第441話・久遠家の結婚式・その二

Side:久遠一馬


 この時代の婚礼の儀はいろいろしきたりがある。ただまあ、新婦が百二十二人なんてギャグだよね。元の世界の感覚だと。


 三々九度に関してはかなり簡素化して済ませることにした。


 いや、それだけで数日かかるとか流石にね?


 場所は清洲城の広間になる。清洲城は拡張されているので、広間も普段はふすまで仕切っているが外せば広くできる構造になっている。


 蝋燭ろうそくの明かりの中、白無垢と化粧で別人のようになったみんなと千代女さんとお清ちゃんが入ってくる。


 婚礼の儀に男性がオレひとりしかいない。


 ウチの侍女さんもいるが、経験豊富な織田家の侍女さんが今日は何人か付いてくれている。


 オレはエルたちのことを妻だと思っていたけど、こうして儀式を執り行うとまた感慨深いというか不思議な感覚になる。


 正直、結婚式の必要性はあまりないと思っていたが、みんなの表情を見るとやってよかったと思う。




「千代女殿?」


 婚礼の儀も終わると、お披露目の宴となる。その前に休憩とお色直しがあるのだが、千代女さんが涙を拭うようにしていたのを見てしまった。


 嫌がっている様子ではない。とはいえ気になる。


「申し訳ございません。晴れの日に……。ただ、少し昔を思い出しました」


 オレやエルたちを前に千代女さんが語ったのは、甲賀にいた頃のことだった。


 望月家は決して貧しいわけではない。だが土地が痩せていることや栄えているわけでもないので領内の生活は楽なものではなかったそうだ。


 飢饉などが起きれば父である出雲守さんや望月家の重鎮たちが、領外に働きにいくことを相談していたことを何度も見たという。


 何時だったか例年以上の不作に、それなりの身代だった千代女さんの侍女であるせつさんの父親も領外に忍び働きに行ったが、帰ってこなかった。


「足軽雑兵以下の扱いで、無謀な命を受けて亡くなったそうです」


 今から考えれば、はした金にもならない銭のために命を落としたのだという。その人は千代女さんにも優しかったようで、胸が締め付けられる思いだったと涙をこらえながら語ってくれた。


「参考までに聞くけど、それって誰の命だったの?」


じかではありませんが、管領の細川様の命だったとか……」


 また細川晴元か。あの人、本当に恨みと争いをあちこちにばら撒いているな。


 ただ、この時代では特に珍しいことではない。よそ者である甲賀衆は常に危険な役目ばかりだったと語るが、それを放置していた六角家も意外にたいしたことがないのかもしれない。でも、素破の扱いについては、使い捨てが当たり前の時代だからな。


 幕府の安定がなくば畿内の安定もないのだろうし、六角家の方針もわからなくもないが。


「必ず生きて帰れ。命を粗末にするな。そう命じてくださる殿に嫁げることがなにより嬉しく……」


 資清さんたちや千代女さんたちにも何度も説明したが、それは合理的な判断からの言葉なんだよね。


 忍び衆は情報を持って帰ることが仕事なんだ。警備が厳重で情報は得られませんでした、という報告にも意味があるんだ。相手が何かをしようとしている兆候なのだから。それに優秀な人はそう簡単に代わりになる人がいない。


 ただこの時代の人は細川晴元に限らず、敵には容赦ないし、平気で味方に犠牲を強いる人も決して珍しくはない。


 宗教だって既得権の争いや勢力争いで、平気で信徒を一揆に駆り立てていくんだから。


 忍び、素破や乱破に命を大事になんて言う人は、オレだけなのかもしれないけどさ。


「皆が生きてゆける世のために、私も誠心誠意、殿にお仕え致します」


 深々と頭を下げて自らの決意を語る千代女さんだが、十代の女の子が考えることじゃないなと思わなくもない。


 オレが十代の頃なんて……。


 もっと気楽に自分の幸せを考えてくれてもいいのに。


 でも……、受け止めてあげたいと思う。千代女さんの過去も守りたいモノもすべて。


 今のオレにはそのくらいの力ならあるんだから。




 さあ、お披露目の宴だ。


 この日は織田一族や一門を集めての宴だが、参加人数は信長さんの結婚式よりかなり多い。当然だよね。一番の違いは花嫁さんが多いんだから。


 最初はやはりケーキからか。


 食前のケーキというのは、やはり違和感があるが。参列している皆さんはどよめいたりはするが、総じて喜んでいるようだ。


 信長さんの結婚式と同じ三段重ねの生クリームによる純白のケーキ。今回ケーキを切り分けるのは、ウチの侍女さんや織田家の料理人なんかになる。


 みんな緊張した表情だなぁ。失敗する心配もあるんだろうが、いい歳をしたおっさん連中が自分のケーキの大きさを周りの人のケーキと見比べるなんてギャグのような状況が待っているからね。


 うん。ケーキは美味しい。ふんわりとした程よい甘さのスポンジケーキに、生クリームのまろやかで濃厚な甘さがいいね。


 静まり返った広間にて、着物姿のおっさんたちが嬉しそうにケーキを食べる様子はなんとも言えない光景だけど。


 ただ、信長さんの結婚式とは違う点もある。


 今回は各人の奥さんたちが参加していることか。当然土田御前も参加しているし、信行君とかお市ちゃんとか元服前、裳着前の信秀さんの子供たちもいる。


 これに関しては、オレたちはまったく関与してない。信秀さんの意向だ。


 伝統的なお披露目の儀を踏襲しつつ、そこに新たな試みを行なったのかもしれない。さすがに嫡男である信長さんの結婚式では冒険的なことはできないんだろうが、オレの結婚式ならばね。


 前に信秀さんに島での結婚式を聞かれて、新郎新婦の一族がみんな集まって宴をすると言った影響かもしれない。


 元の世界での披露宴をイメージして語っただけなんだが。


 ああ、お市ちゃん。美味しそうにケーキを頬張って口元にクリームがついているよ。


 結婚式の意味とか理解してないんだろうなぁ。


 ケーキも信長さんと同じく食べ慣れているし。みんなでケーキを食べる宴だとでも考えていそう。


 ケーキを食べ終えると料理が運ばれてくる。


 真冬のこの季節にしては彩りが華やかなのが目に付く。瓶詰や乾燥させた野菜なんかをふんだんに使っているからね。


 ただ、メインの魚はやはり鯛だ。この時代だと鯉とか鮭も高級品だが、生の鯛が手に入ったので鯛をメインにした。


 ちなみにこの鯛は、ウチのキャラベル型の船でわざわざ捕ってきたんだよね。数が必要だったからさ。


 鯛は蒸籠せいろで野菜と一緒に蒸していて、特製の大根おろしポン酢でいただくものだ。


 あとは猪肉のショウガ焼きステーキとか、海鮮味噌汁とか今回も信長さんの結婚式に負けない料理になった。


 ここまで来ると結構気が楽になる。


 お酒も入るし、リラックスしているからね。ただ、オレたちは食べている場合じゃなく、皆さんにお酒を注いだりしなくちゃならない。


「かじゅま! あーん!」


 信秀さんと信長さんは先にお酒を注ぎに行ったが、ほかに早めに来たのは子供たちの席だ。宴は朝まで続くが子供たちは頃合いを見計らって退席する予定だからね。


 先日には風邪で寝込んでいたお市ちゃんも元気一杯だ。


 というか、お市ちゃん。オレに食べさせようとするのは何故だ?


 もしかしてお酒を注いでいるのを見て真似たのか?


「美味しいですね」


「うん。おいちい」


 結局どうしたかって? 食べましたよ。嫌だとか拒否すると悲しそうな顔をするか泣き出すか。どっちにしてもよくないのは考えるまでもないからね。


 お市ちゃんはその後に来たエルたちみんなにも一口ずつ食べさせていき、最後はウトウトしたところを乳母さんに抱きかかえられて退室していった。


 眠そうに目をとろんとさせていたが、まだ眠くないから大丈夫だと乳母さんと激戦を繰り広げた結果だが。


 そういえば前に信長さんの結婚式のときに、みんなで御馳走食べてずるいと言っていたのを思い出した。


 まさか、信秀さんはお市ちゃんのわがままを聞いただけだったりして。


 まさかね。





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