第445話・久遠家の結婚式・その六
Side:今川義元
「今頃、広忠は尾張じゃのう」
「はっ、三河者に世の中を見せる。よき機会かと思いまする」
春が恋しきこの季節。
西では織田が久遠の婚礼の儀を盛大に執り行っておる。戦をしたばかりじゃというのに、相変わらず動きが速いわ。それだけ余裕があるということか。
松平広忠がそれに招かれたとの知らせが来た時には驚いたが、織田は早速松平を取り込みに掛かったようじゃな。
相変わらず小癪な真似をする。とは言え我が今川家と織田は対本願寺で協調しておるのじゃ。取るに足らぬ
まあ、本音を言わば松平には織田に靡いてもろうたほうが、今川家にとりては都合がいいのじゃ。西三河を切り捨てる理由になるの。
それに、織田も
雪斎もあの愚か者たちを行かせればいいと言うので、許可を出した。
「しかし信秀は、久遠がよほど気に入っておるようじゃな。全くもって我が子のようではないか」
「久遠に新しき世を見ておるのやもしれませぬ。拙僧にはそう思えまする」
「実の親子や兄弟でも争い殺し合う世じゃからのう。実の子でも猶子でも変わらぬと言えばそれまでか」
少し羨ましいのう。武田は実の父を追放し、我が今川家は兄弟で争った。
それに引き換え信秀は南蛮船を持ち才気溢れる者を猶子として、実の親子のように仲睦まじいとは。
そういえば北条も一族の仲がいいのう。織田も
「義元殿。織田と同盟を結ばねば、今川家に先はありませぬよ」
「母上。それはわかっておる。西三河で和睦の足掛かりを掴んだのじゃ。あとは今しばらく時がいる」
ああ、織田の件になると、母上はわしを案じてよく口を出してくるわ。織田との争いが今川家の利にならぬことをよくご存じなのじゃ。
「必要とあらば、私が尾張に参る覚悟もありまするぞ」
「なにを言うかと思えば。母上を人質に織田と同盟を結べと言われるか?」
「織田は人質を取らぬと聞きます。ならば私が行っても人質ではありませぬ」
「
「ならば早く家中を纏めなされ!」
わしはもう元服前の
とはいえ母上の言う通りか。家中には、未だに織田に対するわしのやり方に不満を抱く者がおる。
裕福な織田を攻めたい者が多いのじゃ。尾張を攻めて奪えば、それが
そんなことが出来るならば苦労はせぬわ。
Side:久遠一馬
お披露目の宴も三日目になる。初夜の話? 教えるわけないだろうが。
今日は織田領外の来賓が来る。美濃からは斎藤家、美濃三人衆、不破家に東美濃の遠山家など独立領の有力国人衆が揃っていて、伊勢からは北畠
三河は今回、松平宗家の広忠さんを誘った。もちろん招待したのは信秀さんだけど。
「松平殿は来たんだね」
彼が来るか来ないかは、五分五分だとエルは言っていた。情勢的に来てもおかしくはないが、松平宗家は相変わらず立場が今川寄りだ。
「何やら
望月さんの報告では、今川の許可を取ったのだと広忠さんが言ったらしい。どちらかといえば今川そのものよりも、親今川の家臣に配慮したんだろう。
というか忍び衆は松平宗家の評定の内容を調べてくるほど優秀になったんだね。むしろそっちの方が驚きだよ。
「徹底しているね。今川は」
松平宗家などの西三河の勢力と織田がぶつかり、今川対織田の構図になるのを義元と雪斎は恐れているんだろう。あそこは織田と今川が戦をすることを望んでいる者が多いからね。
「若様、新しいお考えは一言先におっしゃってください。側近は飾りではないのです。一言おっしゃっていただければ、事前に利害の確認や根回しなどを行います。今回は特に問題はありませんが、場合によっては叶わぬこともあります。公式の場で若様のお考えが否定されれば、若様の御立場に問題が出ないとも限りません」
オレたちは先日から清洲城に泊っていて、今も清洲城の一室にいる。同じ部屋ではエルが信長さんにお説教中だ。
原因は、昨夜の宴で信長さんが唐突に言い出した女性警備兵の一件だ。内容自体には特に問題はないが、説教の理由はそこではない。独裁に近い封建時代の若様が思い付きで命令を出すと碌なことにならないことだ。
命令を否定しても問題だし、やって失敗しても問題だ。
女性の警備兵や文官は、女性の社会進出やその環境整備などいろいろ課題もある。
「
「あの件だけで言えば、いい頃合いでしょう。とはいえ課題も多々あります。女の警備兵は怪我や負傷した場合のことも考えねば。子が産めなくなれば行き場を失う者も現れます」
しかし、エルが信長さんを教育する姿もすっかり見慣れてきたな。
ちょっと気まずそうにしている信長さんに、エルはひとつひとつ順序立てて説明している。エルを理詰めで論破するなんて不可能だからね。信長さんもおとなしく聞いている。
信秀さんはどちらかといえば口煩く言うタイプではない。自分で経験して覚えろという感じか。帝王学と言っていいのか知らないが、師は付けているものの自身で教えるのはあまりない。確かに、一度痛い目を見るのはあながち間違いではない。失敗も糧になるし、失敗からしか学べないこともある。順風満帆の人生では、想定外のことが起きると動揺して何もできなくなる場合もあるからね。
教育の考え方が違うんだろう。それにこれから信長さんに教えるつもりだったのかもしれないが。
オレ? オレはお市ちゃんとお清ちゃん、すず、チェリーなんかと一緒にトランプしながら、今日のお披露目の宴に参加する人について報告を受けている。
女性の社会進出は少子化に繋がる可能性もあるし、家事と育児で一日が終わってしまう時代だからなぁ。環境整備がウチ以外では出来ていないだろう。
信秀さんの言っていた文官は別の問題もある。
ひとつはこの時代の家臣はみんな自分の領地に住んでいることだ。女性の文官は少数ならいいが、本格的に導入するには家臣を清洲に集めて城下に住まわせる必要もある。ウチはみんな隣近所に住んでいるからその辺は問題にならないからな。
それと女性と男性の待遇や立場の差が出る可能性も考慮しておかないと駄目だし、不倫とか不貞行為が起きる可能性も事前に考慮する必要がある。
まあ女性文官は、まずは出産・子育てが終わった世代年齢である政秀さんの奥さんとか、あまり影響がない範囲から試していく必要があるだろう。ある程度経験のある年配女性ならば、将来若い女性が配属された時のまとめ役や教育係にもなれるしね。
「さあ、取るでござる!」
「あっ……う〜」
ちょっと考えごとをしている間にジョーカーが動いたらしい。すずの手札を引いたお市ちゃんの表情があからさまに曇った。
お市ちゃんでもわかるババ抜きやっているんだけど、さすがに顔に出ちゃうんだよなぁ。
次はオレがお市ちゃんから引くんだけど……。
手札を選んでいると明らかに嬉しそうになったり悲しんだりする。うん。どれがジョーカーかわかりやすい。
可哀想だし、オレがジョーカーを引いてあげようか。
その瞬間、お市ちゃんの表情がパッと華やいだ。一仕事終わった爽快感もあるようだ。
一方、共にトランプをしているお清ちゃんは、微笑ましげな笑みを浮かべている。
別に接待というわけではないよ。みんなで楽しむためだ。
「わふ!」
「くーん」
ただその時、自分たちに構ってもらえてないと、ロボとブランカが、抗議するように遊んで遊んでとオレの前に割り込んできた。
わかったって。ちゃんと一緒に遊んでやるから、そんなに興奮しないの。
もう、お前らはそろそろ大人だろうに。
誰だ? こんなに甘やかしたのは?
うん? なんでそこでみんなオレを見るの?
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