第444話・久遠家の結婚式・その五
Side:久遠一馬
千代女さんとお清ちゃんも、よくウェディングドレスを着てくれたね。
化粧も口紅とかは付けたがナチュラルメイクにしていて、この時代の白粉による化粧とは違う。
ウェディングドレスを着たふたりの姿はこの時代では異質かもしれないが、よく似合っている。もっとも少し若いなと思わなくもないけど。
今日のウェディングケーキは、生クリームといちごクリームの紅白のケーキだ。
オレは紅白といえばおめでたいとの認識だったんだけど、この時代の人は紅白といえば源平を連想する色らしい。
だからリバーシも紅白にしたら、源平碁なんて名前になったんだったね。
源氏も平氏もケイキで食らってやるとはめでたいと、皆さんが喜んでいる。たぶんエルは狙ったんだろう。
「かず。ふと思ったのだが、女だけの兵を作れぬか? 馬廻りのように女を警護する女の兵だ」
宴も進み、酔い潰れたり、限界を
「ええ。叶わぬことではないです。将来を見据えれば必要だと考えてはいましたが……」
信長さんの唐突な提案にエルも珍しく驚きの表情を見せた。
帰蝶さんやお市ちゃんに土田御前など、身分の高い女性が外出する機会が増えると女性の警備兵がいずれは必要になる。やはり、男性の警備兵だけでは警護が難しい時もあるからね。
既に警備兵には少数だが女性もいる。というかこの時代は女性でも戦になれば戦うし、特に警備兵はジュリアとセレスが仕切っていたからね。少数だが普通に女性の警備兵がいた。
「女の警備兵か。ならば女の文官も一緒に試してみるか。今川にも尼御台と称される母堂がおるし、我ら織田の女衆も負けてはおらぬ。そなたたちもおる。面白きやもしれん」
もともと警備兵の改革案の中には女性警備兵の創設もあった。ただ、優先順位的に高くないので後回しにはしていたが。
しかし驚くオレたちに、もっと踏み込んできたのは信秀さんだ。
相変わらず不足気味の文官衆に女性を使ってみると言い出すとは。完全にエルたちの影響だな。
信秀さんとは前から女性を使えないかと雑談程度には話していたし、考えていたんだけどね。たぶんいい機会だから重臣のみなさんにも話して、反応を確かめたいんだろう。
「文官でしたら千代女殿が、すでに当家では働いております。
「ほう。それはいい」
ただ、この時代の女性での文官第一号は、千代女さんかもしれない。
自ら志願してエルの教えを受けている。側室の件が決まって以降、彼女とお清ちゃんは自分の仕事を自分で見つけて頑張っている。
エルがそれを信秀さんに報告すると、信秀さんは更にやる気になった。
「セレス。女の警備兵もすぐに叶うことだよな?」
「はい。叶うことです。専任の部隊に分けるならもう少し人を集めることが必要ですが、お方様などの外出の際には
女性の警備兵もセレスならそんなに問題も手間もないだろう。
しかし信長さんは、オレたちの影響で更に進化してないか?
「皆の者はいかが思う?」
「良きお考えかと思いまする。我らの妻や娘ならば間者の
賑やかな宴会だったこの場が、一気に評定のような雰囲気になった。信秀さんはまだ残っていた家臣の皆さんに意見を聞くと、政秀さんは真っ先に賛成してくれた。
織田家は相変わらずの文官不足で、未だにエルたちが手伝っているからなぁ。尾張に定住してないアンドロイドのみんなも時折手伝っているほどだ。
「確かに。ただ、三河者やまだ臣従して日が浅い美濃衆に、清洲城内の仕事を任せるのは気になるな」
「しかし、わしの妻はエル殿ほどやれんぞ」
「構わんだろう。人並みにやれればいいのだ」
重臣の皆さんも忙しい。文官仕事なんて軟弱者のする仕事だと小馬鹿にしているような人は、今の織田家では生き残れないのを彼らは知っている。実際、放漫無責任が
まあ何人かはエルたちのような仕事を期待されても困ると戸惑っているが。大丈夫、そんなのは誰も期待してないから。エルと同じ仕事なんてさすがに無理がある。俺にだって無理だ。
今の織田は、半分くらいはエルが動かしているようなものだからな。
ただ、全体として反応は悪くはない。これ以上新参者が来るよりは、自分たちの家族を使ってくれるのは悪くないと考えたのだろう。
「女の医師と看護師も育てたい」
「そうだな。医術も男でも女でも変わらんな。家中と領内で志願者を募るか」
あ~あ。ケティったら、どさくさに紛れて女性医師と看護師の募集と育成の許可を取っているし。ちゃっかりしているなぁ。
「お清と千代女のような女を増やせば、織田の大きな力となるな」
信長さんはよくウチに来るからね。女性活躍の手本として、お清ちゃんと千代女さんを注目していたのかもしれない。
この時代の一般的な武家の娘であるふたりが、どれだけエルたちのようにやれるか。それを見極めての女の兵という発言だったんだろう。
織田家も変わったね。みんなで新しい試みを考えるようになった。
「武力だけでは限界なのは明らかですからな」
「確かに。いくら戦で勝っても限界があろう」
いかにして戦をして勝ち奪うかを真剣に考えるのがこの時代の人なのに。皆さんはお酒を飲みながらそれ以外の方法を考えている。
若い人も同様だ。しかし勝家さんが戦で勝っても限界があるなんて平然と語る光景は、史実を知る身としては驚愕だ。
同じく武力の限界を口にしたのは可成さんだ。
「一馬。三郎とも話したのだがな。そなたをわしの直臣に取り立てることにした。そのまま三郎の家老とする」
「それはまた……。よろしいのですか?」
「本当はそろそろ隠居して家督を三郎に譲るつもりでおったが、三郎に怒られてな。今はその時ではないと」
くいっと金色酒を飲んだ信秀さんは、そんな家中の皆さんの様子に満足そうだったが、ここでまたとんでもない爆弾を放り込んできた。
広間が一瞬で静まり返った。
まだ三十代半ばで隠居なんて、誰も想像もしてなかったんだろう。でも、実はオレは知ってたんだけどね。信秀さんが以前から考えていたことを。
自分の限界と信長さんの可能性を考えて、元気なウチに家督を譲り見守りたいのが本音らしい。まあこの本音は土田御前に、信秀さんが密かに相談していたことを虫型偵察機が拾った話なんだけど。
ただ、信長さんは家督継承に『待った』を掛けて、信秀さんの隠居を拒否した。いずれは必要なことだが、織田が天下を狙うにはまだまだ信秀さんの力が必要だと考えているんだ。
「一馬にはいろいろ任せておる。隠居せぬ以上は、そろそろ直臣に取り立てねばならん」
信秀さんの隠居騒動の余波ではないが、信秀さんが隠居しないならば問題になるのがオレの立場だった。
最早、誰が見ても織田弾正忠家に次ぐ力があって、織田の中枢にいるのに嫡男の直臣とはいえ、当主である信秀さんの直臣でないのは明らかに不自然だった。
懸念があるとすればオレによる織田の乗っ取りなどだが、信秀さんと信長さんは完全に開き直っている。やれるもんならやってみろ! と考えているようなんだよね。
この前も信長さんが降るなんて言ったが、どうも本心みたいなんだ。困ったもんだ。
もうすぐ夜が明ける。
この日のお披露目の宴も、そろそろお開きだ。さすがに少し眠い。でも今日は千代女さんとの初夜なんだよな。さすがにこのまま寝るわけにはいかない。
ちなみに昨日はお清ちゃんだった。エルが気を利かせて昨日と今日はふたりとの初夜にするようにと言ったんだ。
お清ちゃんと千代女さんは恐縮していたけどね。
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