第451話・政秀、ラーメンを食べる。ついでに畿内の不穏な動き

Side:平手政秀


「これは平手様。ようこそおいでくださいました」


「近頃の景気はいかがじゃ?」


「ええ。おかげさまで繁盛しております。今日は何にいたしましょう?」


「ラーメンにしようかの」


 清洲に来た帰りに八屋に寄ってみたが、相変わらず賑わっておるの。


 今や尾張一の飯屋と言われておるが、相変わらず領民でも食べられる値の料理ばかりだな。他では少し名が知られると値を上げることを平気でする輩が多いのだが。


 麦や蕎麦の粉を使う料理屋も、八屋が出来て以降、大分増えたな。特にラーメンはわしの好物だからな。ここにはよう食べに来ておる。


「実は味噌を使ったラーメンを只今試しておりまして。よろしければ、ご試食なされてご感想を頂けませんか?」


「なんと。それは是非とも頼む」


 八屋の主人である八五郎は、わしよりも年配だが話が合う。まだ尾張に慣れぬころから、いろいろと話しておるせいか。近頃では新しい料理を客に出す前に食べさせてくれるようになった。


 今や殿に呼ばれて清洲城で久遠家直伝の料理を振舞うこともあるほどの腕前だからの。


 世間では一馬殿の家臣だと言われておるが、実は仕官を断って隠居したのが事実なのだがな。もっとも八五郎のことは、一馬殿もずいぶん気にかけておるようで支援しておるし、滝川一門である以上は全く関係がないとも言えんがな。


 少し前には畿内から、料理を振舞えとの強請ごうせいな文が来たとのことで、一馬殿に頼まれてわしが代わりに断りの文を送ったこともあったからの。


「お待たせいたしました」


「ほう、これはまたいつものラーメンとは違うの」


「猪肉を細かくしてもやしと一緒に炒めました。これならば一年を通して出せます」


 いい香りじゃ。久遠家の料理は同じ材料を使ってもまったく違うからの。


「うん? 味噌が違うの」


「はい。米味噌を使っておりまする」


「ほう。値が張らぬか?」


「多少は……」


 八屋の名物には味噌で煮込んだうどんがある。それとの違いが楽しみだったが、これは味噌から別物か。


 つゆは……。うむ。美味い。やはりいつもの味噌とは違うの。米味噌は畿内にあると聞くが、値が張るはず。


 そういえば一馬殿が尾張の味噌職人に、豆味噌以外の味噌も造らせておるの。あれがもう出来たのか? それともこれは一馬殿が船で運んできたのか?


 これは豆味噌よりは味わいが優しいの。特に細かくした肉との味わいが絶妙だな。


 そもそも、このもやしは薬としては知られておったが、一馬殿が食材にしてしまったものだ。


 育てるのもそう難しくないので、わしの領地でも冬の間は領民に育てさせて食わせておる。冬の間にこれほどのものが食えるのは、なんとも贅沢だと皆が喜んでおるわ。


 タネとなる豆は今年から尾張でも多く植えさせるべく支度させておる。


 シャキシャキとして美味いの。肉や味噌との相性もよいわ。


「むっ、麺も違うの?」


「はい。久遠様のところで新たに教わった麺でございます」


 これもいい。味噌のつゆとよく絡む。麺の味が味噌に負けておらず美味い。


 一気に啜りて食べると、あれよあれよの内に麺がなくなる。


 麺ともやしと肉を一緒に食べると、これも今までに食べたことがない味になる。


「うむ。これもいいのう。さぞ売れるであろう」


「ありがとうございます。平手様にそう言っていただき安堵いたしました」


 つゆを最後の一滴まで飲むとないよりあたたまり、活力かつりょくぜんとして、なんとも幸せな気分だ。


 だが、いかんな。醤油と味噌。今度からラーメンを食べる時に迷うてしまうではないか。


 八屋は一馬殿の目指す、新たな世が垣間見えるところだ。


 いつか。すべての領民がラーメンを食べられる日がくればよいのう。




Side:久遠一馬


 今日はエルとシンディと清洲に来ている。


 信秀さんと斯波義統さんにシンディがお茶を淹れているところだ。どうも信秀さんがシンディの淹れるお茶を気に入ったらしい。


 今日はロイヤルミルクティーを淹れていたが、義統さんも自然な笑みを浮かべているね。


「畿内の者は侘び茶だと称して、狭い部屋で飲むのがりておるというが、なにがいいのかの?」


 場所は清洲城の南蛮の間だ。白い壁にメルティの絵が飾ってあって、押し花にした花の短冊なんかも飾られている。


 ちなみに出席者は信秀さんと信長さんにオレとシンディとエルだ。シンディとエルはお茶を淹れているけどね。


 ふたりも当然同じテーブルに座って飲んでいる。


 さらりと侘び茶を否定しているのは義統さんだ。地味にこの人もウチの影響に染まっているよね。


「さて、某もあまり畿内の流儀は好みません故。こうして南蛮の絵を見ながら飲むほうが性にうておるところ」


 信秀さんも地味に好みが変化しているからね。お茶はみんなで楽しむものという、ウチの習慣をそのまま受け入れてしまった。


 オレが来ない日でも、この南蛮の間でメルティの絵を見ながら家族や近習とお茶を飲んでいるらしい。


「吉良家が不安になっておるぞ。このまま織田が今川と和睦するのではと。わしのところにまで文を寄越したわ」


 今日の本題は三河にいる吉良家だった。


 東条吉良家と西条吉良家に分かれて争い、いつの間にか三河の国人衆レベルまで落ちた吉良家だが、反今川として織田に期待していたようで面白くないらしい。


「困った御仁ですな。こちらは広がった領地を治めることに苦労しておるというのに」


 義統さんを焚きつけて織田に今川と戦でもさせたいんだろう。


 信秀さんは呆れた表情をして現状でも苦労が絶えないと言うが、信長さんは僅かに苛立ちの表情が見える。


 勝っているんだからイケイケどんどんと考える人が、結構いるんだよね。気持ちは分からなくもないけど、それで苦労している人がいることを理解してほしいね。


「わしなら遠江奪還をさせられるのでは、と言うてきおった。可哀想になるほど愚かよのう。教えてやっても理解出来まい。新しい国の治め方を模索しておるなど」


 実権がないとはいえ守護である義統さんには、オレや信秀さんの考えや方針はある程度は話してある。


 さすがに幕府を無視するとか天下統一なんてことは言わないが、今までにない仕組みでの統治をめざしていることは説明している。


 もともと気付かれていたということもある。書状によっては義統さんの名で命じる必要があるし、蚊帳の外にして何にも知らないのでは面白いはずがないからね。義統さんが協力的な対応をしてくれる以上、こちらもそれに答えなければならないだろう。


 ただ、吉良家の人たちはあまり賢い人ではないらしい。同じ足利一門ではあるが、義統さんを焚きつけて信秀さんが気分を害することを理解していないなんて。


 価値観として旧来の室町幕府の秩序に縛られているんだろうな。


「遠江のことはまことに申し訳なく……」


「よい。過去は忘れるなり、拘らぬことにしておる。それに畿内も不穏であるし、越前には朝倉もおる。この数年で広がった領地を十全じゅうぜん掌握しょうあくせねば先はあるまい?」


 義統さんの口から遠江奪還という言葉が出たことで信秀さんは頭を下げて謝罪したが、義統さんはそれを制して不要だとすぐに告げた。


 この人、本当に情勢をよく理解している。最低限の説明はしてるけどさ。本当、傀儡にしておくにはもったいない人だ。


 今川も馬鹿じゃない。斯波家に対して使者を出して、関係改善の地ならしをすでに始めているからね。気分は悪くないんだろう。


「そういえば、近江におる幕臣が『久遠の薬師を寄越せ』と言うておると聞いたが」


「もう、お耳に入りましたか」


「いかがする気じゃ? 断るならわしが文を書くが?」


「それには及びませぬ。管領代殿と話はついておりまする」


 和やかな空気が少しピリッとしたのは、今一番デリケートな話題を義統さんが尋ねたからだろう。


 実は将軍足利義輝の父で前将軍であり大御所の足利義晴が、史実と同じく病で容態がよくないらしい。


 どこから聞いたのか、ケティを召し出させて診させればと言い出した幕臣がいたらしいが、六角定頼が手を回して阻止したらしい。


 六角から密かに信秀さんのところに知らせが来たんだが、こちらが断ると知って手を回してくれた。


 まあ善意からではない。織田を畿内の争いに巻き込むのに反対なだけだけど。


 ただ、意外だな。義統さんからそこまで気にしてもらっていたなんて。


「そうか。それはよかった。あの愚か者どもに使い潰されてはかなわん。わしでよければいつでも力になるぞ」


 ケティは斯波家の人たちの診察もしてるんだよね。その影響かな?


 というか義統さん。足利家がやっぱり嫌いなんだね。



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