第470話・職人同士の連携

Side:久遠一馬


 お昼ご飯を食べると、職人たちと一緒に蟹江の造船区域へ来ていた。次は、和洋折衷船、通称久遠船の見学会だ。


「ほう、これは凄い。さっきの船とは違うな!」


 ウチで忙しいのは工業村と、ここかもしれない。和洋折衷船の建造は途切れることなく続いている。


 信秀さんとも話し合って、和洋折衷船はどんどん作ることになったんだ。いまは、ここ蟹江と大野の佐治水軍の本拠地で作っている。


 北条との交易は順調だし、海の戦も将来的にあるかもしれない。なによりも船を増やして船乗りを育てないと駄目だからね。


「しかし、この作業は分業にしたほうが早くないか?」


「分業とはなんだ?」


 船大工の善三さんたちと工業村の清兵衛さんたちは、互いの造っているものの話に花が咲いている。


 善三さんはトロッコの仕組みに興味を持ち、清兵衛さんは船の水密構造に興味を抱くなど話が進んでいたが、ふとした時に清兵衛さんが分業について説明すると、善三さんが興味深げに聞いていた。


 この時代は一子相伝が基本なんで、流れ作業とか分業はあんまり考えてないからなぁ。


 ただまあ木造船は、鉄製品ほど分業が効率的にはならないかもしれないが。


「皆さんお茶が入りましたよ」


 互いの情報交換は有意義なようだ。双方共に守秘義務があって簡単に外の人へ相談できないからね。


 そんな話が弾んでいるところに、エルとすずとチェリーが午後のお茶とおやつを運んできた。


 ほう、今日はどらやきか。


「美味えなぁ。しかも、ただ甘えだけじゃねえんだ。ちゃんと小豆が美味えんだ。近頃はあちこちで甘えもんが売られているが、やっぱ殿のところの…、中でも奥方様がた御謹製ごきんせいの菓子が一番だ」


 お茶は熱い麦茶だ。お市ちゃんがフーフーしながら飲んでいる。


 一方、善三さんはいつの間にか、技術の話からどらやきの話にシフトしていた。善三さんは意外にグルメなのか? 見た目は酒飲みの親父そのものなんだが。たしかお酒も好きなはず。


 味のわかる親方って、なんかカッコいい。


「オレはあの大福ってやつがいいなぁ。餅なんて正月くらいしか食えなかったのになぁ」


 清兵衛さんのほうは大福が好みか。今度差し入れの時は大福にしよう。


 そのまま年配者たちは昔を思い出したのか、しみじみと昔の話を始めた。


 職人の苦労を理解しない人が、無理難題を言うなんてよくあることらしい。時には商人に買いたたかれたりして苦労した話を懐かしそうにしている。


「今はそんな奴、来なくなったからなぁ」


 しみじみとつぶやく清兵衛さんだけど、そりゃそうだよ。清兵衛さんも善三さんもウチの家臣だ。今の尾張でウチの家臣に無理難題を言える人なんていない。


 立場で言えば信秀さんか斯波義統さんくらいか? まあ信秀さんも義統さんも無理難題なんて言わないけど。


「今度はわしらが工業村に見に行きたいですな。旋盤とやらが見とうございます」


「わかった。調整してみるよ」


 善三さんは割と新しもの好きらしいね。清兵衛さんたちの話を聞いて工業村に興味をもったらしい。


 工業村に関してはウチの管理下だけど、入村許可は信秀さんに先に報告しておいたほうがいいだろう。


 実は工業村の人の出入りを織田家で管理するように、調整しているところなんだ。今後は瀬戸の焼き物の村も出来るからね。今まで曖昧にやっていたところを正式に管理する仕組みを作っているんだ。


 それに合わせて織田家の直轄事業の代官の権限とかきちんと決めて、織田家への報告義務とか設ける予定だ。警備兵も織田家の直轄になったから命令指揮権が誰にあるのかもちゃんと決めないといけない。


 焼き物の村は今後ウチ以外が事業を管理するモデルケースとして考えている。そのため信安さんや山内パパと話していろいろ試行錯誤しているところだ。


 特にあそこは肝心の焼き物の技術をウチで指導するので、利益から一定割合はウチがもらうことになっている。現時点では技術料という名目だが、将来的な特許に発展してほしいとの企みもある。


 今後は職人にも新しい技術などを発見したら、還元する仕組みにしたい。


「かじゅま、もっと、つりしよう!」


「うーん。エル、どうしようか?」


「今日はこのまま蟹江で泊る予定ですので構いませんよ」


 お茶が終わると職人たちは、また技術的なことや造船について話していた。


 オレは蟹江の視察に行く予定だったが、お市ちゃんのリクエストで再度釣りに行くことになった。


 どのみち今日は蟹江にある織田家の屋敷に泊まる予定だ。職人たちにはじっくり船を見てもらう予定だから明日は動かした船に乗せる予定だ。


 お市ちゃんが釣りをしたのは去年の夏のキャンプに続いて二度目だが、どうやら釣りの楽しさにハマったらしい。


 なんか、どんどんお市ちゃんが戦国時代のお姫様から逸脱していくなぁ。


 ちょっと将来が不安だ。




Side:松平広忠


 岡崎では織田と今川が本願寺と和睦を結ぶとの噂で持ちきりだ。


 半蔵が調べてきたところによると、本願寺は織田に五千貫。今川に三千貫出したそうだ。そのような額をあっさり出す本願寺もそうだが、出させた織田と今川も恐ろしきよな。


 それに引き換え我が松平家は本證寺に着せられた濡れ衣こそ晴れそうではあるが、本願寺からの謝罪もあらぬ上、今川より詫びの分け前をもらえるわけではない。


 織田は早くも戦で荒れた領内をお得意の銭を払う賦役で直しておる。それに引き換え、松平に纏わる諸家の領内では土地を荒らされたままで領民が逃亡しておる始末だ。


「半蔵。今川は西三河を切り捨てたか?」


「恐らくは……。三河奉公人の後釜も決まっておりませぬ。織田との国境の話も進んでおらず、このままうやむやのままに切り捨てる気なのかと」


 今川から派遣されておった与力は昨年末に今川の軍と共に駿河に戻って以来姿を見せぬが、それでも松平家は今川方のままだ。表向きはな。


 今川が如何に考えておるのかと半蔵に探らせておるが、三河奉公人だった山田景隆が腹を切って以降は動きがない。


 年も明けて月日も過ぎた。そろそろ人質をという話があって然るべきであるにもかかわらずだ。


 自ら西三河を放棄はせぬが、わしが織田に寝返れば裏切り者と謗るのであろうな。


 狙いはそれか。織田と国境を接しておるのが負担でしかないということか?


「吉良家は騒いでおったようだが?」


「ほぼ、相手にされておりませぬ。織田も斯波も戦続きで領民が難儀しておるからとの名目で今川との戦をする気はないようでございます」


 気になるのは吉良家だ。東西に分かれて争っておるうちに分家筋の今川に遠江の領地を奪われてしまい、今やそこいらの国人衆と変わらぬ領地しか持っておらぬからな。


 落ちぶれたとはいえ吉良家だ。斯波が乗り気になるのではと案じておったのだが。


「やはり織田は戦をせぬか」


 戦しか出来ぬような武士は織田の下では如何にしておるのであろう? 臣従するには検地と人の数を調べるとか聞いたが、好き勝手ばかりする国人衆や土豪がよう従うものだ。


「織田は美濃の取り込みをする様子。それと、近江の大御所様の容態が芳しくないご様子。そちらも気にしておるのやもしれませぬ」


「なんだと!? 大御所が!?」


 本音を言えば、まだ足利家が健在だったのかと思うくらいだ。織田や今川や吉良を見ておっても思うが、誰も公方など必要としてもおらぬし従っておらぬではないか。


 今の公方は若いのであったか? これはまた畿内が荒れるな。


「まさか、織田は上洛でも考えておるのか?」


「わかりませぬ。今の織田の兵と銭を以てすれば、出来なくもないのでございましょうが。とはいえ織田が常道をそのまま用いるとは思えませぬ」


 織田と六角の関係は悪うないはず。織田が斯波を掲げて上洛をし、公方の下で斯波を管領、六角を管領代にすれば、織田と斯波に六角の絡む天下となるやもしれぬが。


 だが、半蔵も言うておるが、織田がわしなどの考える常道をそのまま動いたことはあらぬ。まず常人つねびとの思慮の上なり外をき進んでおる。


 織田は三河で綿花をおおいに栽培し始めたと聞く。このまま手をこまねいておれば、また我が松平だけが貧しさゆえに飢えかねん。


 如何する。織田に早々に臣従するべきか? 人質も帰ってきた。今ならば出来なくもない。


 織田も今川も臣従しろと言わぬだけに困る。


 如何すればよいのだ?




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