もあるから絶対ではないけど、大半は家業を継ぐことになる。
「つまり職人の家の者でなくとも職人にすると?」
「そうだよ。ああ、みんなの家族や親戚縁者で志願する人がいるなら、先んじて育てるのもいいと思う」
ある程度は理解してくれているみたいだ。もともとオレも家業は船での商人ということにしているしね。家業と違う者を職人にすることに絶対反対とまでは思わないようだ。
「殿、それは那古野じゃなきゃいけないので?」
オレの言葉で再び職人さんたちは、それぞれに意見を口にして議論をしている。半信半疑な部分もあるが、彼らも彼らなりに効率を考えてくれていることが嬉しい。
そんな折、無言だった善三さんがオレに質問をしてきた。
「いや、そういうわけではないよ。ただ、人に教えること全てに渡って、その一端として考えているから、現状では那古野で考えているんだ。善三殿が教えの手を回してくれるなら、船大工は蟹江でもいいよ」
「道具の使い方とかならともかく、船を造るなら現場が一番だと思うんですがね」
うん。善三さんは船大工を自分が育てるということを真剣に考えている。見て覚えろとやられても困るんで教え方とか教えるレベルとかは相談しなきゃならないが、蟹江がいいなら船大工は蟹江でもいいかも。
自分の弟子たちが日ノ本に技術をいつか広めていくんだと考えてくれたのかな?
「それならば船乗りを育てるのも、蟹江にするべきかもしれません」
「ああ、そっちもあったか」
実際学校の機能は分散するのが決まっている。初等教育は各地でやるし、海関連の教育施設を蟹江に作るのもアリかもしれない。
エルも船乗りを育てる施設のことで蟹江に学校を設けることに賛成してくれた。
特に水軍とか寄せ集めだからね。佐治さんとウチの船は今も定期的に一緒に訓練している。佐治さんは、ウチの本領の島に行くのを楽しみにしてるんだよね。
そのためにも外洋での操船技術や戦での連携など、本当によく訓練している。
「鍛冶職人は工業村の中に入れるには、それなりの技量がないと駄目だな。工業村から学校は近いし、わしらで師となる奴を出しますぞ」
職人を育てる話はみんな大きな反対もなく真剣に考えてくれる。
鍛冶職人のほうは秘密が多く、新しい試みを多くやっている工業村では素人は邪魔なようで、学校で教えることでいいということになった。
「正直言うと、あの鉄を使うには職人が足りんからな」
人材不足という意味では鍛冶職人のほうが真剣に悩んでいたみたいだ。未だに工業村の精錬施設の数が足りなくて、精錬してない鉄がそのまま織田領外に売られていく。
まあほとんどはウチの島に運んで、工作船で精錬して売っているんだけどね。
職人たちはそれを自分たちで使い切りたいという夢があるんだそうだ。
「いつか鉄で船を造ってみたいな!」
「お前なぁ。鉄なんて使ったら、船が沈んでしまうぞ?」
「だが南蛮船は重い鉄をたくさん運ぶんだ。船の胴も鉄で作れるかもしれんだろうが!!」
職人たちがお酒と料理を楽しみつつ互いの考えを語り議論を交わしていたが、若い職人のひとりが鉄で船が作りたいと口にすると、オレとエルは思わず顔を見合わせてしまった。
こういう柔軟な発想をする若い職人は大切にしたい。
史実では織田家が鉄甲船を造ったなんて話もある。彼のような発想を大切に育ててみたい。
「面白そうだね。失敗してもいいからやってみたらいいよ」
「本当ですか!!」
「うん。小さな模型からでもやってみたらいい。船の勉強も必要だろうし大変だろうけどね」
この時代だと動力がないから鋼鉄の船は難しいだろうな。技術も成熟してないし。
ただ、職人の試行錯誤は未来への財産となるんだ。そのくらいは投資しよう。楽しみだな。職人さんたちがどんな可能性を見せてくれるのか。
鉄の船を造る許可を与えると若い職人さんは嬉しそうに喜んでくれた。
ほかのみんなも自由な発想で頑張ってほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます